――京都と聞くと、どうしてもお寺や芸妓さんなどを想像してしまうが、それはあくまで京都市内の話。市外に目を向ければ、舞鶴や福知山などの自然豊かな北部地方があり、「海の京都」をPRしている。京都の中心街以外について、Iターンで同地に移り住み、伝統構法で大工仕事を手がける金田克彦氏に聞いた。
大」(だいかね)建築の金田克彦氏(右)と、妻の博子さん。自宅を利用した農家民宿を、ご夫婦で営んでいる。
「ほら、あそこ――」
ズボンの腰に差し込んだ山刀をするりと抜いて、「金ちゃん」こと金田克彦さんは夏草の生い茂る草むらの一画を指し示す。
ススキやドクダミやシダが密生した草むらの真ん中を突っきって、確かに何かが通り抜けたような痕跡がかすかに見て取れる。
「イノシシですよ。あの山の奥から下りてきて、ここを通って、畑や田んぼを荒らすんです。ほら、このへんから入ろうとしてる」
金田さんが視線を向けた田んぼの脇の金網の下には小さな蹄が土を掘り起こした痕がいくつも残っている。
田んぼの周囲には電気が流れる獣よけの囲いがめぐらされているが、昼間の今は電源が切られている。
「だいたい、夜中から明け方にかけて山から降りてくるんです」
罠を仕掛ける場所は、山から獣が出てくる傾斜の下。落ち葉や枝の下に見えないように潜ませておくが、学習したイノシシは見事に罠の場所を避けて侵入してくる。だから、獣の動きを先読みして、定期的に罠の位置を変えていく。自宅の周囲の田んぼや畑と獣たちの住処との境界線上に仕掛けた、いくつもの罠を毎朝見て回るのは、金田さんと3人の子どもたちの役割だ。
罠にかかる獣はイノシシと鹿が多く、自宅前の谷だけで年間で20頭から30頭も穫れた。「ただ最近は、うちの谷にはあまり来なくなって、うれしいような寂しいような……」
捕獲した鹿やイノシシは槍で殺し、山奥の河原で内臓を丁寧に処理したあと、ナイフで皮をはぎ、解体する。解体した獣肉は金田家の食卓に並ぶほか、近隣の村人にもおすそ分けされる。小学4年生になる長男の太一君は、すでにナイフ一本でイノシシの解体をほぼ一人でこなす熟練者だ。
罠猟は金田さんの趣味でも本職でもなく、この地域の農作物を守るための共同体の中での大切な役割だ。彼の本職は大工である。