羽生結弦、宇野昌磨の「追い詰め方」が胸に痛い…「スケオタ」が見た世界フィギュアスケート選手権【男子編】

――女性向けメディアを中心に活躍するエッセイスト・高山真が、本サイトで絶賛連載中の「オトコとオンナの裏の裏」。いつもは芸能報道に斬り込んだ内容をお届けしていますが、今回は番外編。フィギュアスケートに造詣が深い筆者が、熱戦を繰り広げた「世界フィギュアスケート選手権2016」を【男子編】【女子編】2回にわたり振り返ります。

フジテレビ「世界フィギュアスケート選手権2016」公式HPより

 フィギュアスケートの世界選手権の開催中、案の定、私はテレビの前に座り込む勢いで試合を見ておりまして、原稿がたまりにたまってしまいました。サイゾー以外の会社で新しく連載も始まるというのに、この体たらく。自分の仕事をなんだと思っているのでしょうか…。

 ただ、捨てる神あれば拾う神ありと言いますか、サイゾーの担当編集者に「世界選手権のこと、好きに書いてください」と言ってもらえたので、今回は「オタの独り言」という体裁であれこれ書かせていただこうと思います。ちなみに私、「スケオタ」という単語を使用するのは初めて。周りに語れる人がそうそういなかったもので、そういう単語を使う機会もなかったわけです。

 ただ、スケオタとして心に浮かんだすべてを書いてしまうと膨大な量になってしまうので、男子と女子のシングルだけ、それも日本選手と海外の有力選手中心でいきたいと思います。まあ、書く前から分かっていますが、それでも大変な分量になるでしょう…。

◆男子・ショートプログラム
「氷のコンディションが悪いのかも」と思ったのは、ハン・ヤンの演技の時。解説の本田武史も指摘していましたが、ジャンプの着氷の瞬間、「このままエッジに乗ってこらえられるはず」というところで、氷のほうからエッジを弾いてしまい、転倒へとつながる傾向が、ほかの選手にも見られました。デニス・テンなんてダブルトゥで転んでいたし。そんな状態でも「いい演技」のために全力を尽くさなくてはいけない。大変よね…。

●ミーシャ・ジー
 ウズベキスタンの選手というカテゴリーでは、私にとっては歴史に残したい名ルッツジャンパー、女子シングルのタチアナ・マリニナ(1999年の世界選手権のフリーは特に素晴らしかった)以来のお気に入りです。

 すべての要素を美しくまとめたプログラム。ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、多くのスケーターが使っていますが、盛り上がりのある第1楽章か第3楽章を入れる選手がほとんどです。静かな第2楽章のみで構成したもので印象的なのは、中国・陳露の1996年世界選手権のフリープログラム。久しぶりに思い出しましが、あれも本当に素晴らしいプログラムでした。

●ボーヤン・ジン
 NHK杯や四大陸選手権での「素晴らしい」というより「すさまじい」と呼びたい演技があったので、「氷の状態を考えたら、よくここまでまとめたな」という印象。4回転ルッツ(!)でオーバーターンがあったにもかかわらず、トリプルトゥをつけられるのは驚異的です。

 ただ、今回気づいたのは、「ジャンプの出来が、ほかの要素にもダイレクトに影響を及ぼすタイプなのかも」ということ。今シーズンだけでもメキメキと上達したはずの、はつらつ・キビキビした動きが明らかに精彩を欠いていたような。コーチ陣もたぶん今後の大きな課題にすることでしょう。

●パトリック・チャン
 スケーティングの「1歩」の伸び、スピード、そして極めて複雑なエッジワークなのに「観客席のいちばん後ろからでも、また、360度どこからチェックしても、『いま、どのエッジをどれくらいの深さで使っているか』ということが明確に見えるはず」という技術、どれをとっても史上最強だと思います。私にとって「スケーティングの神」といえば、女子は佐藤有香、男子はパトリック・チャンです。

 チャンがほかの選手にくらべてトリプルアクセルが特に苦手であることは、スケートファンなら誰もが知っていることですが、今回も…。ただ、繰り返すようですが、プログラム全体にわたって、「この人しかできない」スケーティングを堪能しました。

●ハビエル・フェルナンデス
 サルコーとトゥループ、4回転でも得意なはずのサルコーで転倒。さすがにビックリしました。ただ、ここ数シーズンのスケーティングの上達ぶり、そのスケーティングと振付の見事な融合ぶりがくっきりとアピールされた、密度の高いプログラム。ブライアン・オーサーとコレオグラファーを含めたチームの手腕には驚かされるばかりです。

 スペインをモチーフにした曲は「パッション」のアピールには最適なのか、フィギュアスケートの使用曲としては突出した頻度を誇ると思います。ラ・マラゲーニャ、エスパーニャ・カーニ、スペイン狂詩曲、カルメン…。なのに、スペインにはいままで有力選手がいなかった。「スペイン史上初めて」と言ってもいい実力派・ハビエルによる、スペインの曲でのパッションの表現。そりゃ似合うはずですわね…。

●宇野昌磨
 あらためて感じ入ったのは、宇野昌磨のミュージカリティの高さです。

 ほとんどの選手およびそのコーチは、印象的な「メロディー」が演技を助けてくれる、と考えているはずです。有名なクラシック曲、バレエやミュージカルの曲、映画音楽、ジャズのスタンダードナンバーなどがよく使用されるのは偶然ではないと思います。

 よく知られている旋律だからこそ、多くの観客がさまざまな感情移入ができ、結果、「いい演技」により多くの熱狂が生まれる…という化学反応を期待する部分もあるはずです。

 宇野昌磨のショートの曲は、「メロディー」ではなく「リズム」メインというか、「ビート」が主役ともいえるもの。お酒を飲むほうではなく踊るほうの「クラブ」になじみのある人でないと、盛り上がりどころをつかみにくい曲です。偏見を承知で言うなら、「フィギュアファン」と「クラブ好き」を兼ね備える人はごく少数のはず。そんな曲で、ここまで観客を引き込む18歳。まったくもって、ただものではありません

 トリプルアクセルの着氷後のエッジワークと振付! 着氷時はバックアウト~バックイン~バックアウトに乗せたところでフリーレッグを高くキック…の流れに思わずテレビの前で拍手。氷の状態(断定)にもかかわらず、コンビネーションの着氷の乱れを最小限に抑えたのも素晴らしい。

●羽生結弦
 この原稿をアップするのはフリーが終わった後ですから、ショートの演技終了後の「雄叫び」をどのように解釈したかを書くのは、後出しにもほどがあると思うので控えます。ただただ、素晴らしかったと言いたいと思います。

 羽生結弦のプログラムの何がどのように素晴らしいかは、この連載の前回分でも書いていますが、そこに追加すると…。

■4回転サルコーからのイーグルのあと、音楽が一瞬止むと同時に動きがストップ。そこから、「左足を軸に、反時計回りのターン」「右足を軸に、時計回りのターン」をするのですが、「どちらが自然な軸足か、どちらが自然な回転方向なのか」が一見わからないくらいに、どちらも精度が高い。

■4回転トゥで着氷姿勢がやや腰が沈んだにもかかわらず、コンビネーションのトリプルトゥにはその影響がまったくなく、「エアリー」と呼びたいほど軽やかで完璧だった。

■トリプルアクセル前のイナバウアーが、羽生の正面からのカメラアングルでしっかりとらえられていて、かなり嬉しかった。バレエの4番ポジションのような、非常にハードな態勢なのがわかって、あらためて羽生結弦の柔軟性にビックリ。

 という感じでしょうか。

◆男子・フリープログラム
「なんかショートプログラムのとき以上に氷が悪いかも…」と思いながら見ていたフリー。衛星中継の画質が上がると、こういうところにまで目が行ってしまうようになりますね。アメリカは言わずと知れた、ロシアと並ぶフィギュアスケート大国。その国で行われる大イベントにしては、やはりちょっと残念な気持ちが残ります…。もちろん、氷の状態を言い訳にしない選手たちへのリスペクトは大いにあるのですが。

●ミハイル・コリヤダ
 彼にとっては一世一代の演技と言っても過言ではないはず。個性的な振付で楽しかった!

 ただ、欲を言うなら、個性的な振付が「エッジと連動していない」というか、「あくまでも腰から上の振付であって、その振付をしているときのエッジワーク自体はわりと単調」なのが、今後さらに上を目指すうえでの課題になるはずです。

●ボーヤン・ジン
 4回転ルッツの大きさはやはり異常。ちょっと軸が曲がったり回転があやしいジャンプであっても、今回はとにかく「転ばない」という粘り強さがありました。

 ただ、フィギュアスケートで大事なのは「エッジの流れ」、海外の解説者が言うところの「フロー」であり、コリヤダの演技の感想と重複しますが「エッジワークと連動するような振付」であると私は思っています。旧採点方式だと芸術点にあたる「プログラムコンポーネンツ」に直結する要因。それをいかに磨けるか…というのは、フィギュアスケートファンの総意でしょう。

 エッジワークを磨いて、4分半を魅せきるプログラムを作れたら、4分半を魅せきる能力ができたら、ボーヤン・ジンは2019年以降の超有力なチャンピオン候補の一人になります。

●パトリック・チャン
 直前の四大陸選手権のフリーがあまりにも素晴らしかったので、どうしても「夢よもう一度」を期待してしまった自分がいました。しかし、結果は5位。

 2011年から2013年で世界選手権を三連覇したころのパトリック・チャンは、「圧倒的なスケーティングスキルを評価されて、ジャンプに多少のミスがあっても勝てる」という状況になっていました。しかし、2012年の世界選手権のフリーで高橋大輔が、個人的には「歴史に残したい」というほどの名演技をしたにもかかわらず2位、2013年はデニス・テンの出来栄えが非常によかったにもかかわらず2位。あくまで「テレビを通じて」ですが、会場にも明らかにチャンの優勝に納得していない雰囲気が充満していたように思います。

 個人的な推測にすぎませんが、あの2年を境に、「チャンとほかの選手のスケーティングスキルの差は、もう少し狭い幅で点数化してもよくね?」という暗黙の了解ができあがったのでは、と。距離やタイムという「絶対値」ではなく、点数という「相対値」による競技の難しさを、ここ数年でいちばんに感じたのは、私にとってはあの2年でした。

 できればチャンには続けてほしいのですが、どうでしょう。今回の「5位」という成績は、平昌オリンピックまで続けるためのモチベーションを、刺激したのか萎えさせたのか…。

●宇野昌磨
 正直、まったく悪くない、というか、胸を張っていい出来です。後半の4回転トゥの激しい転倒後にトリプルアクセルを2本成功させたことも含め、力の入ったいい演技でした。が、誰よりも本人が納得してない表情。私は何より、その「意気」こそが素晴らしいと思いました。

 宇野昌磨は、昨シーズン、4回転トゥループを取得し、トリプルアクセルの精度を飛躍的に高め、ルッツの踏切のエッジまで修正しました。そして今シーズンは、ジャンプの着氷の際に右腕をクルンと回す癖を修正してきています。「右腕クルン」は、「見る人によっては『着氷の態勢が充分ではなかったために、腕でバランスをとっている』ととらえる人もいるのかな」という程度の癖。しかし、ジャンプのような高難度の技を行う際の体の動きそのものを変えるというのは、大変な鍛錬が必要だったはずです。

 宇野昌磨は、それだけのことを成し遂げたあとでも、納得しない。つまりこの選手は、本人が思っているよりも何倍、何十倍も努力家なのだと確信しています。

 宇野昌磨が自分で満足できるレベルにまで自分を磨いたら、ちょっと空恐ろしくなるほどの選手になると私は思います。同時に、「そうは言っても、自分を追い詰めすぎないでほしい」とも思っているのですが。

●羽生結弦
 異常なまでに難易度の高いプログラムでありながら、NHK杯とグランプリファイナル、2試合続けての「驚異的」と呼びたい出来栄えを見てしまったがゆえに、私は勝手に「羽生結弦はこのレベルがいつでもできる選手である」と思っていたところがありました。それは、あれだけの難しいことに挑戦し続けるアスリートに対する、失礼な見方でもあったなあ、と反省もしてしまったり。

 ピーキングの難しさとか、メンタルコントロールとかに関しては、素人である私がうんぬんするまでもなく、本人とコーチ陣がすでに「次」を見据えて取り組んでいることでしょう。スケートファンとしては、ただただ、その「次」を楽しみに待ちたいと思います。

 あえて言うなら、宇野昌磨のときにも感じたのですが、「自分を追い詰めすぎないでほしいな」と。宇野にせよ羽生にせよ、その傾向が非常に強いタイプのような気がするので…(もちろん、その性格こそが彼らをトップに押し上げた要因でもあることは承知していますが。難しいところですね…)。

●ハビエル・フェルナンデス
 見事!

 ジャンプに関してはもともと超一流だった選手が、小気味いい、歯切れのいいスケーティングを身につけて、振付に成熟した味も加え、ああいった曲をバックに再び頂点に立つ…。

 私は、1993年の世界選手権でカート・ブラウニングが、『カサブランカ』と高橋大輔もバンクーバーシーズンにチョイスした『道』、2つの名画の音楽を使用した、素晴らしいフリープログラムで頂点に立った試合を思い出しました。ポケットに手を入れる仕草も、カートを思わせる小粋さでした。

***

 …自戒を込めて言いますが、「オタク」というのは、本当に場所も空気も読まないものですね。原稿の分量、多すぎです…。女子についての感想は、回を改めて…。

高山真(たかやままこと)
男女に対する鋭い観察眼と考察を、愛情あふれる筆致で表現するエッセイスト。女性ファッション誌『Oggi』で10年以上にわたって読者からのお悩みに答える長寿連載が、『恋愛がらみ。 ~不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』(小学館)という題名で書籍化。人気コラムニスト、ジェーン・スー氏の「知的ゲイは悩める女の共有財産」との絶賛どおり、恋や人生に悩む多くの女性から熱烈な支持を集める。

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