翁長知事は本当に“中国寄り”なのか? “琉球独立論”の舞台裏

翁長知事の訪米に喜んだのは中国?

翁長雄志沖縄県知事は5月30日~6月4日、米軍普天間飛行場移設計画反対への理解を求めて訪米した。成果はともあれ、外務省関係者は「沖縄県知事が独自で外交をするということは、『日本と琉球は別もの』と主張するようなものです。これは、日本から沖縄を切り離したい中国にとって、喜ばしいことだったはずだ」と指摘する。

『琉球独立論』(バジリコ)

 去る5月17日、翁長雄志沖縄県知事の就任後はじめて、普天間飛行場の辺野古移設に反対する「5・17県民集会」が開かれた。その様子をテレビで観ていた外務省関係者らは、「日本政府と沖縄県の不協和音を中国に利用されずに済んだ」と、安堵の表情を浮かべたという。

 米軍統治時代から基地問題などに対する異議を県内外に示す手段として行われてきた県民集会への知事の参加が、日本と沖縄、そして中国との関係にどう影響したというのか。

「中国外交部は5月18日、アジア地域30カ国の元首相や外相などが参加するアジア協力対話(ACD)フォーラムを福建省で開催し、日本や米国が不参加を表明したアジアインフラ投資銀行(AIIB)について、『年末に成立・運営を開始する』と発表しました。フォーラムは3月に習近平国家主席が唱えた『アジア運命共同体』構想に基づいて行われたもので、当然、日本は相容れない立場。

 実は中国は、日本の立場をわかった上で、福建省と沖縄県の交流促進を名目に、そのフォーラムに沖縄県知事・副知事を招待していたんです。中央政府が参加しない国際会議にいち地域の代表を招待するのは、外交儀礼上の非礼に当たるばかりか、政府関係者からは、中国が日本政府と沖縄県の引き離しを狙っていると指摘する声が上がっていました」(外務省関係者A氏)

 事の発端は、今年2月。中国福建省の外交責任者である外事弁公室主任が沖縄県を訪問し、安慶田光男副知事と会談した際、アジア各国の閣僚級を招いて6月頃に福建省で開催を予定していた国際会議に、知事・副知事を招待したのだという。結果的に、フォーラムと県民大会の日程が重なったため翁長知事は参加しなかったが、参加していれば、外務省関係者らが懸念していた通り、「日本政府と沖縄県の不協和音」を世界中にさらすことになっていたかもしれない。

 とはいえ、政府が懸念する「中国による日本政府と沖縄県の引き離し」など、到底実現不可能な話に思える。しかし防衛省関係者B氏は、「安全保障上の海洋戦略に基づき、中国がそうした動きを見せていることは否定できない」と指摘する。

「中国の海洋戦略とは、簡単に言えば、原油の安定供給と経済発展の原動力地帯である沿岸部を防衛するため、インド洋から東シナ海を牛耳ろうとするものです。加えて、96年の台湾海峡危機【1】以降は、その範囲を西太平洋まで広げています。ここで問題となるのが、“不沈空母”のように存在する沖縄なんですよ。沖縄に、脅威である米軍が存在する限り、中国は西太平洋で好き勝手することはできません。このため、中国はさまざまな形で、沖縄から米国の軍事力を削ぐことに力を入れているんです。普天間飛行場の辺野古移設やオスプレイ配備に反対する翁長知事の就任以降、中国が知事に“急接近”したことからも、その思惑がうかがえます」(B氏)
 

USJの沖縄進出も利用 日本政府の飴と鞭

『琉球独立論』
沖縄県は、明治時代に日本に編入されるまで、琉球王国というひとつの国だった。このため沖縄の一部で、「琉球」として日本からの独立を主張する意見がある。

 外務省、防衛省の関係者が言及するこうした中国の動きは、中国共産党系メディア「環球時報」が、“琉球独立論”を支持する記事や沖縄の領有権主張を示唆するような記事をたびたび掲載していることから、政府関係者の過剰な反応とも言いきれない。しかし、一部で“中国寄りの”の“赤い知事”【2】 と揶揄されてきた翁長知事については、取材を進める過程で、首相官邸周辺が意図的に作り出した“虚構”であることが見えてきた。

「官邸は、翁長知事に“飴と鞭”で対応しています。飴は、毎年3000億円投下される沖縄振興予算。鞭は、翁長陣営に対するネガティブキャンペーンです。菅義偉官房長官は4月上旬、翁長知事と会談する前に安慶田副知事と非公式に面談していました。この際、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)が沖縄に新設するテーマパークの采配を知事側に任せるという話を持ちかける一方で、同時期、某大手週刊誌に、“琉球独立論”や翁長知事と中国情報機関との関係などを掲載させたのです」(全国紙政治部デスクC氏)

 政府は5月30日、USJが沖縄県で計画する新たなテーマパークについて、地域を限定して規制を緩和する「国家戦略特区」を活用する方向で調整に入った。その予定地である海洋博公園は、辺野古移設で揺れる名護市と接する本部町にあり、政府は都市公園法の規制を緩和して、周辺道路などの建設や県への財政支援も行うという。要するに、辺野古移設受け入れの見返りとして「USJ沖縄」を建設し、その“利権”の采配を知事側に一任するという構図だ。

 一方で、翁長知事は5月20日に東京・有楽町の外国特派員協会で会見を行い、「私が話をして、物事が前に進まない場合には独立論でいくか」と発言。公の場で初めて、知事自ら“琉球独立論”に言及したと話題となった。しかしこの発言は、前述の週刊誌の記事を受けての記者への質問に対する回答、「いわば誘導質問」(C氏)であり、翁長知事自身が積極的に主張したものではない。その証拠に知事は、「沖縄が独立するのではなく、日本が切り離すのではないかと心配」と、その回答を締めくくっている。ではなぜ、“琉球独立論”と翁長知事が結びつけて語られるのか。C氏は、ここにも「先のネガティブキャンペーンの影響があるのだろう」と指摘する。

「菅官房長官が某大手週刊誌編集長に直接電話しているらしい、という話があるんです。実際、一部の記者は、内閣情報調査室から公安情報のレクチャーを受けて、翁長スキャンダル探しに奔走していると聞きますよ(苦笑)」(同)

 こうして、中国からは工作の対象として見られ、官邸からはネガティブキャンペーンを張られている翁長知事について、沖縄県内においても、批判的な声が上がり始めている。地元メディア関係者D氏は、翁長知事の姿勢を「県民不在」と批判する。

「翁長知事はMICE【3】建設予定地を、本命視されていた那覇空港近くの豊崎地区(豊見城市)ではなく、空港からのアクセスも悪い、マリンタウン地区(与那原町・西原町)に決定しました。この予定地の隣には、知事選で翁長氏を支援した金秀グループの大型ショッピングモールやマンションが点在しており、“論功行賞”だと言われています。その上、来年7月の参議院議員選挙で金秀グループの呉屋守将会長を革新系から擁立し、自民党が持つ議席を脅かすことで、さらなる“飴”を狙っているとの見方まで出ているのです。

 辺野古移設反対を主張し続けて、政府から飴を引き出そうとしているようにも見える翁長知事ですが、自ら『自民党出身』と何度も強調しているように、日米安保や基地の必要性については理解しているはず。政府への強気な姿勢の裏には、沖縄振興予算の確保のために振り上げた拳を、下ろすに下ろせなくなったという事情があるのでしょう。まさに県民不在の中で、さまざまな思惑が沖縄を取り巻いているのです」(同)

 いささか現実離れした“琉球独立論”だが、しかし、その背後には中国・日本両政府の根深い争いが見え隠れする。そして、その間で身動きが取れなくなっている翁長知事に、沖縄の未来は守れるのか――。沖縄問題終幕の日は、まだまだ先になりそうだ。

(編集部)

【1】96年の台湾海峡危機
第3次台湾海峡危機を指す。台湾独立を主張する李登輝総統が95年に米国を訪問した際と、96年の台湾総統選挙前に、中国が台湾独立の動きを封じるべく台湾海峡に向けて多数のミサイルを撃ち込み、軍事演習を行った。これに対して米国は、2個の空母戦闘群を台湾海峡に派遣して中国の動きを牽制しつつ、台湾防衛の意思を表示した。

【2】赤い知事
翁長雄志氏は、長らく自民党に所属していたが、14年の沖縄県知事選挙では同党を離党し、共産党や社民党の推薦、左派勢力の支持を受けて当選した。そのため、共産党の象徴色である赤色を取って、一部メディアで「赤い知事」と揶揄され、最近では、翁長知事と中国との関係を危険視する意味で、政府関係者が隠語のように使っている。

【3】MICE
Meeting(会議・研修・セミナー)、Incentive tour(報奨・招待旅行)、Convention(大会・学会・国際会議)、 Exhibition(展示会)の頭文字を取った造語で、ビジネストラベルの一形態を指す。一般の観光旅行に比べ参加者の消費額が大きいことなどから、MICEの誘致に力を入れる国や地域が増えている。沖縄MICEにカジノを併設することが検討されていたが、翁長知事の公約により中止された。

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