【政治学者・原武史】×【ライター・速水健朗】地方の公共空間を破壊し尽くす!? "権力へ至る道"としての新幹線の功罪

――天皇のあり方から日本の近現代を捉え直す仕事の一方で、"鉄学者"を自称するほど鉄道にも詳しい政治学者の原武史。都市のあり方や若者風俗から日本の戦後史に新しい光を当てる一方でこのたび北陸新幹線が開通する金沢出身でもあるライターの速水健朗。この2人が、北陸新幹線を通して日本の歴史を問い直す!

速水健朗(以下、) 僕は金沢出身ということもあって、北陸新幹線の開業には注目しています。原先生は東京のご出身ですが、金沢へ行かれたことは?

原武史(以下、) もちろん何度かあります。最初は1977年、中学3年の修学旅行のとき。行き方は、東京から東海道新幹線「ひかり」でいったん京都に出て、湖西線を走る特急「雷鳥」に乗り換えるという西回りのルートでした。当時、「ひかり」は北陸本線の乗り入れ駅である米原にはほとんど停まらなかったので、時間帯によっては京都経由で行くほうが早かったんです。

 首都圏から行く場合、金沢は、京都乗り換えと米原乗り換え、それから新潟経由の北回りという3つのルートのどれを選ぶか、時間的にはちょうど微妙な場所だったんですよね。もともと金沢は、食に関しては薄味の関西圏、鉄道はJR西日本、言葉は少し名古屋弁交じりで、新聞は中日新聞と、関東より関西や中京に近いイメージがあったわけですが、それも北陸新幹線の開業でかなり変わるだろうと感じています。

 そこで今回、原先生とは、北陸新幹線開業にまつわるさまざまなテーマについて議論したいと思っています。最初に取り上げたいのは、いわゆるコンテンツツーリズムと鉄道の関係についてです。

――金沢や能登は、59年に刊行されミリオンセラーとなり、61年には映画化もされた松本清張の推理小説『ゼロの焦点』(光文社)の舞台となった場所だ。ロケ地となった石川県羽咋郡志賀町の「ヤセの断崖」などには多くの観光客が訪れ、空前の"北陸観光ブーム"を巻き起こした。このような、小説や映画などにゆかりのある土地をめぐる旅のあり方や観光振興を"コンテンツツーリズム"と呼ぶ。――

 『ゼロの焦点』では、主人公の女性が金沢で失踪した夫を捜すために能登まで行き、地元ローカル線の北陸鉄道能登線などに乗る場面が何度も出てきます。それもあって、"北陸観光ブーム"においては鉄道というものが注目され、大きな役割を果たしました。

 僕は、『ゼロの焦点』を契機とする観光ブームこそ、日本のコンテンツツーリズムの最初期の事例ではないかと考えています。それから約半世紀たった今、再び鉄道をきっかけとして北陸観光に注目が集まっているという現象はとても興味深いですし、今の北陸観光ブームを考える上で、清張までさかのぼることには意味があると思うんです。

 でも、観光ブームの引き金となった文学作品というのは、『ゼロの焦点』以前にもあったんじゃないですか? たとえば、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」の書き出しで知られる川端康成の『雪国』とか。あのトンネルは、群馬と新潟の県境にある上越線の清水トンネルのことなんですが、31年に開通するまで、同小説の舞台である越後湯沢は、東京からだと信越本線で大きく迂回しなければ行けませんでした。ところが、昭和に入ってループ線という鉄道技術が開発され、清水峠を越えることが可能になったことで、越後湯沢が東京にぐっと近づいた。そこに川端が目をつけて、結果的に越後湯沢の観光ブームが起こったんです。

 ご指摘の通り、文学が観光ブームに火をつけるようなケースは清張以前からありました。ですが、そうしたことを意図的に、産業的に行うようになったのは、おそらく清張が最初だと思うんです。彼は、『ゼロの焦点』だけでなく、その前年に『点と線』(光文社)という推理小説を書いています。これは、JTBの前身である日本交通公社の雑誌「旅」に連載されたことからもわかる通り、明らかに観光誘致を目的として書かれたもので、そういうあからさまな試みは、清張以前には見られません。

 確かに、彼が国鉄や旅行会社とタイアップしていたというのはあったと思う。『点と線』では、当時出てきたばかりの国鉄の夜行寝台特急「あさかぜ」が使われていますしね。でもそれをいうなら『阿房列車』の内田百閒もそうじゃないかな。まあ、なんとなく速水さんにうまく言いくるめられてしまったような気はしますけど(笑)。

 『ゼロの焦点』以降、いわゆる2時間ドラマというジャンルが確立されて、ミステリーに旅番組とグルメ番組の要素を盛り込むことが定番化しました。その後、現在に至るまで、観光・鉄道とコンテンツとが結びつけられる時代がずっと続いていくわけです。

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