――「人の家に行くとつい本棚を見てしまう」という人は多いと思うが、そのときに「うわ、この人こんな本読んでるんだ……」とドン引きされてしまう本も、確かにある。今回は、そんな「本棚にあったらイタい本」を、“我こそは”と一家言持つ文芸編集者、週刊誌記者、ライターら、ギョーカイ関係者に話を聞いた。無論、ここで扱うコメントは、あくまで独断と偏見に満ちた主観であることは、最初に断っておきたい。
『KAGEROU』(ポプラ社)
「本棚は持ち主の人となりを表す」「人の知性は本棚に表れる」なんて言葉がある。確かに、本棚に岩波文庫や講談社文芸文庫がズラリと並んでいたら「この人、頭いいんだ……」と思うだろうし、装丁の凝った洋書や写真集が並んでいれば持ち主までオシャレに見えてくるだろう。今となっては懐かしさすら感じるトマ・ピケティの『21世紀の資本』は、ベストセラーになったものの、その専門性の高さから「本棚に飾るには最高の本」と言われていた。
だが一方で、「持っていると人にバレるのがイヤな本」「見た人に『うわ、こんな本読んでるんだ……』と引かれそうな本」というのも存在する。今回は、サイゾーpremium限定企画として、その手の本を持ち主のコメントとともに紹介してみたい。
まず挙がったのは、5年ほど前に話題になったこの本だ。
「僕もつい買ってしまいましたが、『KAGEROU』(齋藤智裕)は恥ずかしいですね。大賞決定後に齋藤智裕が水嶋ヒロだと分かった……と言われていますが、『こりゃ2作目はないだろうな』と思うような内容でした」(41歳/男性)
確かにワイドショーでも話題を呼んだような小説は、家に置いておくのがなんとなく恥ずかしい。特に、蔵書がそれほどない人の本棚に『KAGEROU』が収まっていたら、「この人は普段は本を読まないんだな」という印象が増幅されてしまうだろう。また、『KAGEROU』と一緒にされるのは心外だろうが、「若気の至りで買った『蹴りたい背中』(綿矢りさ)はエロ本より恥ずかしいかも」(31歳/男性)という声もあった。
そして小説では、内容が“厨二っぽい”ものが数多く挙がった。
「大学生の頃、演劇をやっている友だちに勧められて読んだ『僕は模造人間』(島田雅彦)は本棚に並べておくのに躊躇しますね。当時は読んでショックを受けましたし、内容も面白かったんですが、主人公の名前が亜久間一人(アクマカズヒト)ですから。『人間ってのはみんな未完成の模造品だね』ってセリフとか、今読むと痛々しいです」(35歳/男性)
似たようなものでは「『斜陽』は『僕は繊細な人間です』ってアピールしているように思われそう」(42歳/男性)というように、太宰治の作品を挙げる声も複数あった。また、「好きなバンドマンが面白いって言っていて買った『千里眼』(松岡圭祐)は、本棚に残ってるのを見ると恥ずかしくなる」(34歳・音楽業界関係者・女性)というように、人に影響されて買った本も黒歴史になりうる。本ではないが、沢尻エリカが高城剛の影響で『ツイン・ピークス』好きを公言していたのも、同じような例かもしれない。
青春モノの小説も、本棚に並んでいると若干の恥ずかしさが伴う。
「みうらじゅんの『色即ぜねれいしょん』は、装丁を見るたびに、美大に通っていた頃の苦い思い出が蘇りますね。作品作りに没頭する周囲をバカにして、『私はみうらじゅんみたいになるんだ!』と思っていた当時の私って……」(32歳/女性)
次の声も似たような例だ。
「『面倒くさい病んだ女』に少し憧れていた大学1年生のころ、本谷有希子のを読みあさっていました。特に『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』に出てくる女たちが、みんな汚くて面倒くさい。『これがまさに私の目指す女!』と思っていたことや、その頃の自分を思い出して恥ずかしさがこみ上げてきます」(24歳/女性)
やはり実年齢と本の世界観のギャップは恥ずかしさにつながるようで、「『図書館戦争』(有川浩)は今でも好きな本だけど、客観的に考えると『40にもなるオッサンが図書館戦争って……』と思っちゃいますよね」(42歳・テレビ制作・男性)という人もいた。
また、小説以外のジャンルでも厨二っぽいものは存在する。
「岩波文庫の『新編 悪魔の辞典』(アンブローズ・ビアス)は、高校生のころに読んで感動して、赤ペン先生に提出する小論文とか、作文とかで『ちょっとうまいことを言いたいとき』に引っ張り出して使っていた本。高校時代の自分を思い出しても恥ずかしいし、そもそもタイトルからして厨二感が満載すぎる」(26歳/女性)
難解な本や“奇書”と呼ばれるものも、それがポツンと本棚に残っていると、“若気の至り”感が漂ってしまう。
「今も本棚にある『ドグラ・マグラ』(夢野久作)は、たしか中学生の頃におそるおそる購入した記憶が。おそらく、読んで精神を病んでみたかったんだと思います……」(29歳/男性)
未知の世界を見せてくれて、若い頃に興奮して読んだ本も、大人になって振り返ると恥ずかしいものだったりする。
「私が恥ずかしいのは『帝都物語』(荒俣宏)ですね。将門の首塚、陰陽道、ドーマンセーマン、學天則など、未知の言葉に知的好奇心が刺激されまくって、全12冊を貪るように一気に読み進めました。当時、高校生だった自分は、この作品によって荒俣宏を“師”と仰ぐようになり、大学生時代には師が編纂した1冊1万数千円もする『世界大博物図鑑 魚類』を入手。そんな自分の黒歴史を思い出してしまうんですが、今でも捨てられません」(45歳/男性)
そこまで熱中して読みふけったものは、今は恥ずかしい本とはいえ、本人の血となり肉となっているだろう。なお、その他のジャンルの本は後編で紹介する。
(取材・文/古澤誠一郎)