――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地
『不自由な男たち その生きづらさは、どこから来るのか』(祥伝社新書)
[今月のゲスト]
田中俊之[武蔵大学社会学部助教・社会学者]
男女別の自殺者数を見ると、男性の自殺者数は女性の倍に上るという。また、現政権ではウーマノミクスを掲げ、女性の社会進出や就労問題の改善を訴えるが、男性にはなかなか目が行きづらいのが実情だ。「一家の大黒柱」として、これまで闇雲に働いてきた日本人サラリーマンは、どうあるべきなのか? 「男性学」という観点から、議論を見ていこう。
神保 今回は5月のゴールデンウィーク中に収録しています。今年は最大10連休でしたが、大学は暦通りですか?
宮台 暦通りどころか、文科省から「半期15回の授業」が義務付けられていて、大学によっては祝祭日にも授業を置きます。そのことが今日の議論のモチーフにも重なりますが、実は昔から「早く連休が終わらないかな」と考える人々がいます。ワーク・ライフ・バランスの「ライフ」が貧しく、連休の過ごし方といっても、個人的な趣味に毛が生えたようなものしか想像できない人々のことです。「仕事をする自分」はイメージできるが「プライベートを過ごす自分」がイメージできない人々。「プライベートを過ごす自分」についての社会的な承認可能性を、長らく当てにできなかったことが、背景にあるだろうといわれてきました。
神保 下手に休むよりも、仕事をしているほうが楽な人もいるのでしょうか。手元にクリエイティブジャパンという会社による調査結果があります。これによれば、今年のGWについて「10連休」と答えた人は6・3%。ニュース番組では「今日から10連休で、空港は出国ラッシュです」などと空港の混雑ぶりが報道されていましたが、このデータを見ると、そんな人は20人に1人くらいしかいないんですね。
さて、今回は「男の働き方」がテーマです。女性の問題はさまざまな形で扱ってきたし、よく議論にもなる。ただ、女性の待遇や制度を変えるだけではダメなのは明らかなのに、「男性をこうしよう」という話にはあまりなりません。
宮台 実は20年以上前から、本日のゲスト・田中俊之先生が研究しておられる「男性学」の発想が一部で知られていて、その人たちの間では十分に問題が共有されてきたはずです。
神保 ところが、それがあまり社会全体には広がっていかなかったようです。改めてゲストをご紹介します。武蔵大学の助教で、社会学者の田中俊之さんです。今回参考にさせていただいた『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社)、また『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)などの著書でも知られています。
田中さんの本に、面白い記述がありました。定年退職した男性たちが田中さんの講座に来て「これからどうやって生きていけばいいのでしょうか」と相談しているとか。今、日本では自分より30歳も若い人に生き方を聞かなければならないほど追い詰められている人が、少なからずいるということですね。仕事がなくなると生き方も見失ってしまうような日本の異常なビジネスカルチャーは、いつから始まったのでしょうか。
田中 やはり戦後以降の問題だと思っています。今の方は「働く」というと、みんな企業に雇われるものだと思っていらっしゃる。しかし、かつての日本では、農業や漁業といった第一次産業に従事したり、個人商店を営んだりして生活する人たちが多くいました。少なくとも現在のように、大学生が4年生になり、就活が解禁されると「企業で働く」以外に想像ができない、という状況ではなかった。退職で生き方を見失うような問題は、企業に雇われて働き、住むところと働くところが分離しなければ生じません。実際、この話を授業ですると、「うちの父は自営業で、友人もいれば家族とご飯も食べているので、先生の話がピンときませんでした」と言う学生もいる。いずれにしてもここ50年くらい、性別役割分業が成立した以降に、発生している問題だと捉えています。
神保 大学では適当に遊んでいた子どもたちが、就活の時期になると茶髪を黒く染め直し、突然社会人としての自覚のようなことを話し始める。「社会人としての分別」とか「世の中そんなに甘くない」とか、一体、そんなサラリーマンのような台詞を誰から教わったのかという感じです。そのあまりの豹変ぶりに、私などは悪い冗談はよせなどと思ってしまいます。特に社会人としての自覚とか世の中の厳しさのような分別めいた話をする人は、男性に多いように感じます。
田中 高度成長期に形成された性別役割分業を前提とした家族では、“男性が働かなくなる”ことがそのまま“家族の崩壊”になったことが大きいですね。男性の稼ぎを基本として家のローンを組むし、子どもを大学まで行かせることを考えると給料も上がっていかないといけないから、当然「辞めてはいけない」という想定になります。家族が崩壊すれば社会が成り立ちませんし、男性には逃げ道がない。建築業や製造業のように、従来、多くの男性が働いてきた産業が衰退していますし、自営業も減っています。今の仕事にしがみつくしかない状況の中で、給与自体も下がっているので、男性はますます厳しいのではないかと思います。
宮台 もうひとつのファクターとして、1960年代から核家族化、学問的な言い方だと2世代少子家族が進んだことがあります。当初は、それでも祖父母との交流もありましたが、親世代が、祖父母世代を面倒な存在として扱うようになってくると、子ども世代も、そうした印象を抱くようになります。すると、祖父母世代には、農業も含めて自営業者が多いのに、子ども世代には、それが見えなくなり、代わりに親世代が提示し奨励するロールモデルばかり見えるようになるわけです。