――昨年の『半沢直樹』の超ヒットや、今期2作もドラマ化して軒並みヒットしているように、今、作家・池井戸潤原作の小説がエンタメ業界からもろ手を上げて迎えられている。巷では、銀行員からのストーリーが現実的でないとの指摘もあるが、それにしてもこれほどまでにエンタメ業界が池井戸作品を受け入れるのはなぜなのだろうか? これら池井戸シンドロームの正体を、業界関係者や芸能界、小説分析などから読み解いていく。
『半沢直樹』に続くTBSとのタッグ『ルーズヴェルト・ゲーム』(上)と日テレ『花咲舞が黙ってない』(下)は、『花咲舞』が一歩リード。
2013年夏のTBS系『半沢直樹』の最終回視聴率42・2%という驚異の大ヒットに続き、この4月からは池井戸潤原作の『花咲舞が黙ってない』(日本テレビ系 水曜夜22時)、『ルーズヴェルト・ゲーム』(TBS系 日曜夜21時)という2作がテレビドラマ化されている。テレビドラマにおける、池井戸作品の快進撃が続いているのだ。
「映画も同様ですがテレビドラマでも、原作のある企画は、ある程度の固定客が見込めるので、GOサインが出やすい現状。その中で、銀行や企業を舞台にし、ドラマ化しやすい池井戸作品に注目が集まっています。池井戸原作の作品が続々とテレビドラマ化(P100参照)され、本が次々に増刷されていく光景は、00年代後半の東野圭吾の快進撃【注釈1】を彷彿とさせます」(ドラマ関係者)
東野といえば電気工学科卒業後デンソーに就職していた経歴もあるバリバリの理系作家。1985年に『放課後』で第31回江戸川乱歩賞を受賞し、その後も直木賞など文学賞を多数受賞したほか、作品を出せばことごとく大ヒットとなっている。その上、物理学者を主人公にした人気シリーズ『ガリレオ』は07年秋、フジテレビで福山雅治・柴咲コウ主演でテレビドラマ化。さらに、08年秋には映画化され、メガヒットした。東野の描く理系ミステリはテレビ界でも引っぱりだこになり、いずれも高視聴率を記録するなど、00年代後半のエンタメ業界は、理系作家・東野圭吾を中心に回っていた。
片や、池井戸潤も、慶應義塾大学文学部・法学部卒業後、三菱銀行入社(現・三菱東京UFJ銀行)。95年、取引先企業の倒産トラブル【注釈2】をきっかけに退社し、経営コンサルタントをしつつ、執筆活動を行い、98年に突然の融資打ち切りで倒産した企業の裏側を描くミステリ『果つる底なき』(文藝春秋)で第44回江戸川乱歩賞受賞。11年、特許をめぐる町工場と大企業の戦いを描く『下町ロケット』(小学館)で第145回直木賞を受賞した。元銀行員の視点から描く視点は「理系ミステリの東野とビジネスミステリの池井戸」と比較され、いつしかエンタメ業界では、“ポスト東野圭吾”と目されるようになった。
出版関係者がこう打ち明ける。
「東野はこの10年間、ミステリ界を盛り上げてきた自負がある。自分が売れる作品をつくることで、出版社に若手や売れない作家が作品を発表する場所をつくり上げてきた。だが、常に一番でいたい東野本人には、ヒット作を出したい意欲があるものの、一時期ほど売り上げの初速も持続力もなくなってきたのは事実。CMを打つなど、池井戸や百田尚樹ら売れ筋作家の広告展開を東野はちゃんと見ていて、いまも同様の大々的な展開をするように出版社に要求しているようだが、彼の全盛期は過ぎたというのが大方の編集者の見方。そこに『半沢直樹』ブームも重なって、文芸編集者の目が、池井戸に向かっているようだ」
これに合わせてか、あえて、池井戸もキャラクターを重視し、テレビドラマ化を狙ってきた面もある。
「かつて池井戸が描いていたのは『シャイロックの子供たち』(08年/文春文庫)のような世界観です。これは東京第一銀行長原支店を舞台とする連作短編集。短編ごとに主人公は副支店長からパート社員までさまざまですが、銀行というエリート社会の内側で過去や家族を抱えながら生きる人々がカネに翻弄される悲哀を描いた秀作です。一方で、『半沢直樹』シリーズは池井戸本人も語っているように完全に勧善懲悪のマンガの世界【注釈3】。いち銀行員が経営陣を倒すというように、構造はシンプルで、キャラも立っていて、映像化しやすい。ドラマ化する際にも一切口を出さずに、脚色はテレビ側の自由というスタンスだったそうです。確かに、小説家がブレイクするには、作品の大型映像化が不可欠。本好き相手のベストセラーでは最大で50万部ですが、映像化されれば、単行本と文庫合わせてだいたい200万部、印税として懐に入るのは一般的に、約5億円ほどにもなる。なにしろ、『半沢直樹』シリーズも第一話放送前は48万部弱でしたが、最終回を迎えた段階で、累計270万部に達したほどです」(出版関係者)