――ロボット、コンピュータ、生命科学、現実がすぐにフィクションに追いついて追い越していくような社会状況の中で、SF小説は何ができるのか?自身ももともと理系の研究者であるSF小説家の瀬名秀明氏に、その可能性を尋ねてみた。
(写真/有高唯之)
一時期に比べて、昨今日本のSFが元気になっている印象がある。大ベストセラーとはいかないものの、話題作が年に数点生まれ、12年には円城塔氏【『道化師の蝶』(講談社)、『SelfーReference ENGINE』(早川書房)ほか】が芥川賞を受賞し、昨年は故・伊藤計劃氏【07年『虐殺器官』(早川書房)でデビュー。2年後に肺がんで逝去】がフィリップ・K・ディック記念賞特別賞を受賞するなど、ニュースに上がる機会も多い。いま再び日本のSFは盛り上がりつつあるのではないだろうか? 科学技術の進展もなおのこと著しい現代で、SFに何ができるのか。当のSF作家である瀬名秀明氏に尋ねた。
――12年に芥川賞を受賞した円城塔さんや伊藤計劃さん、冲方丁さん【『マルドゥック・スクランブル』シリーズ(早川書房)、『天地明察』(角川書店)】など、SFの想像力を生かした小説の書き手が注目を浴びることが増えました。瀬名さんはこうした状況を、どう捉えていらっしゃいますか?
瀬名 震災後しばらくして、SFに未来の指針を書いてほしいという声は増えました。仕事としても、一般誌からそうした依頼を受けることが増えた。未来が見えない時代なので、こういうふうに進んだらよくなるんじゃないかという世界を、未来を見据えるSFの視点で考えたいという人が多くなったんだと思います。未来を考えたいという切実な思いを抱いた時に手に取るのは、やっぱりSF小説なんだと思うんですよ。
――原発事故やSTAP細胞問題など、確かに最近は日常生活の中で、科学技術についての話題が頻繁に聞かれるようになりました。そういった関心の受け皿となるのがSFなのでしょうか。
瀬名 『BEATLESS』(角川書店)を書かれた長谷敏司さんの短編集『My Humanity』【1】などは、そういう点でもすごくいいですよ。放射線をエネルギーにして動くナノマシンを使って、事故を起こした原発の内部を調べる話が収録されているんです。これは、そのナノマシンが外に漏れてしまって、自然界の放射線を吸収してどんどん増殖し、襲ってくるという話になっている(「父たちの時間」)。話の中には家族の問題も含まれていて、現代から見てちょっと先のことを書いた物語が収められた面白い作品集ですね。
――社会において科学技術に対する関心が特に深まっている際、SFを読むことで読者は何を得られると思いますか?
瀬名 SF小説には主に2種類あると思っていて、ひとつは現在の技術の発展上にある世界を描いたものですね。そしてもうひとつは思弁小説。「絶対ないけれど、そういうことができたらどうなるか」という物語になると思います。前者は、野尻抱介さんや笹本祐一さん【『ARIEL』『星のパイロット』(朝日新聞出版)など】などが描かれる未来ですね。例えば、野尻さんの『南極点のピアピア動画』【2】では、ニコニコ動画などのネット文化がもっと発達した未来について書かれています。そういう技術がさらに進んだら、人類はどうなるのか。
――なるほど。後者のほうは、いま現在は全く実現の見通しのない科学技術を用いた未来を描くということになりますか。
瀬名 そうですね。例えばドラえもんの「どこでもドア」が本当にあったらどうなるとか、いまの技術では絶対に不可能なことをでっち上げて、そこで起こる社会の発展や混乱をときに戯画的に、ときにリアルに描く。篠田節子さんの短編集『はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか』【3】なんかは、SFというよりは一般小説の中に科学技術の話を入れた感じですが、だからこそSFを読み慣れていない人にもおすすめできると思います。なかでも特に「深海のEEL」という作品が面白い。このタイトルはドイツでベストセラーになった海洋冒険小説『深海のYrr』(早川書房)という小説のパロディになっていて、駿河湾の深海で巨大な「EEL」つまりウナギが発見されたという話なんですよ。それで食べてみたら変な味がしてみんな腹を壊すんですけど、調べるとパラジウムが微妙に含まれていると。だからすり身にしてパラジウムを取り出せば大もうけできそうだというので企業が乗り出すんですが、ウナギがどんどん南方に移動してしまって、やがて尖閣諸島のほうまでいっちゃって中国や台湾と一触即発になるという(笑)。ギャグが冴えていて、非常に面白いと思います。
――ウナギの漁獲量が乱高下しているという、昨今の状況も盛り込んだ内容になっているわけですね(笑)。
瀬名 そうですね。こうしたSFの想像力は、今日の社会に照らし合わせて未来の世界を作り、それを描きながら現代を語るものだと思います。だから公害のひどい時代には公害の話、国際戦争の危機が迫っているならミサイルが飛んでくる話とか、そういう話が読まれたんですよね。
――未来のことを書いたジャンルと思いきや、現代を見通す視点を持っている、と。
瀬名 だからSF小説は、未来小説のふりをした現代小説という側面があると思います。そういう意味では、僕が刊行に関わらせていただいた、ハヤカワ文庫の『日本SF短篇50』【4】という5冊のシリーズが面白いと思います。これは1963年に日本SF作家クラブができてから2 012年までの作品を、一年につき一作家一作で、全50作をまとめたものです。光瀬龍さん【50年代から活躍したSF作家。代表作『百億の昼と千億の夜』(早川書房)】から始まって僕で終わるんですが、読んでいるとその時代ごとの科学技術と社会の関係がなんとなくわかる。例えば70年代は小松左京さんの「ゴルディアスの結び目」という作品が入っていますが、これは女の人の脳にサイコダイブして悪魔憑きを祓おうという話で、当時のオカルトブームを反映したものになっているんですね。そのほか、昔はおおらかなスペースオペラがあったり、2000年以降になるとネットワーク関係の話が出てきたりと、その時代ごとの変遷が見られる。
――そのように現代に対しての視線を持つことで、SFは文明に対して批判的であろうとしていると思われますか?
瀬名 ポジティブにせよ、ネガティブにせよ、新しい科学技術によって世界がどのように変わるのかを描くのがSFだと思います。1932年にオルダス・ハクスリーが書いた『すばらしい新世界』【5】なども、厳密にはSFとは呼ばれていないですが、SF的な側面から望ましい未来像、本当のユートピアって何だろうと考えている。あの本は昨年、光文社古典新訳文庫から新訳が出たんですが、訳がすごく読みやすくて、現代の小説のような感覚でスッと読めます。ハクスリーはこの物語を書いてからスピリチュアル方面へ進んでいった人なので、もしいまこれを書くとしたらそういうスピリチュアルな解決が訪れるラストにしただろうという後年のエッセイが、新訳文庫に載っています。この古典が、そうやって別の形に置き換えられたらどうなるかと、想像力をかき立てられますね。