医療技術の進歩は幸か不幸か? 患者不在の新薬開発の実態

――遺伝子や細胞の解析が進む昨今、これまでのような細胞全体に影響する薬ではなく、病気の患部に直接効く薬が海外では開発されている。だが、これに乗り気ではないのが、製薬会社。もちろん薬でボロ儲けできなくなるからだ。

日本の製薬企業最大手の武田製薬。そのビジョンはどこにある?

 日本の保険医療の中で薬は、患者の負担によって処方されている。薬が高額になるがんの場合でも、高額療養費制度などを使えば、月額の上限を抑えて治療を続けることが可能だ。しかし、その財源はもともとは我々が支払っている国民健康保険や社会保険なのだ。そして、病院や薬局は保険料から収益を得て、それを製薬会社に薬を仕入れるために支払っているのだ。

 もちろん、製薬会社は一般企業であって、利益を追求することも当然あるだろう。だが、その顧客は公共機関が多くを占める。ここに医療法で保護された国民の健康維持や公衆衛生という医療法人本来の目的と、利益を追求する製薬会社との間には矛盾があり、両者の間にある複雑な関係は、これまでも指摘されてきた。

 無論、薬を開発・製造販売することで利益を得ているのは製薬会社なのだが、ここ最近のテクノロジーの発達によって個別化医療といった患者の体質や病気の症状に合わせた治療が可能になってきた。これまでは、同じ病気と診断された患者には、同じ薬剤が処方されていたのだが、同じ病気でも遺伝子解析によって、その薬が効く人と効かない人がいることが判明してきている。治療効果が期待でき、かつ副作用が少ないので患者にとってはメリットも多い。

 しかしこうした治療は、いつまで待っても患者のもとに届かないかもしれない。言うまでもなく、製薬会社はこれまで、患者に効果がなく副作用が出てしまうような薬も販売することが許され、利益を得ていた。個別化医療が進めば、同じ薬を大量にさばくことができなくなり、収益構造が崩れ、いままでのやり方では利益を上げられなくなる。利益を追求する製薬会社は、縮小するマーケットに対して、どのように反応するのだろうか?

 ここでは、そうした製薬会社の利益追求の姿勢と、それに巻き込まれてしまった人たちと事件、そして、我々への影響について追っていこう。

世界的製薬企業とブロックバスター

 まず、製薬会社が巨額の利益を生み出す、製薬の実態を見ていこう。

 世界の企業ランキングを見てみると、エクソンモービル、シェブロン、GEなどのエネルギー系の会社や、アップル、マイクロソフト、IBMなどのコンピュータ系に混じり製薬会社も数多くランクインしている。ジョンソン・アンド・ジョンソン、ファイザー、メルクなどのアメリカ勢から、サノフィ、グラクソ・スミスクライン、ロシュ、ノバルティスなどのヨーロッパ勢だ。そして、これらの製薬会社は、「ブロックバスター」と呼ばれる、従来の治療体系を覆す薬効を持ち、たった1種類で年間に500億~1000億円以上の売り上げを生み出す新薬をいくつか開発し、長らく利益をあげてきた(右図を参照)。

 実際に現在、世界でブロックバスターとして知られている薬は、ヒュミラ、エンブレル、レミケードといったリウマチ関係の薬や、リツキサン、アバスチン、ハーセプチンなどの抗がん剤、ランタスやジャヌビアといった糖尿病の薬──まさに多くの日本人も飲んでいる薬だ。関節痛の患者には、リウマチの薬が処方されるだろうし、がん治療では手術と組み合わせて抗がん剤が投与される。40代以上の男性で、糖尿の薬を飲んでいる人は、数百万人と言われている。

「新薬を開発するまでの道のりは、基礎研究を含めた初期の段階では失敗も多いし、非常に難しい。また実際に保険医療の中で薬を使用するためには、臨床試験を何度もクリアしなければならず、多くの時間と人間、コストがかかって販売に至るのです」(製薬会社社員)

 一方で、いったん審査を通過し製造工程のマニュアルができてしまえば、薬の製造にコストはあまりかからない。だいたい、原料を量る作業、成分を均一にする作業、乾燥させ粉にする作業、添加物を加えて錠剤などにする作業といった流れだ。さらに昨今では、これらはコンピュータで制御されており、人的コストも大幅に削減されている。

 こうして、製薬会社はその開発に投じた研究費や、ほかの開発が頓挫した研究の費用を回収するために、戦略を立てて薬を販売しているのである。その中で、13年8月には、ノバルティスファーマ社の社員が、身分を隠して統計解析者として臨床研究に参加し、試験データの一部を操作して結果を改ざんし責任者が刑事告発に至った、いわゆる「ディオバン問題」などの論文データ不正事件が明らかになった。だが、これらも薬を売るための製薬会社の戦略が不正という形で表面化した事例だ。この背景には、多少強引にでも薬を認可させ、一度承認された薬は徹底的に売り切ろうという姿勢が見て取れる。彼らも、営業利益を確保するのに必死なのだ。

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