「The Family of Man(人間家族)展」カタログ(Maco Magazine)より。 左:ベチュアナランド(ボツワナの旧称)/ナット・ファーブマン 右:アメリカ/ニーナ・リーン
かつてエドワード・スタイケンが「人間家族(The Family of Man)展」で提示した人種や宗教、階級を超えた融和は、「強国」の論理が産んだ「イスラム国」関連のニュースが連日報道される今日、楽天的な夢想のように見えてしまう。
1955年にニューヨーク近代美術館で開催された「人間家族展」はUSIA(United States Information Agency)の管理下で日本を含めた世界各国を巡回した。同じく55年から翌年にかけて、「原子力平和利用博覧会」がUSIS(United States Information Service)と新聞社などの共催によって日本の主要都市を巡回している。USISは53年に国務省から独立したUSISの各国出先機関で、前者は「米国広報文化交流局」、後者は「米国広報文化交流庁」と訳されることが多い。元の英語にあったはずの「情報」という言葉の代わりに、「文化交流」という訳語が付与されているのだが、こうした意訳によって捨象された「情報」の操作、つまり諜報や対外宣伝こそがこれらの機関の中心的な活動なのであった。