『ザ・ノンフィクション』にネット騒然!結婚斡旋所からきたロシア娘に対する資産家の歪んだ結婚観

 ドキュメンタリー監督である松江哲明氏が、タブーを越えた映画・マンガ・本などのドキュメンタリー作品をご紹介!

『国際結婚・離婚ハンドブック』(明石書店)

 ロシア人のディナーラさん(28)は辞書を手にして「イジョウ」と言った。

 彼女がそう訴えるのにはわけがある。

 ロシアから日本の茨城県に着いたその日に招待された家は、建設費7000万円、土地代2000万円という豪邸。だが、台所だけが異様に汚く、テーブルの上には食事をするスペースもない。排水口には水垢がこびりついていて、開封された調味料が所狭しと並べられている。冷凍庫から出されたアイスクリームはカチンコチンで霜が張っている状態だ。一向に溶ける気配のない「スーパーカップ」が、この異常な状況に拍車をかける。耐え切れなくなった彼女が隣室に行き、カメラに訴えた唯一の日本語が「イジョウ」だったのだ。

 だがこの家の主、小野恒人さんにも、この行動に理由があった。もし嫁に来るつもりなら、外国人であろうとも台所はキレイにしてくれるはずだ、と。だが日本語の話せないディナーラさんと、あいさつ程度の英語しか話せない小野さんに意思の疎通は難しい。小野さんは、購入時の袋に入れたままの布団セットをディナーラさんに渡し「この敷き布団にカバーをのせて」と指示を出すが、彼女は呆然と立ち尽くすだけ。小野さんの「なんだってわかんない人だなぁ」と発した声にいらつきを感じたのだろう、日本語を理解しないロシア人は布団の区別も分からないまま広げるが、小野さんは「This それを敷く!広げる!」と知ってる限りの英語と命令口調の日本語で布団の敷き方を教える。

 4月20日に放送された『ザ・ノンフィクション ロシア娘へ愛を込めて~国際結婚に走る男たち~』(フジテレビ)は、久々に「撮れてしまった」感のあるドキュメンタリー番組だった。僕は幸いにも日曜の夜に録画で見ることができたが、これをオンタイムで見ていたら大きな脱力感に襲われたことだろう。

 現在、日本では30~34歳の男性の未婚率は50%近いというが、国際結婚は増えている。それが今回の番組のテーマだ。八嶋智人による軽快なナレーションでロシア人女性との結婚を望む男性を追っている。番組では岩手県に棲む33歳の男性の交際も同時並行で紹介されているが、強烈なのが65歳の小野さんだった。熟年離婚をした彼は番組の冒頭で「男の子を生んで(その子に)財産を継いで欲しい」と言い切る。続けて「女の子の場合は相手の男にいくもんですからね」とも。もう、このコメントで僕は彼に嫌悪感を抱いてしまった。だが、彼の自信に満ちた言動から目が離せない。28歳の時にダンプカーと正面衝突して右足を失った彼は、健康維持のため自炊し、毎日5000歩は歩くことを日課としている。事故によって落ち込むのではなく、生かされたことに感謝をするようになったそうだ。その甲斐もあって会社を経営し、資産を残すまでになった。そのひとつがこの家だ。

 再婚を望む彼は「ロシアンビューティーの会」という国際結婚相談所に登録し、メールで文通を交わし、短期間の同居をするまでになった。これで互いを気に入れば結婚という訳だ。ロシアから女性を招く為に入会金を含めて180万円もかかっているが、この年齢で外国人女性を結婚相手に探すのだから、彼にとっては妥当な金額なのだろう。散歩の最中に「亀はね、ウサギより遅いですけれども最後は勝利を得ましたからね。遅くても着実に歩けば勝利を得るんです」と言っていたが、実際に彼の人生はそのように歩んで来たのだろう。だから行動に迷いがない。ディナーラさんには自宅の他にも経営する会社やアパートを見せて、その価値を教える。「この年になると、女性が男性を判断する全てがお金ではないかと思いますよ。特にわたしは足もないもんですからね」と自分のできるせいいっぱいのアピールをする。

 それは確かに一理ある。ディナーラさんも2歳になる息子を一人で育てている。彼女に限らず「ロシアンビューティーの会」に集まる女性の多くは、日本での生活に豊かさを求めている。中にはアニメといった日本の文化が好きと目を輝かせる人もいるが、会の説明を聞く女性たちの生活は苦しそうに見えた。彼女たちの過去は、番組ではクローズアップされなかったが相当に追いつめられている女性もいるのではないだろうか。

 小野さんはディナーラさんとのデートで手を繋ぎたがっていた。「We have hand」「お手てつないで」と訴えるがそれが伝わらない。その時、撮影スタッフが間に入った。八嶋氏のナレーションで「二人だけのコミュニケーションを尊重していましたが、通訳をしました」と説明が入るのが、ドキュメンタリーとして誠実だな、と思った。彼女は微笑みながら手を取り、ささやかなコミュニケーションが成立した。小野さんは久々に感じる手のぬくもりに感激していた。

 この後、ディナーラさんにも変化があった。例の「イジョウ」な台所の掃除を始めたのだ。そして元々キレイ好きな彼女は、あっという間に仕上げてしまった。小野さんは「ありがとうございます」と感謝を伝えるが、彼女はこの家で暮らす覚悟を決めたのだろうか。そんな展開を小野さん同様、僕も期待した。強引かつ我がままな結婚へのアピール方法だと思うが、65歳の経営者の考えることは常識では測れない。東京観光の夜にホテルで「Please marry me?」と結婚の意を伝えるが、ディナーラさんは「あなたは良い、素敵な人です。でも私は一度離婚しているので、考える時間を下さい」と返答した。だが英語の分からない小野さんは「小野さんと結婚したいと言ってますね、ありがとうございます」と喜んでいる。と、ここでも撮影スタッフが間に入る。「いや、小野さん、そうではないですね」と。

 後日、小野さんへ会を通して手紙が届いた。「会話も一緒に語り合う共有の話題がなかった。自分たちは違うということが分かった。大変残念ですが結婚しない方がよいということが結論です」という内容だった。だが、小野さんは落ち込まない。「見合いは諦めないです。どうしても結婚したいです」と落ち込んだ様子を一切見せずに語り、自慢の豪邸のベランダに腰をかける。「ウサギより亀ですから、最後には勝つんですからね、小野さん」と八嶋氏もナレーションが締めた。

 小野さんはいつもの『ザ・ノンフィクション』の被写体よりも圧倒的な存在感があった。それを八嶋氏のナレーションと現場のスタッフが調和をしようとしていたが、放送された映像には僕の頭をグラグラさせるような面白さに満ちていた。とりあえず僕は台所に残っている洗い物を片付け、洗濯物を畳むことにした。この衝撃を消化するにはそれしか思いつかなかった。

(文=松江哲明/映画監督)

まつえ・てつあき
1977年、東京生まれのドキュメンタリー監督。99年に在日コリアンである自身の家族を撮った『あんにょんキムチ』でデビュー。作品に『童貞。をプロデュース』(07年)、『あんにょん由美香』(09年)、『フラッシュバックメモリーズ3D』(13年)など。『ライブテープ』は東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門作品賞を受賞。

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