【神保哲生×宮台真司×中原圭介】疲弊する中間層の没落とアベノミクスの反省点

――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地

[今月のゲスト]
中原圭介[経済アナリスト]

『元財務大臣政務官が語る! 崩壊寸前! アベノミクスの正体』(水王社)

アベノミクスと謳われる経済政策、そして空前の金融緩和により、数字の上では日本経済は上向いているかに見える。だが、その富は大企業や一部の富裕層に集中し、中間層は疲弊しているのが現状だ。世界史を紐解くと、栄華を誇った大国の衰退には、必ず中間層の没落があったという。現在の日本と安倍政権は、この歴史から何を学ぶべきなのか?

神保 スイス銀行クレディ・スイスが毎年発表している「グローバル・ウェルス・レポート」の2015年版で、世界の上位1%の富裕層が、世界中の富の50%を占有していることが明らかになりました。日本では「格差」という言葉で表現される場合が多いようですが、極端な富の偏在が世界中で起こっています。経済ニュースでは経済成長やGDP値といった全体の数字は取り上げられますが、その内側では大変なことが起きているようです。

 いくら経済のパイを大きくしても、その恩恵がほんの一部の人にしか届かないようでは、そもそも何のための経済成長なのかという疑問が拭えません。

宮台 2つの柱があります。ひとつは経済を回すための経済政策が妥当であるかということの検証。もうひとつは「経済回って社会回らず」という問題の追及です。経済を回すことと社会を回すことが、必ずしもシンクロしないのです。「社会を回すために経済を回す」という規範が踏まえられているかどうかです。

神保 故・宇沢弘文先生が生前、マル激に出演された時に、今の経済学にはそもそも「誰のための経済学なのか」という視点が欠けていると怒っておられました。

宮台 宇沢先生がおっしゃる「社会的共通資本」の概念が重要です。第一に、経済は、経済によっては調達できない前提の上で回っています。例えば人々が幸せな社会生活を送るからこそ消費するものがたくさんあります。社会あっての経済という面です。

 もうひとつ、我々はまともな社会から供給される便益を得て生活をしています。そうした便益が調達できなくなると、お金を使って埋め合わせるほかなくなり、金の切れ目が縁の切れ目になります。

神保 さて、その問題について、核心をつく提言をされているエコノミストがいます。本日のゲストの中原圭介さんです。実は中原さんは投資の世界では、「最も予想の当たるエコノミスト」として有名で、講演会はいつも満員になる方だと聞いてます。

 近著に『中原圭介の経済はこう動く〔2016年版〕』(東洋経済新報社)がありますが、僕が最初に読んだのは『格差大国アメリカを追う日本のゆくえ』(朝日新聞出版)という本でした。

 後で知ったのですが、中原さんはもともとは歴史がご専門だそうで、それを聞いて納得しました。中原さんは歴史上、中間層が没落した国がどのような末路をたどったかを指摘した上で、今の日本の経済政策の問題点を批判しています。

宮台 ギリシアから始まってローマやカルタゴの話まで入っていますね。中間層の分解ゆえに滅びてしまった文明の例としてです。

神保 中国の唐王朝もそうだったと指摘されていました。帝国がなぜ中間層を没落させる政策を採用してしまうのか、そして、中間層が没落するとなぜ国が衰退してしまうのかなどを、平易な言葉でわかりやすく解説されています。

 はじめに総論的なところを伺います。この本にも出ているような歴史的な話を踏まえると、例えば富の偏在が両極化しているアメリカは今、帝国としてはどんな段階に立っていると考えられるでしょうか?

中原 アメリカの場合は1970年代から80年代くらいが、最も中間層に活気のある時代でした。しかし、冷戦体制の崩壊によって東欧から安い労働力がたくさん入ってくるようになり、中間層である自国の国民が、他国の安い労働力との競争にさらされるようになった。以降、その流れがずっと続き、特に00年以降は中国がWTOに加盟して、価格競争も加速。労働者の賃金が、なかなか上がりにくくなっています。

 その一方で、企業収益は右肩上がり。アメリカはリーマンショック以降、GDPがマイナスになったのは2年間だけなのです。それ以降はずっとプラスで、右肩上がりで推移してきている。しかし、リーマンショック以降のアメリカのGDPの中身を見ていきますと、やはり企業収益の増大が一番貢献していて、少なくとも原油価格が下落するまでは、なかなか消費が活気づかず、国民の生活水準の向上には資さなかった。それが11年の「ウォール街を占拠せよ」という運動につながったという流れです。

神保 どの国も帝国はみな、同じようなパターンをたどると書かれていましたね。戦争に勝ち、覇権を獲得した結果、征服した地域から安いモノや労働力が入ってくるために、もともとその国の国力の源となっていた中間層が隅に追いやられ没落してしまうと。しかし、中間層が没落すると、なぜ国力が弱まるのでしょうか?

中原 中間層の没落が税収不足を招いて、まずは財政的に苦しくなります。あとは軍事力ですね。その中核を担っていたのは、ギリシアにしてもローマにしても、余裕のある中小の農民だった。彼らが兵役を担えなくなると、傭兵に頼ることになります。傭兵は金のためだけに兵役を担っているのであって、危なくなったらすぐに逃げ出します。そういったところから、ギリシアもローマも滅んでいったのです。

神保 アメリカの場合、大恐慌以降のニューディール政策時代を通じて分厚くなった中間層が、80年代のレーガン政権によるレーガノミクスや89年の冷戦の終結、中国のWTO加盟によるグローバル化の進展などで、安定的な所得を維持できなくなってしまった。その一方で、安い市場を求めて自由に動き回ることができる企業だけが、すごく儲かるようになった。当然、企業に出資をしている投資家も、より富裕化していく。そして、もともと資産を持っている人たちがどんどん富んでいく一方で、中間層は少しずつ貧乏になっていく。中間層の没落を許し、しかも富が一部に集中する現在の状況は、アメリカが政策的に意図してやっていることなのでしょうか?

中原 アメリカの場合は、政治の力学でしょう。民主党の大統領になっても共和党の大統領になっても、結局は背後にパトロンとして控えているのは、大企業、ウォールストリート、あるいは富裕層なのです。ですから、彼らの意向を無視したら献金は集まらず、選挙戦が戦えない。

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