肥大化した甲子園ビジネスの犠牲になる選手たち

――松坂大輔、ダルビッシュ有、田中将大――。これまで、数多くの有名日本人投手がメジャーに挑戦してきたが、渡米後、早い時期に故障者リストに入ることも少なくない。その因果関係は明言できないが、ひとつだけ彼らに共通していることがある。それは高校生時代、怪物投手として甲子園を沸かせ、死闘を繰り広げてきたことだ――。

『怪物たちの交差点~甲子園を行き交う魂の系譜』 (竹書房文庫)

[今月のゲスト]
中島大輔(スポーツ・ライター)

神保 日本の野球界の期待を一身に背負ってメジャーリーグ入りした田中将大投手が、7月、肘の怪我で戦列を離脱しました。その後、テキサス・レンジャーズのダルビッシュ有投手も、肘痛で故障者リスト入りし、同じく、かつて甲子園を沸かせた松坂大輔投手は今、肘の手術から完全復帰するために苦しんでいます。

 ほかにも日本では、多くの名投手が次々と肘や肩を痛め、長期に戦列を離れたり、手術を受けなければならなくなったりしていますが、彼らの多くに共通していることは、いずれもジュニア時代から注目を集め、高校生の時に、甲子園の土を踏んでいるということです。

 そこで今回は、選手に過剰な負担を強いているという指摘のある、夏の甲子園=全国高校野球選手権大会の問題を取り上げます。今年も甲子園は、朝日新聞社の全面的なバックアップと、NHKの全試合全国放送により大きな注目を集めました。全校のみならず、地域の期待を一身に背負っていることもあり、各校とも負けられないという意識が強く、エース投手が連戦連投。(甲子園はトーナメント方式のため)エースを休ませるために2番手、3番手の選手を登板させて「負けました」では許されないという雰囲気があります。

 厳しい見方をすれば、大人たちの利権や利益のために、子どもたちに無理を強いているともいえる。しかし、甲子園はメディアにとっても高い視聴率や大きな売り上げが期待できる一大イベントです。甲子園の盛り上がりに水を差すような記事を書けば、そもそもメディアがそういうものはあまり取り上げたがらないし、金輪際、高校野球を取材できなくなったりしかねない。

 そうしたこともあり、多くの人が高校球児、とりわけ投手には大きな負担がかかっていることを知りながら、メディアはほとんどそれを指摘したり、批判するようなことはしません。そんな中で、この問題を取り上げている数少ないスポーツライターの中島大輔さんをゲストに招き、じっくり考えてみたいと思います。

宮台 野球には詳しくありませんが、なぜ連投についてルールを作らないのか疑問です。ルールを作ればいいだけのような気がしますが。

神保 確かにそうですし、すでに中学生やリトルリーグには球数の制限があります。またメジャーリーグでも、基本的には投手に100球以上投げさせないことが不文律のようになっています。

 しかし、甲子園でそれを導入することには賛否両論あるようです。例えば「皆がプロに行くわけではない。腕が折れても投げきりたい子たちもいる」という意見を、平気で口にする関係者もいます。とにかく、日本中があれだけ盛り上がっていれば、まずはなんとしても甲子園に出たいと思うでしょうし、出場すれば、今度は是が非でも勝ちたいと思うのは、当然です。だから、できれば投球制限を設けて、この盛り上がりに水を差したくないというのが、甲子園から恩恵を受けている人たちの本音ではないかと思います。

 しかし、メジャーリーグを見ると、日本から来たピッチャーの多くが1年目に故障しています。ソフトバンクから行った和田毅は、公式戦で1試合も投げないうちに肘を故障して手術を受けていますし、ヤンキースの田中も1年目に故障してしまいました。アメリカの野球関係者の間では今、「日本人投手はメジャーに来る前に投げ過ぎてきたのではないか」という疑いを持つ人が増えています。

 でも、アメリカでは日本ほど投手に無理をさせないともいわれている中で、なぜ日本人投手がアメリカに行くとすぐに故障してしまうのでしょうか?

中島 いくつか大きな理由として挙げられている要因があります。ひとつはボールの違い。アメリカのボールは縫い目が粗いので、より力を入れてつかまないと滑る、と多くの経験者が言っています。また、日本に比べてマウンドが硬く、クッション性が弱いため、歩幅を少し小さくするなど、フォームを変えざるを得ない、という話もよく聞きます。フォームが変わると身体に負荷のかかるポイントも変わるので、そのダメージはあるでしょう。そして「日本での多投」も、近年では大きく取り沙汰されています。

神保 アメリカでは投手の負担が、PAP(Pitcher Abuse Point/投手酷使指数)というデータで数値化されています。 1日に100球以上投げると投げ過ぎと言われていることから、1試合の投球数から100を引き、それを3乗した数字をPAPとしています。

 PAPの高さは、靭帯の疲労や損傷の度合いを表し、高いほど怪我のリスクが高いといわれています。そして、その計算でいくと、田中将大がメジャー挑戦前年に日本で、24勝0敗を記録したシーズンのPAPは、メジャー選手の平均の5シーズン分に相当するほど高かったそうです。高校時代からの蓄積を含めれば田中選手の肘や肩には相当な大きな負担がかかっていたことになります。

 PAPはキャリアを通じて積算される数値なので、日本でかなり肘を酷使してきた投手がアメリカに来て、日本とメジャーの環境の違いなどから、これまで蓄積された肘への負担が一気に怪我という形で表に出てきているのではないかと考えられています。

 この問題に関連して、ダルビッシュがオールスターの会見で、多くの投手が肘の靱帯の修復手術=トミー・ジョン手術を受けていることについて「これだけ増えていることについて、もっと議論すべきだ」という意味の警鐘を鳴らしました。彼は1試合での投球数を抑えるメジャーの取り組みだけでは不十分とする立場を取りました。メジャーでは先発投手を5人用意して、中4日でローテーションするのが一般的ですが、ダルビッシュは「4日では靭帯が十分に修復しない。逆に、1試合の球数が増えても中6日あれば、靭帯の炎症はきれいに取れる」と言っています。

 実際、日本のプロでは1試合に100球以上を平気で投げさせていますが、次の登板までは5日から6日空けるのが普通です。

中島 これは、答えのない議論です。岩隈久志投手を取材した際に、彼は「中4日で100球くらいのほうがやりやすい」と話していました。そのように個人差はあるでしょうし、ピッチャーたちはもっと議論をするべきです。

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