――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地
『ドナルド・J・トランプ マイヒストリー: 知られざる人生記録』
[今月のゲスト]
会田弘継[青山学院大学教授・ジャーナリスト]
ヒラリー・クリントンが民主党の候補者に指名されることが確実になったアメリカ大統領選。だが、一方の共和党は、政治経験が皆無、暴言を繰り返す候補者が選ばれるという前代未聞の事態に陥っている。アメリカ国民の不平不満を背景に躍進してきたトランプ旋風は、保守とリベラルというすみ分けを超えて、一体何を示しているのだろうか?
神保 米大統領選は民主党ヒラリー・クリントンVS共和党ドナルド・トランプとなることが事実上決まりました。しかし、ここに至る過程では、両党とも予想外の展開が続きました。右も左も大混乱といった状態ですが、今日は今、アメリカの政治に何が起きているのか、その背景には何があるのかなどを見ていきたいと思います。
宮台 国民投票でEU離脱を選んだイギリスを見ても「保守か革新か」という切り口は通用しません。保守党は真っ二つだし、労働党にも離脱派が3割もいました。トランプ現象との共通性は「誰が国民なのか」問題です。
トランプが元民主党員なのに排外主義者なのを不思議がる向きがありますが、再配分リベラルだからこそ排外主義になります。再配分は「仲間内」でするものだから、「あいつは仲間じゃない」と噴き上がるのです。イギリスの労働党もアメリカの民主党も、非インテリ層と地方層がこうした〈リベラル・ナショナリズム〉に淫します。
他方、イギリスの保守党もアメリカの共和党も、エドマンド・バークがいう保守主義だったので、言葉を頼るがゆえの過激な主知主義を否定し、共通感覚を探るがゆえのマイルドでモデレートな方向を採るものでしたが、「◯◯人は△△だ!」と◯◯人の知り合いもいないクセに勝手に決めつける〈国粋ナショナリズム〉が跋扈します。
〈リベラル・ナショナリズム〉は普遍価値としての人権を否定する似非左。〈国粋ナショナリズム〉は、言葉のこざかしさを超えた懷の深さのカケラもない似非右。似非左と似非右が合体して、イギリスの離脱派やアメリカのトランプ支持派が形成されています。
キャメロンは、似非左と似非右の合体を念頭に置いて「EUを離脱すれば未知のカオスに突っ込む」と警告していたけれど、アメリカのトランプ現象に似て、「未知のカオスだろうが知るもんか」といった、都市部のインテリを信用しない感情表出が合体ナショナリズムを支えます。
神保 今回はアメリカの政治思想に詳しい、ジャーナリストで青山学院大学地球社会共生学部教授の会田弘継さんをゲストにお招きしました。アメリカの思想家について詳述した『追跡・アメリカの思想家たち』(新潮選書)という著書を出版されるなど、特にアメリカの保守思想に通じておられます。早速ですが、会田さんは今回の米大統領選について、どうご覧になっていますか。
会田 共和党も民主党も、大きなポピュリズムの波に覆われています。民主社会主義とは何か、という議論も巻き起こっています。民主社会主義者のバーニー・サンダースが民主党の大統領候補になりかけてしまうような状況は、アメリカに大きな地殻変動が起きていることの証明でしょう。世論調査を見ると、2011年くらいの段階から「ミレニアル世代」と呼ばれる1980年以降に生まれた人たちには、資本主義より社会主義の好感度が高いんです。
神保 冷戦時代の社会主義国のイメージを知らないわけですね。
会田 冷戦時代を知らない人がドイツや北欧で行われてきた社民政治を見たら、「アメリカよりも、ずっといいじゃないか」と思うのです。高い授業料で学校にも行けず、就職もどうなるかわからない。「ウォール街を占拠せよ」以前、2004年に民主党の大統領候補を目指しハワード・ディーンが旋風を巻き起こしたあたりまで遡れる流れが今も続いており、ヨーロッパ的な社民政治をやってもいいんじゃないか、という機運が広がっています。
神保 なるほど。議論の前提として、慶應義塾大学教授の渡辺靖さんによる、アメリカにおける「保守」と「リベラル」の定義を見てみましょう。保守は「自由な市場競争を重んじる(政府の介入を嫌う)」「地域や教会を中心とした自治の伝統を重んじる(政府の介入を嫌う)」「国際社会における自国の行動の自由を重んじる(他国の介入を嫌う)」、一方リベラルは「政府の役割を重んじる(公共の福祉目的の市場介入を認める)」「公平を重んじる(弱者を保護し、差別を積極的に是正する)」「国際協調を重んじる」となっています。
宮台 この定義がアメリカ的であることが重要です。アメリカの保守は、経済的自由を主張しがちで、敵は政治的再配分主義(アメリカ的リベラル)です。ヨーロッパの保守は、経済的自由や過激思想が、穏便な政治文化をスポイルする可能性に脅えます。