「高スペック既婚男性が都合よく離婚して自分のものに!」マンガ『姉の結婚』はアラフォー女性のポルノ!?

――サブカルを中心に社会問題までを幅広く分析するライター・稲田豊史が、映画、小説、マンガ、アニメなどフィクションをテキストに、超絶難解な乙女心を分析。

姉の結婚(1)(フラワーコミックスα)

 今回は、アラフォー女性が、東京での生活に疲れ、戻った地元で恋をするマンガ『姉の結婚』をピックアップ!

※本文中にはネタバレがあります。

 この8月、俳優・山本耕史(38歳)と女優・堀北真希(26歳)の結婚が報道された。ここで特に話題になったのが、「直筆の手紙40通を手渡し」「指輪を持って新幹線で待ち構える」といった、山本の熱烈アプローチである。その結果、ふたりは「交際0日で結婚」に至ったという……なんだそのドリーミィ(夢心地)な超展開は。

 このニュースに、筆者周囲のアラフォー独身男性は色めき立った。「ストーカーアプローチって有効なんだ」「頑張れば俺たちでも20代狙えるかも」。いい年こいて、こちらは別の意味でドリーミィ甚だしいが、それに負けず劣らずドリーミィな文化系アラフォー独女の耳目を集めたマンガがある。『姉の結婚』(西炯子・著/全8巻)だ。

 本作は2012年「このマンガがすごい!」のオンナ編4位、「全国書店員が選んだおすすめコミック2012」では第5位を獲得した人気作。20~30代向け女性向けコミック誌「月刊フラワーズ」(小学館)誌上に、2010年から2014年まで連載された。

 主人公は、物語開始時点で40歳目前の独身女性・岩谷ヨリ。東京で不倫などを一通り経験して疲れ果て、地元の図書館に勤務する身だ。仕事ができ、物書きの才能もある文系の才媛。ただし女子力は低く、着るものにも無頓着だが、スレンダーな隠れ美人である。地味系の文化系独女読者がドリーミィに自己を投影できるギリ上限いっぱいの、絶妙な人物設定といえよう。

 結末をいきなりネタバレすると、ヨリは物語序盤で心をつかまれた超イケメン・超優秀な精神科医の既婚男性(地元の同級生)への愛がどんどん深まり、最後にはめでたく結ばれる。

 実は、ヨリには物語の途中でいくつも別の選択肢が用意されていた。堅実な地元新聞記者に求婚されたこともあれば、東京で文筆家になるチャンスもあった。辛い恋で傷つくのはもうたくさん、これから穏やかな人生を送るためには、このあたりが落とし所では?――などと逡巡しまくったヨリだが、結局、もっとも愛した相手とゴールイン。絵に描いたようなハッピーエンドを手にする。まさに現代のお伽話だ。

 本作で描写されるヨリのストイックな諦念とキレキレの達観、しかしそれでも捨て去れない「真の愛」に対する一縷の望み。このトライアングルバランスの描写は絶妙だ。諦めたり、達観したり、ウェットになったり。3方向に揺れ続けるヨリの心は、30代後半独女のヒリヒリした心情を克明に代弁していた。

 ただし、設定やストーリーがあまりにドリーミィすぎると揶揄する向きも、少なからずあった。「ブサイクだった同級生がイケメン化する設定に現実感がない」「あんなに若々しいアラフォーは存在しない」「展開がファンタジーすぎる」などなど。

 しかし、そのようなリアリティの欠如など、読者女性は百も承知である。なぜなら本作は、ヨリと同世代の30代後半文化系独女(およびその予備軍)たちにとって、よくできたポルノ、要はエロ本だからだ。彼女たちは、本作がファンタジーであることをわかった上で、自分を投影したヨリが究極の愛を獲得するプロセスに、心の底から悶絶する。

「最高最強スペックの妻持ちイケメンが、離婚までしてアラフォーの自分と結婚してくれる」

 なんというご都合主義、なんというドリーミィな超展開だろう。「交際0日婚」なんぞ、ゆうに凌駕している。男性向けエロマンガで、「突然現れた美少女がものすごくエロくて、うだつのあがらない主人公にセックスしてぇとねだる」のと、たいして変わらない。

 しかし結果的に充足感が味わえるなら、プロセスがファンタジーだろうがドリーミィだろうが嘘臭かろうが、問題はない。『姉の結婚』の女性読者は、読後に昇天するほどのカタルシスを得るし、エロマンガの男性読者は、あられもない美少女の姿に昇天するほどの(以下略)。

 いい年こいた独身男性がエロマンガばかり読んで快適なファンタジーに囲まれていると婚期が遅れるのと同様に、30代後半独女がポルノチックなファンタジーに執心しすぎると婚活が修羅道化するかどうかは、エビデンスがないのでなんとも言えない。

 しかし、ここで『姉の結婚』と比較しておきたい作品がある。『姉の結婚』と同時期に、同じ「月刊フラワーズ」で連載されていた超人気作品『失恋ショコラティエ』(水城せとな・著/全9巻)だ。第36回講談社漫画賞の少女部門を受賞。2014年には松本潤、石原さとみのキャストで月9ドラマ化もされたので、知っている方も多いだろう。

 主人公は、天才的ショコラティエ(チョコレート職人)の小動爽太(こゆるぎ・そうた)、25歳。彼が、高校時代から想いを寄せる女子力スーパーハイなキラキラ女子・サエコ(26歳)と結ばれたい一心で、ショコラティエとして名を成していく物語だ。ただし、サエコは人妻である。

『姉の結婚』も『失恋ショコラティエ』も、「主人公が既婚者に想いを寄せている」という点で共通している。しかし、『失恋ショコラティエ』の結末で、爽太とサエコは結ばれない。サエコは一時爽太に惹かれるも、離婚には踏み切らないのだ。爽太は妥協し、セフレ(!)関係を続けていたモデルの女を選ぶ。

 そもそも『失恋ショコラティエ』では、ほぼ20代で固められたメイン登場人物の大半が、「最初から好きだった人」と結ばれない。皆、届かない想いを自分の中で冷静に消化して別の相手とくっつくか、ひとりぼっちを受け入れる。

『失恋ショコラティエ』は、「これくらいでいいや」的な幸せの落としどころ見つけました感が半端ない。『姉の結婚』のドリーミィ感とは対象的である。ヨリのように、既婚者を離婚させてまで結ばれる超展開なんぞ、とんでもない。現実ときっちり折り合いをつけた、スーパービターな結末。ホットなポルノとは程遠い、ドライ極まりない現実的なラストが叩きつけられる。

 快適でドリーミィなポルノだった『姉の結婚』と、射精後の賢者タイムの如き現実路線を歩んだ『失恋ショコラティエ』。不惑であるはずのアラフォー女性が絵に描いたような理想を捨てきれない一方、人間としてはまだ成熟途上であるはずの20代女性たちは現実を黙って受け入れる――。

 この対照的な構図は、むしろ現実世界においてリアリティがある。

「手近な幸せ、そこそこの相手」では手を打てないアラフォー独女が婚活修羅道を歩むのを尻目に、「さとり世代」とも称され将来に過剰な期待を抱かない20代独女は、手持ちのコマで早めに手を打っているからだ。筆者の周囲でも、大卒就職後2〜3年でサクッと結婚する都内在住の文化系女子が、ちょくちょく現れ始めている。なお、彼女たちにことさら専業主婦願望はない。

 実際、新成人女性の42.8パーセントが25歳までに結婚したいと考えているというデータがある。30歳までなら97パーセントだそうだ(2015年、オーネット調べ)。20代女性の早婚願望がここ数年高まりつつあるという分析も、多方面で耳にする。

 というわけで、結婚願望のある独身の男性諸氏としては、自身の年齢、スペック、相手に求める人生観を吟味検討のうえ、ベストオブベストなハッピーエンド以外は認めない『姉の結婚』系30代後半女子と、理想の追求を放棄したスーパー現実主義者の『失恋ショコラティエ』系20代女子、どちら方面に重点アプローチするかを、早々に決められたい。

 なお、イケメン精神科医でも天才ショコラティエでもない筆者のアラフォー友人男性諸君におかれては、年内めどでミーティングを開催するので早急に予定を調整されたし。その前に『姉の結婚』と『失恋ショコラティエ』は必ず読んでおくこと。以上、業務連絡にて。

稲田豊史(いなだ・とよし)
編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年にフリーランス。『セーラームーン世代の社会論』(単著)、『ヤンキー マンガガイドブック』(企画・編集)、『ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体』(構成/原田曜平・著)、評論誌『PLANETS』『あまちゃんメモリーズ』(共同編集)。その他の編集担当書籍は、『団地 団 ~ベランダから見渡す映画論~』(大山顕、佐藤大、速水健朗・著)、『成熟という檻「魔法少女まどか☆マギカ」論』(山川賢一・ 著)、『全方位型お笑いマガジン「コメ旬」』など。「サイゾー」「アニメビジエンス」などで執筆中。映画、藤子・F・不二雄、90年代文化、女子論が得意。http://inadatoyoshi.com

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