――サブカルを中心に社会問題までを幅広く分析するライター・稲田豊史が、映画、小説、マンガ、アニメなどフィクションをテキストに、超絶難解な乙女心を分析。
『インターステラー ブルーレイ&DVDセット』
今回は、『ダークナイト』を手がけたクリストファー・ノーラン監督のSF映画『インターステラー』をピックアップ!
※本文中にはネタバレがあります。
鹿児島県・口永良部島の新岳噴火後のニュース映像を見て、昨年公開された映画『インターステラー』を思い出した。同作冒頭では、地球全体の環境汚染によって塵まみれになっているアメリカの田舎町がじっくり描写されるからだ。空を覆う大きな砂嵐はまるで噴煙のようにも見える。
とはいえ『インターステラー』は災害映画ではない。地球に住めなくなった人類が、居住可能な惑星を求めて宇宙へ探索に出る――のを何十年という時間軸の中で描いた、壮大なSF映画だ。映画ファン向きに形容するなら、『2001年宇宙の旅』と『惑星ソラリス』と『コンタクト』と『地獄の黙示録』と『フィールド・オブ・ドリームス』と『サイン』を50時間くらい煮込み、パルメザンチーズをドカ盛りしたような映画である。総尺も2時間49分と満漢全席クラスだ。
そんな胃もたれする映画は嫌という方は、本作に登場する2つの重要な法則だけをつまみ食いしていただきたい。「運動の第3法則」と「マーフィーの法則」である。
運動の第3法則とは「作用・反作用の法則」とも呼ばれる。スケボーに乗ったまま壁を押すと、押した力の強さに応じて自分も後方に移動する。ロケットを地上から宇宙に飛ばす時、地上に向かって相応の物理エネルギーを噴射する必要があるのと同じだ。劇中では「何かを置いていかないと、前に進めない」と説明される。
マーフィーの法則については、同名の翻訳書籍が日本でも1993年にベストセラーとなった。これは「失敗する可能性のあるものは、失敗する」ことを基本原則とした舶来のユーモア格言集である。有名どころでは「トーストを落としてしまった時、バターを塗った面が下になって着地する確率は、カーペットの値段に比例する」など。劇中では「起こりうることは、起こりうる」と説明される。
このふたつの法則には大きな違いがある。運動の第3法則はニュートンによって科学的に証明されている法則だが、マーフィーの法則は経験則から感覚的になんとな~く導き出されたジンクスにすぎない。
運動の第3法則を信じる人間の行動原理は、ズバリ「使命感」である。既に権威づけられている法則(ルール)を、世界を統べる規範・決まりごととして絶対視し、従順に受け入れ、盲目的に順守する。そこで支配しているのは、個人の欲望ではなく世界に担保された正当性。取った行動に対して理由を問われれば、「そう決まっているから。そうすべきだから」をロジックで説明しはじめる、男脳の発想だ。
一方、マーフィーの法則を信じる人間の行動原理は、「直感」である。「予感したことは発生する」という可能性を常に心に忍ばせた生き方。虫の知らせは絶対に逃さず、それらは往々にしてロジックを超えて作用する。取った行動に対して理由を問われれば、「そう感じたから」と即答する女脳の発想だ。アニメ『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』の女性型最強サイボーグ・草薙素子風に言うと、「根拠ですって? そう囁くのよ、私のゴーストが」という強引さである。
『インターステラー』には2組の父親と娘が登場するが、この父親はふたりとも「使命感」をOSとした男脳を行動指針とし、娘はふたりとも「直感」をOSとした女脳を行動指針としている。本作は、この男女脳の差分によって物語が展開すると言っても過言ではない。
主人公の元宇宙飛行士クーパーは、無事に帰還できるかどうかわからない宇宙への旅に志願するが、これは「人類を救う」という使命感に基づいている。幼い娘マーフを残して地球を去ることに苦悩もするが、最終的には使命感が勝つ。完全なる男脳だ。
そのマーフ(本名は“マーフィー”だ)は、自室の本棚から勝手に本が落ちるという超常現象を前にして、ちょっとありえないくらいの直感で解答にたどりつく。その時点で科学的な根拠はまるでない。彼女はこれを実在のゴースト(幽霊)のしわざだと信じる。ゴーストの囁きに従った、直観主義の女脳である。
人類を救う計画を立てた老物理学者のブランド教授も使命感優先だ。彼は人類救済という大義を背負い、個を捨てて研究に人生を捧げる男脳の持ち主。ただし、その使命感は本人をも苦しめる。彼は人類に不安を与えるべきではないという使命感により、何十年にもわたってものすごい大嘘をついていた(ということが死に際に判明する)のだ。
ブランド教授の娘アメリアはクーパーと共に行動する宇宙飛行士だが、もっとも直感型の女脳。少ない燃料でどの星を優先して探査すべきかという議論になったとき、なんと彼氏(!)のいる星を真っ先に提案するのだ。理屈はない。「正直な気持ちに従いたいの」「愛は観察可能な“力”よ」「10年も会ってない人に引き寄せられる」などという言葉を並べ、強烈な子宮思考を隠そうともしない。
この説明だけを読むと「アメリア超迷惑w」と思われるだろうが、実は物語の結末における地球人類への貢献度は、1位がアメリア(女脳)、2位がマーフ(女脳)、3位がクーパー(男脳)、4位がブランド教授(男脳)だ。具体的に言うと(この先すごいネタバレです)、アメリアは人類の新天地になりうる惑星にたどりつき、マーフは人類が死滅する前に当座移り住むためのスペースコロニーを建造するのである。
『インターステラー』の主人公は男脳のクーパーであり、実際に彼の「使命感」あふれる活躍によって、多くの小局面はクリアされてゆく。しかし大局面をひっくり返したのは、ふたりの女脳による「直感」だったというわけだ。
使命感にがんじからめの男と、直感でフレキシブルに動く女。ゴーストを非科学的だと切り捨てる男と、ゴーストの声を聞ける女。かつて『話を聞かない男、地図が読めない女―男脳・女脳が「謎」を解く』という本がベストセラーになったが、実は「物事を解決するための重要な“声”を聞けないのが男で、地図という世界を統べる決まりごとなんぞに直感判断を左右されないのが女」ということなのかもしれない。
ここで思い出されるのが、東日本大震災後の「放射脳」騒動だ。「放射脳は女のヒステリー」といった酷い言説が心ない男性たちの間で言われたりもしたが、実はこの対立構図も男女脳の差で説明がつく。
男脳はロジックをベースにして「べき論」で原発の是非を語る。国内で必要な電気の供給量はこれくらい、原発の構造的危険度はこれくらい、事故が起こった場合の被害はこれくらい。ゆえに「◯◯すべきだ」と。
しかし女脳は違う。「とにかく危険なの! 怖いの! 危ないの! 私がそう感じるの!」
ただし直感に基づく放射脳も、あながちバカにできない。「私がそう感じるの!」を貫き通したアメリアとマーフは、数十年後に人類を救った。同じように放射脳の彼女たちも、遠くない未来の放射能汚染系Xデーを感じ取っているかもしれないのだ。彼女たちはきっとこう言うだろう。
「根拠ですって? そう囁くのよ、私のゴーストが」
稲田豊史(いなだ・とよし)
編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年にフリーランス。『セーラームーン世代の社会論』(単著)、『ヤンキーマンガガイドブック』(企画・編集)、『ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体』(構成/原田曜平・著)、評論誌『PLANETS』『あまちゃんメモリーズ』(共同編集)。その他の編集担当書籍は、『団地団 ~ベランダから見渡す映画論~』(大山顕、佐藤大、速水健朗・著)、『成熟という檻「魔法少女まどか☆マギカ」論』(山川賢一・ 著)、『全方位型お笑いマガジン「コメ旬」』など。「サイゾー」「アニメビジエンス」などで執筆中。映画、藤子・F・不二雄、90年代文化、女子論が得意。http://inadatoyoshi.com