――飲食店からオフィス、街中まで、あらゆるところで「禁煙」とされるエリアが広まっているように、近年は喫煙に対する規制がより激しくなっている。喫煙者の中にも「健康に対するリスクがあるものだから仕方ない」と半ばあきらめている人もいるだろうが、その規制の一部には、憲法に抵触しそうなものも散見されるという。そして喫煙規制の根底には、喫煙者と非喫煙者以外の人々の人権、自由を脅かすような問題も存在するのだ。
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この8月、マクドナルドが全3135店舗を全席禁煙にしたことが話題になったが、近年のタバコに対する規制はさまざまな面で勢いを増している。自治体レベルでは東京都千代田区が2002年、日本で初めて路上喫煙に対し、過料徴収を行う条例を制定、類似の条例を設ける自治体は全国で増加した。神奈川県は09年に公共的施設における受動喫煙防止条例を制定し、兵庫県も12年に同様の条例を設けている。また喫煙者を採用しない企業や、受験時の募集要項に「入学後、タバコを吸わないことを確約できる者」と記載する大学も出てきている。
受動喫煙による健康被害は、官民問わずさまざまな報告がなされているため、このような喫煙規制は社会的に大きな議論を呼ぶことなく加速している。だが、その規制が行き過ぎた場合、法律面での問題は生まれないのだろうか? 本特集では、そんな禁煙嫌煙ブームを違う視点――つまるところ、行政による喫煙規制は違法ではないかという視点――で見ていきたい。
まず、憲法学を専門とする日本体育大学の清水雅彦教授によると、「前提として、喫煙の自由は1970年の最高裁判決で認められている」と話す。なお、その判決では、「喫煙の自由は、憲法13条の保障する基本的人権の一に含まれる」とする一方で、「あらゆる時、所において保障されなければならないものではない」とも述べられている。
「つまり、どのような空間でも野放しに守られるべき権利ではないということであり、それはプライバシー権や名誉権を守るために、時として表現の自由が規制されるのと同じことです。そのため公共的な空間で、周囲にタバコの煙で発作を起こす人がいれば、当然喫煙は規制されるべきですが、周りに人がいない野原や自分の部屋で吸う自由は規制されるべきではありません。私はタバコ嫌いの非喫煙者で、タバコは体に害もあると思っていますが、それでも吸いたい人の自由は尊重すべきだと思います。そして喫煙の自由が規制される場合は、規制は最小限のものであるべきですが、近年の喫煙に対する規制は、度を越したものも出てきています」(清水氏)
特に物議を醸した規制が、神奈川県の受動喫煙防止条例だ。これは、学校、病院、商店、官公庁施設などの禁煙、飲食店、宿泊施設などの禁煙もしくは分煙を義務化するもの(飲食店などで店舗面積が100平方メートル以下の店は「努力義務」としている)。タバコ関係の法律・条例に詳しい弁護士の溝呂木雄浩氏は、そもそも「受動喫煙による健康被害については科学的な根拠すら存在しない」と話す。
「受動喫煙については、1981年に医学者の平山雄氏によって発表された”平山論文”が初めてその可能性を論じましたが、統計としての有意性などに多くの問題点が指摘されており、極めて信ぴょう性の薄い論文です。そもそも喫煙の健康への影響については、疫学的調査で『関連性がある』としかわかっていないのに、それが報道の加熱により『因果関係がある』とすり替えられてしまった。よく言われる肺がんとの関連も、統計を見ると喫煙率が下がり続けている中で、肺がんの死亡率は上がり続けていることがわかります」(溝呂木氏)
なお肺がんと喫煙の関連については、「喫煙率のピークの30年後に死亡者のピークが訪れる」(グラフ参照)と解釈する人もいるが、明確な因果関係はいまだ見いだせていない。そして喫煙による健康被害への解釈は数多く見られるが、そのような認識の拡大とともに、規制が進んだ背景には、「それが健康にかかわる問題で、病気や死への恐怖心が煽られたことが大きい」と溝呂木氏は続ける。
「本来はファクトとロジックで議論しなければならないものに、エモーショナルな要素が入ってしまっているんですよ。またタバコの問題は、人が本能的に不快感を示す”ニオイ”が関係したものなので、特に論拠もなく規制に賛同してしまう人も多い。喫煙規制はイデオロギーが絡んだ問題なんですよ」(同)
また溝呂木氏はWHO(世界保健機関)の存在や、製薬業界の利権なども、近年の喫煙規制の背景には存在すると語る。
「80年代にほとんどの伝染病を撲滅したWHOは、組織としての生き残りをかけて、タバコと排気ガスの規制に乗り出した背景があります。また、日本では近年『禁煙外来』を設ける病院が目立ちますが、ここにも製薬業界や医療業界の利権が絡んでいる。これらの業界で動くカネは、タバコ業界とは桁違いに大きいですからね」(同)
一方、清水氏は規制の背景には「社会保障費の削減という国の狙いがある」と語る。
「喫煙を規制することで、病気のリスクを減らすことができれば、結果的に医療費や社会保障費を削減できます。メタボリックシンドロームへの対策も、同じ理由から行われているものでしょう。近年は新自由主義的な政策をとる国において、同様の動きが多く見られています」(前出・清水氏)