安倍談話を前に強まる官邸のメディア圧力……その裏で放置されたのはイスラム過激派組織による日本人拘束の問題か

――8月14日に、いよいよ発表されると言われる「安倍談話」。その緊張を前に、官邸が“イメージ”操作に躍起になっているようだ。そこで今回は、その圧力を目の当たりにしている新聞・週刊誌の政治記者、さらには外務省関係者に集まってもらい、「安倍政権」の本性に迫った。

『日本の自立 戦後70年、「日米安保体制」に未来はあるのか?』(イースト・プレス)

【座談会参加者】
A 全国紙デスク
B 全国紙中堅記者
C 週刊誌ベテラン記者
D 外務省関係者

A 安全保障関連法案の審議も参議院に移ったし、安倍談話も発表間近。永田町はいよいよ、戦後もっとも暑い夏の到来ですね。

B そんな中、高村自民党副総裁が「支持率を犠牲にしてでも安保法制を通過させる」と言っていましたが、本当に支持率は逆転しちゃいましたね。

C でも実は、そこで盛り上がってるのって永田町だけで、国民は、騒がれているほどには安倍政権に関心がないんじゃないかと思うんだよね。官邸前のデモだって、原発再稼働反対の時に比べて小規模なものだし、60年安保で国会をデモ隊が包囲した時【註1】とはレベルが違う。

D 支持率の逆転は、安倍首相の政権運営への批判であって、安保法制自体への賛否とは別物なんじゃないですか。大手メディアは、意図的に反対の声しか取り上げていませんが、その論調は実際の安全保障環境から少しずれていると感じている人も多いと思います。

A おっと、いきなり新聞批判ですか(笑)。   
 
C いやいや、新聞に限らずだよね(笑)。で、さっきの「支持率を犠牲にしても……」の話なんだけど、官邸は、実際には全然そんなことは思ってないよね。またまた、拉致問題関連で点数を稼ごうと、裏で動いているし。横田めぐみさんの娘、キム・ウンギョンさんを来日させるって話があるのは知ってる?

B その話は聞いたことがあります。モンゴルを仲介役にして、今年の5月から水面下で北朝鮮と接触しているという話(コラム参照)ですよね。ただ、キム・ウンギョンさんが来日するかどうかは、微妙だと思いますけど……。

D 日本とモンゴルの関係は、日本がモンゴルを経済支援する代わりに、モンゴルが拉致問題について北朝鮮に働きかけるという、国家間の合意ができています。あまりニュースにはなりませんが、日蒙間の要人往来を見れば、両国間の関係の深さがわかりますよ。官邸が米国の次に外交的に力を入れているのは、モンゴルと言っても過言ではないんじゃないかな。少なくとも、韓国との関係よりも、モンゴルとの関係強化に力を入れているのは間違いないと思います。

B そうですよね。官邸がモンゴルに働きかけて北の拉致問題を進めることで、支持率の起死回生を図っているという話は、取材をしている中でもよく耳にします。

C ちょうどこのタイミングで新国立競技場の計画撤回騒動もあってますますイメージも悪くなったし、安倍首相としては、天王山たるこの夏を乗り切るため、拉致問題解決で点数を稼いで、安保法案を成立させるつもりなんだろうな。そんなに上手くいくとは思えないけど。

A じゃあ、ウンギョンさんを来日させるのも、そのため?

C そう見るのが妥当だろうね。その証拠に、官邸が10月一杯、都内の高級ホテルの1フロアーを借り切っているという話があるよ。

A そうか……9月末に自民党総裁選だから、その直前に「ウンギョンさん来日」なんて成果を持ってきたら、追い風になるよな。今秋の衆院解散説も出ているぐらいだから、安倍首相がそういうことを画策していても、おかしくないね。

C そう。ウンギョンさんが早稲田大学に留学し、その間、横田夫妻と水入らずの時間を過ごす……なんて、眉唾な話まで出ている(笑)。火のない所に煙は立たないから、官邸が北朝鮮外交で点数稼ぎを狙っているのは、確かだろうけど。実際、昨年3月には、横田夫妻とウンギョンさんはモンゴルで会っているしね。「北朝鮮もウンギョンさんなら表に出してくるだろう」と踏んだのかもしれない。

B とはいえ、ウンギョンさんの来日について、横田夫妻は、「そんな話は聞いてません。そんなことはいいから、拉致被害者を取り戻してください」と言っているらしいですからね。まあ、来日が本当だとしても、「知っている」なんて言えないでしょうけど。

A 実はさ、菅官房長官の指示で、7月に元内閣情報調査室の高官がニューヨークに飛んだという話があるんだよ。そこで、北朝鮮の高官と何かを話し合ったらしいんだけど……。ただ、その元高官というのが、ヤクザの元愛人で実業家の女性と深い関係になり、それを週刊誌でも報じられた男なんだよね(苦笑)。そんな男に外交交渉を頼らないといけなくなった官邸が主導権を握って交渉するなんて、無理だろうなあ。

D 安倍首相は官房長官の頃から拉致問題に取り組んでいますから、何か別の一手を考えているのかもしれないですけどね。ただ、拉致被害者が帰ってきた小泉政権の頃と今とでは、状況が違います。あの時の北朝鮮は、日朝国交正常化を果たして経済支援を引き出したいという思惑がありましたが、今は最大のパトロンであるロシアとの関係が好転したため、日本からの支援を受ける必要がない。

B 安倍首相は、昨年のこの時期も、「俺が平壌に乗り込んで拉致被害者を連れて帰る」と意気込んでいたみたいですけど、結局は1年経った今でもなんの成果もない。一方で北朝鮮は、10月には朝鮮労働党創建70周年を向かえ、大規模な閲兵式を計画していますし、弾道ミサイルを再び発射するとの情報もある。そんな北朝鮮が、官邸の思惑通りに動くとは、到底思えません。

安保法制のために無視?浮上した「邦人拘束」問題

A ところで、官邸のメディアへの圧力も、ひどくなってるよね。フリージャーナリストの安田純平さんが6月下旬頃、イスラム過激派組織に拘束されたらしいという話【註2】についても、「人命がかかっていることだから」というもっともらしい理由をつけて、メディアに報道自粛を言い渡していたようだし。

C 確かに、安田さんについては極一部のメディアしか報じてないけど、そういう背景があったのか。

B まあ、それだけではなく、拘束されたという事実が確認できないという理由もあるんですけどね。

C シリアに渡って何週間も連絡がなかったら、普通は拘束されたって疑惑は出てくるんじゃないの? ましてや、安田さんはプロの戦場ジャーナリストだよ。関係者にも一切連絡しないなんて考えられないでしょ。官邸の圧力に屈する新聞も情けないな。

A 安田さんの友人を通じて、あるイスラム過激派組織から人質解放交渉について話があり、拘束場所もある程度はわかっている、なんて話も出ましたよね。でも、菅官房長官と岸田外相は、「そのような情報に接していない」と会見で拘束を完全否定している。実際は、7月上旬には、「安田さんが拘束されたらしい」という話が官邸に報告されたにもかかわらず、西村内閣危機管理監が「静観」を指示したと聞きました。

B 湯川春菜さん、後藤健二さんの事件もあったことだし、外務省は水面下で情報収集とか人質解放交渉とかをやっているんでしょ。それとも、「渡航自粛を守らない左翼ジャーナリストは、守る価値がない」とでも言うんですかね。

D そんなことないですよ。邦人保護は外務省の大事な任務ですから。ただ、本音を言えば、旅券返納命令をちらつかせて渡航自粛を勧告している中で、外務省や入管の裏をかくように危険地域に行く人たちに対するイメージは良くないですね。

C 外務省が海外で拘束された日本人の救出に熱心でないのは、外務省の中で領事業務(外国に駐在して自国民の保護及び自国の通商の促進にあたる業務)が格下扱いされているのも影響しているという話もあるけど。

D 「格下扱い」という表現は正しくないですが、領事局はノンキャリア外交官の牙城ですし、警察など他省庁からの出向者が多く、「領事業務はキャリア外交官がやる仕事ではない」という雰囲気はありますね。警察庁や防衛省も、安田さんの件には及び腰みたいですよ。触らぬ神に祟りなし、みたいな。

C いずれにしても官邸は、安田さんが拘束されたことを認めれば、安保法制に含まれる「邦人救出」について、「今回のケースはどうするのか?」と野党から突っ込まれて審議が遅れるのをおそれたってことか……。万が一拘束が確認されたら、「だからこそ安保法制が必要だ」という論調に持っていくんだろうけど。

A 官邸がメディアに圧力をかけたのは、安田さんのことだけじゃないよ。陸上自衛隊の元ナンバー3がロシア大使館の武官に情報漏洩したことも、警察を通じて報道させないように圧力をかけている。

C 産経新聞が特ダネで報じたよね。なんでも、「週刊ポスト」(小学館)が先に報じるはずだった話を、産経が早刷り(発売日の前日に刷り上がったもの)を見て先を越したらしい。編集部は、「他人の褌で仕事するな」って怒ってたって話だよ。

B そういう事情もあったんですか。この話も、実は各紙知っていたんですが、警視庁外事1課長が、「産経が報じたのは事件の本筋じゃない。後追いしたら、本筋で逮捕するときに情報を出さない」って脅して、他紙の後追い報道を封じたんですよ。実際に産経は報道後、公安部から出禁を食らったし……。

A 本筋なんかあるわけない(苦笑)。むしろ、官邸が警察庁に「安保法制成立後に送検するように」と指示しているって話だからね。とにかく、法案審議に少しでも影響があることには、ことごとく圧力をかけていのるが今の官邸だよ。

D 圧力の話はわかりませんが……官邸が相当に焦っているのは事実でしょうね。私は、安保法制は国家百年の計として必要だと思うんですよ。しかし、焦りと驕りからでしょうか、少々やり方が乱暴な気はしますね。

B 自民党支持者の中からも、安倍政権の態度には批判が寄せられていますよね。安倍首相と脇を固める“お友達” たちの、政権に都合のいいように情報を取捨選択して国民に伝えるという態度に、多くの国民が疑問の目を向け始めたと言えるんじゃないでしょうか。

【註1】60年安保で国会をデモ隊が包囲した時
安倍晋三首相の祖父である岸信介前首相は、旧日米安保条約の改定に乗り出し、60年5月19日に新安保条約を強行採決した。この前後の行われた安保改定反対デモは13万人規模(警視庁発表。主催者発表は30万人)で、デモ隊の人波は国会周辺から丸の内にまで埋め尽くした。また、岸首相(当時)は、自衛隊の治安出動を打診したが、赤城防衛庁長官(当時)が反対したため、実現しなかった。

【註2】イスラム過激派組織に拘束されたらしいという話
フリージャーナリストの安田純平さんのツイッターが6月20日から更新されてないことを発端として、同氏がシリアに取材に向かったまま音信不通となった、同地で武装勢力に拘束されたとの憶測が広まっている。なお、同氏は2004年4月、イラクで武装勢力により拘束されたが、ほどなく解放された経験を持つ。

<2014~15年の主な動き>

 安倍首相は2014年に入り、外務省に日朝交渉の促進を指示し、7月にはストックホルムで拉致被害者などの再調査で合意するという成果を得た。そして、日朝関係はこのまま進展して拉致問題も解決されるかに見え、一部では安倍首相が訪朝するとの観測も流れたが、結局は10月の日朝協議を最後に、没交渉となってしまった。

2014年3月 モンゴルで横田夫妻とキム・ウンギョンさんが面会
5月29日 日朝ストックホルム合意(拉致被害者など日本人の再調査などで合意)
7月 北朝鮮が国家安全保衛部を中心とした「特別調査委員会」を設置
8月 「政界のゴッドマザー」こと安倍洋子(安倍首相の実母)がモンゴル訪問。山谷えり子拉致担当相も同行
10月 平壌で日朝協議。北朝鮮から再調査結果を得られないまま終了

 昨年10月の日朝協議以降、安倍首相が拉致問題や日朝関係に言及しなくなったことで、日朝交渉への熱は冷めたかと思われた。しかし、安保国会が本格的に始動してから、日朝交渉が再び水面下で進められた。日朝交渉の主な動きは次の通りだが、これ以外にも外務省アジア大洋州局長と北東アジア課長は月1回のペースで、中国などで北朝鮮当局者と秘密接触を繰り返している。

2015年5月14日~16日 飯島勲内閣官房参与と今井尚哉総理首席秘書官がモンゴル・ウランバートルを訪問
5月20日~25日 モンゴル大統領が来日。日蒙首脳会談
6月22日~28日 モンゴル外務省アジア太平洋局長が北朝鮮訪問
7月8日~10日 モンゴル大統領が金正恩に特使を派遣
7月19日~20日 谷内正太郎国家安全保障局長がモンゴル訪問
7月24日 安倍首相が武部勤元自民党幹事長に「モンゴル民主化25周年記念式典」への参加を要請
7月29日~30日 武部元自民党幹事長がモンゴル訪問。記念式典に参加し、大統領と会談
7月29日 モンゴル大統領が共同通信と会見し、金正恩第1委員長への親書で拉致問題解決を提案したと言及
7月30日 安倍首相が参院安保特別委員会で、北朝鮮への制裁強化に慎重な姿勢を答弁

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