【神保哲生×宮台真司】ジャーナリズム映画が描く真実と捏造の境界線

――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地

『週刊SCOOP!2016年10月30日号(SPA!(スパ)臨時増刊)』(扶桑社)

週刊誌カメラマンの奮闘を描く福山雅治主演映画『SCOOP!』が話題になっている。だが、アメリカに目を向けると、報道とジャーナリズムをテーマにした映画は驚くほど多く、日本では決して描かれることのない政治権力への挑戦や報道倫理を、克明にあぶり出している。今回は特別編として、こうした映画の強度を解説していこう。

神保 今日は今月5回目の金曜日なので、無料放送となる「5金スペシャル」です。テーマは何でもありの無礼講。これまでオタク特集、アイドル特集などいろいろやってきましたが、今回は映画をテーマにメディアの話をしたい。マル激は議論の前提として、当然ネタバレありなのでご注意ください。

宮台 メディアを扱ったアメリカ映画としては、古くはウォーターゲート事件を描いた映画『大統領の陰謀』(76年)、最近では『スポットライト』(15年)があります。こうした作品の従来的なパターンは「腐っても鯛」でした。「アメリカはひどい国だが、それをきちんと告発する気骨のあるジャーナリストや表現者たちがいる」と。つまり、これらは「アメリカン・ドリーム」のモチーフに連なっていたのです。

神保 メディアは正義だった。

宮台 そう。メディア自体が腐っている場合もあるが、それをまた内部から告発する人間たちがいる、という変種もあります。『グッドナイト&グッドラック』(05年)がそうです。1950年代の赤狩りの時代、当時のマッカーシー上院議員に媚びまくり、腐っていくテレビ界の中で、ただひとり腐らないキャスター、エド・マローがいた、という話ですね。

 こうした、メディアや表現者による告発をモチーフとする映画は「腐っても鯛」パターンで来たのですが、最近違ってきました。例えば、陰謀を告発しようと立ち上がったものの、実態がつかめず、自分たちが逆にハメられるという。かつては気骨あるマスコミ人の存在への楽天的な期待があったとして、今は期待が萎えたということです。

神保 最初に取り上げるのは、アメリカのテレビ局CBSの元プロデューサーが書いた、自伝に基づく実話を映画化した『ニュースの真相』(15年)です。ダン・ラザーという、アメリカではおそらくもっとも有名なニュースキャスターだった彼が、ある誤報によって降板することになり、担当プロデューサーだったメアリー・メイプスもCBSニュースを解雇されるという出来事がありました。CBSをクビになったメイプス自身が原作の著者という作品です。

 その内容は、2004年の大統領選挙を控えて、再選を目指すブッシュ大統領に「徴兵忌避疑惑」というものが持ち上がった。ベトナム戦争による徴兵を避けるために、当時すでに政治家だった父親の影響力を使って州兵になることでベトナムに行かなくてもいいように、計らってもらっていた疑惑です。CBSニュースは『60ミニッツ』という看板番組で、それを裏付ける文書を見つけたとスクープを報じたのですが、その文書が捏造だったことが後でわかり、天下の大誤報となった。

 実はその文書に書かれていたことはすべて事実で、CBSも、その裏は取っていた。事実関係はすべて正しかったが、文書だけは偽物だったんですね。

 その文書を提供した人は、「情報源を守るため」として、文書の出所を明らかにしなかった。それを正当な理由だと考え、CBSは事実関係の裏取りは綿密に行ったが、文書そのものが捏造である可能性は考えなかった。

 書いてあることは本当だが、文書はでっち上げで、恐らく意図的に、当時のタイプライターには使われていなかった日付を表す「th」という文字を使ったりしていた。そうすることで、報道された後で、誰かが捏造に気づくように仕向けたんですね。

宮台 正確には、「th」を打てるタイプライターがごく少数存在した事実は明らかになったのですが、それとは別にMicrosoft Wordのフォントが使われていることがバレ、決定打になりました。ブッシュの徴兵当時はMicrosoft社がありませんでしたから(笑)。

神保 そこで想起されるのが『プロミスト・ランド』です。ある田舎町に開発会社からシェールガスの採掘権が欲しいという話が転がり込む。環境が汚染される可能性があるとして、町は賛成と反対に二分される。企業側は大金が転がり込むという甘言で、住民を一人ひとり切り崩していく中で、反対運動が起きる。ところが、反対運動が拠り所としていた、シェールガスを採掘したネブラスカ州の別の町で、大量の牛が死んだことを示す証拠写真が、実は捏造だったことが明らかになる。そうして反対運動が切り崩されるが、実は反対運動の首謀者は開発企業の回し者だった。

 反対運動が1枚の写真によって勢いづき、その写真が偽物だったことが明らかになると、反対運動自体が正当性を失ってしまうというパターンは、文書が偽物だったために事実関係まですべて否定されてしまった、『ニュースの真相』の捏造文書問題と共通しています。 『プロミスト・ランド』では、シェールガスの採掘の環境負荷が高いことは事実だが、企業側の回し者によって偽の写真がばらまかれ、写真が偽物だとわかった瞬間に、その写真がきっかけで、盛り上がった反対運動が一気に萎んでしまう。

『ニュースの真相』では、おそらくブッシュの徴兵忌避は事実だが、その動かぬ証拠として報じられた文書が偽物だったことがわかると、ブッシュの徴兵忌避自体が、なかったことになってしまった。

宮台 日本でも、朝日新聞の従軍慰安婦問題での偽証言がそう。吉田清治証言が嘘だったというだけで、「従軍慰安婦問題そのものが捏造だ」というふうに一部の勢力は持っていこうとして、かなり成功しました。クロノロジカル(時系列的)に言えば、アメリカでの手法が学ばれたのかもしれません。

 さて、ポイントは2つあります。第一に、『ニュースの真相』でいえば、提供された情報は詳細を究め、インサイダーでなければ知り得ないことが書いてある。にもかかわらず、当時のフォントを使ったタイプライターがどこにでも転がっているのに使わず、なぜかMicrosoft Wordで文書を作成している。不自然すぎます。

神保 おそらく、わざとだと。

宮台 捏造だったのは明らかだとしても、捏造文書にまつわる複数の属性が整合しない。その不自然さを取り沙汰すれば、捏造文書をどんな人間がどういう意図で流したのか、輪郭がわかってきます。そこがポイントですが、『ニュースの真相』ではスルーされています。

 第二のポイントは、「証拠のひとつが偽物だったこと」と「証拠が指し示す事案が存在しないこと」は、論理的に別なのに、そこが混同されること。吉田証言が本当かどうかと、従軍慰安婦問題が本当にあったかどうかは、別問題なのに、証拠のひとつが間違っていたことが騒がれまくった結果、問題や疑惑がなかったことになるのです。

『プロミスト・ランド』も同じで、こちらはフィクションですが、環境運動家の示した証拠写真が捏造だったことが騒がれた結果、環境問題自体がなかったことになってしまう。問題の本質を突いています。

 この仕掛けはフェスティンジャーの認知的不協和理論などで知られる「認知的整合化メカニズム」を使っています。単純なメカニズムを用いた周到な策謀です。これはインターネット化を背景にして考え抜かれたやり方で、これからも繰り返されます。インターネット以前の時代は、マスコミが「それとこれとは別問題」と説明して、世論を誘導できました。

神保 要するに炎上商法だと。

宮台 そう。「許せん!」と感情的に激昂する輩がいる一方、「証拠があるぞ!」と騒いでいた連中が意気消沈します。マスコミよりネットが生活時間の多くを占める時代ゆえに、この感情の関係性が「証拠の捏造→事案自体の不存在」という荒唐無稽な展開を可能にしてします。

 マスコミがお茶の間メディアとして影響力を持つ時代が続いていれば、誤報を謝罪しながらも「とはいえ、徴兵逃れの疑惑が片付いたわけではありません」と国民を誘導できたはずです。今の時代にそんなことをすれば、インターネットの炎上に「油を注ぐ」から、会社もスポンサーも及び腰です。感情的に劣化したネットユーザーにとっての認知的整合化は、「証拠が捏造だったことと軍歴疑惑があるかどうかは別問題といった小さなことはどうでもよく、大きなことは捏造証拠で国や政治家を批判した会社や人間を血祭りにすることだ」という形です。

 たったひとつの証拠の真実性と、疑惑の在不在が、別問題であることは小学生でもわかるから、問題は知的な劣化じゃない。感情的な噴き上がりゆえに、論理的整合性などどうでもいいというふうになってしまうのは、感情的劣化の問題です。

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