『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』――“月9史上最低視聴率”の9文字で烙印を押すな! 「他者のために生きること」を描いた良作

批評家・宇野常寛が主宰するインディーズ・カルチャー誌「PLANETS」とサイゾーによる、カルチャー批評対談──。

宇野常寛[批評家]× 岡室美奈子[早稲田大学教授]

『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう1』(河出書房新社)

『東京ラブストーリー』の脚本家・坂元裕二が手掛ける久々の月9作品として、ドラマファンの期待が高かった『いつ恋』。平均視聴率は9.4%と振るわず、終了後にはさんざん揶揄もされたが、むろんドラマの価値は視聴率とイコールではない。同作が描こうとしたもの、そしてそれがなぜ受け入れられなかったのか、テレビドラマの現状を憂う。

岡室 『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(以下、『いつ恋』)は、とても良いドラマでした。坂元裕二さんの月9だけに「王道ラブストーリー」を期待した人も多かったと思いますが、実は本作で一番大事にされていたのは「他者のために生きられるか」ということだったと思う。なぜ音ちゃん(有村架純)と練君(高良健吾)の恋愛がすんなり成就しないかというと、2人とも他者を優先してしまって、自分のことを後回しにするからなんですよね。若年層の貧困やブラック企業、介護の現場などいろんな社会問題を盛り込んで、何も持たない人たちが、いろんなところでつらい目に遭いながらも、どこまで他者のために生きられるのかを描こうとしていた。そして音ちゃんと練君は互いにそうであることがわかるから、つながっている。恋愛ドラマではあるんだけど、一緒にいるとか2人で幸せになることよりも優先されることがあるんだ、というのがすごく強いメッセージだったと思うんです。それは坂元作品の『それでも、生きてゆく』【1】との連続性を感じる部分で、あの作品は最後まで2人は結ばれないけど、でも心はつながっている、という終わり方だった。それと似ている。

 でもたぶん今はそういうことが理解されにくいから、『いつ恋』の視聴率は振るわなかったんじゃないかと思います。自分のことは置いておいて他者を大切にする人という存在がほとんど絶滅危惧種になっていて、そういう人たちへの想像力がうまく働かないせいで、あの2人の恋愛が成就しないことがなかなか理解されなかったんじゃないでしょうか。普段からドラマを観ている人でも「なんかイライラする」と言っていて、そこがすごく切なかった。

宇野 『いつ恋』はそのイライラをフックにして感情移入させる作りで、それがドラマファンからは支持を集めたんだと思うんですけど、今テレビをつけっぱなしにしてカジュアルにドラマを観ているような──例えば『恋仲』【2】を好んで観ていたような若者には通じなかったんでしょうね。今のテレビは、共感できないものに対する感情移入ができない人を結果的に集めてしまっていると思うんです。今回は登場人物の言動にイラッとするのを楽しむような感性が、テレビ文化から後退しつつあることをまざまざと見せつけられた気がする。

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