日本経済を復活させるための男女の多様な働き方

――現政権が「女性が輝く日本へ」といった成長戦略を掲げ、"イクメン"という言葉で男性の育児参加が話題になるなど、旧来の性別役割分業制に対する変革が叫ばれている。こうした動きが、少子化問題や低成長に悩む日本を改善する糸口になりうる。その意義について、東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長の渥美由喜氏と議論していく。

[今月のゲスト]
渥美由喜[東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長]

『イクメンで行こう!―育児も仕事も充実させる生き方』(日本経済新聞出版社)

神保 今回は少し長期的な話題として、「働き方」について考えたいと思います。ただし、ビジネス書にあふれる「これからの働き方」のようなものではなく、もう少し本質的なところで、家族のあり方や子育てと仕事での男女の参画なども含めた大きな括りで、ワークライフバランスについて考えていきたい。

 日本はOECD(経済協力開発機構)の中で、GDPに対する子育て支援のための政府支出が占める割合が最低水準です。教育や子育て支援の支出が極端に低い一方で、高齢者に対する年金や医療の補助が非常に手厚くて、政府の社会保障支出に極端な偏りがある。実はわれわれのライフスタイルが今のようなものになっているひとつの理由として、政府支出の偏りがあることはあまり指摘されていませんが、重要な論点だと思っています。

 つまり、結婚して子どもを作っても、公的な子育て支援が期待できないので、妻は専業主婦になるか、パート程度の仕事に甘んじざるを得ない場合が多い。その分、夫は稼がなければならないので、長時間労働が避けられなくなるという具合です。

宮台 基本的には、近代の民主主義を支えるために必要な支出をどれだけ社会が維持できるか、ということがとても大切な問題です。最近の政治哲学や政治学では、グローバル化による中間層の分解と共同体の空洞化を背景として、「感情の劣化」と「教養の劣化」が問題視されている。感情と教養が劣化した状態で、政治生活や家族生活に参加することになれば、政治生活ではポピュリズムの「感情の釣り」にやすやすと釣られ、家族生活ではDVやネグレクトが生じたりする。この流れを逆に向かわせるための方法を考えると、今回のゲストが書いておられるように、子育てを中心として地域にかかわることを通じて、自分に欠けているものを認識して自ら補っていかなければならないと考えています。

神保 ゲストをご紹介します。少子化対策や社会保障制度の問題がご専門で、『イクメンで行こう!』(日本経済出版社)などの著作がある東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長の渥美由喜さんです。渥美さんは今回で3回目の出演で、前回出演していただいたのは5年前、2009年10月の「子どもを産みたくなる国に変わるための処方箋」というテーマの回でした。当時は民主党への政権交代の直後で、この問題の改善に対する機運が高かった頃です。まず前回出演していただいてからの5年間はどんな5年間だったのでしょうか。

渥美 男性の育児参画という点では明らかに広がり、深まっていると感じています。私の最初の育休では、平日の昼間に赤ん坊を連れて町を歩いていると、珍獣を見るような目で見られました。しかし3年前に2度目の育休を取ったときには、私と似たような男性を多く見かけたんです。特に週末に出かけると、男性と子どもの組み合わせのほうが多いくらい。ブームとして広がっている側面はありますが、もうひとつ、東日本大震災によって状況が大きく変わったと考えています。最近はイクメンではなく「イキメン」という言葉があります。子育てをきっかけに地域にかかわり、地域社会に貢献していく男性のことです。その大きな変化はやはり、民主党政権時に「子育ては社会全体でするもの」と訴えたことによるところが大きいですね。

宮台 震災以降、大学で育休を取る男性教員の数が間違いなく増えました。震災の直接の影響として、実家への帰省の数が増えたこと、「絆が大事」という人が増えたことについてよく言われていますが、その延長線上で、地域活動や親同士としての人間関係の面白さに気付いた人はいるでしょう。

神保 安倍政権になり、特に2013年の前半はアベノミクスが耳目を集め、「デフレから脱却して新たな経済成長へ」の機運が高かったと思います。それは渥美さんが専門とするダイバーシティやワークライフバランスの分野にはどのように影響しましたか?

渥美 私が知る限り、この20年の中で最も強い追い風が吹いています。これまでの育児支援や女性施策などは社会政策として行われていたため、イデオロギー的に反発する人たちも多かったのですが、今は産業政策として推し進められているのが大きい。経済界も人口減社会の中、男性や健常者だけで人員を揃えることはできない状況であることをよくわかっていますから、ダイバーシティ――多様な人たちが活躍できる職場に向けて大きく変化していく兆しがあります。

神保 ちなみに「ダイバーシティ」の意味は「多様性」ですが、日本ではどんなところまで含めてダイバーシティと考えられていますか?

渥美 女性、外国人、高齢者、障害者、非正規らの雇用がダイバーシティの5本柱と言われています。その多様性、それぞれの違いを活かして相乗効果をもたらそう、と考えることがダイバーシティです。そもそも社会全体に多様性がありますから、多様な人々に届く商品、サービスを提供することによってさらに成長する、すなわち多様性がイノベーションを生み出す、という考え方です。

神保 データ面でもダイバーシティが進んでいることは裏付けられていますか?

渥美 4000社の財務分析をしました。経営状況が悪かった過去5年、一般企業は経常損益を3割落としていますが、ダイバーシティに取り組んでいる企業は1割伸ばしています。一方、やっていない企業では「そもそも女性が活躍しにくい業界だから、わが社には無理だ」というような思考停止が多く見られる。しかし国のトップが「女性役員一人以上を期待する」というような発言をすると、企業もついてきて、今までやっていなかった企業が取り組み始めるなどの底上げが図れます。

神保 一種のCSR(Corporate Social Res ponsibility:企業の社会的責任)やSRI(Socially Responsible Investment:社会的責任投資)のような要素があるということですね。逆に、それを妨げているものはなんですか?

渥美 職場での長時間労働が諸悪の根源です。日本は「現場のマネジメントは、長くやればやるほど成果が上がる」という、かつての成功体験をいまだに捨て切れていません。その幻想にしがみついているから、ワーキングマザー、イクメンなどのように「限られた中で成果を出し、そのほかに自分のやりたいことがある」という社員が、肩身の狭い思いをさせられたり、潰されてしまったりという状況があるのです。

神保 長時間労働は会社が要求しているのですか? それとも社員が自主的に働いてしまうのですか?

渥美 両方でしょうね。社員も会社が期待していると考えるので、本当は育児休暇を取りたくても自粛してしまう、という構図です。取れるのであれば育児休暇を取りたいと考える男性は、厚生労働省のデータで3割、民間の調査で6~7割です。しかし実際の取得者は2%。育児休暇に関してはその大きなギャップが問題です。

宮台 悪循環になっています。それが当たり前、という自明性の空間がそこにできてしまっていることがまずひとつ。それから、専業主婦の時代はとうに終わっているはずなのに、若いカップルなどを見ていると、男の子が料理をはじめ自分の身の周りのことを自分でやれるように教育されていない。また少子化などの影響もあり、子どもの世話をするということが僕らの世代に比べるとまれになっています。育児的な社会参加に必要なスキルが、大人になった段階で十分に育っていないので、彼らにとって育児のハードルが高いような気がします。

渥美 日本では、高度経済成長期と専業主婦が最も多かった時代が重なっています。そこで強烈な成功体験を社会全体が得てしまったのでしょう。第二次大戦後、一時期にせよ女性の社会進出が下がったのは日本だけです。そこで現在の制度ができてしまいました。その後、一気に女性の社会進出の時代になりますが、それに制度の改正がついていかなかった。ようやく気づいた雇用機会均等法以降は、バブルがはじけて経済的に落ち込み始め、社会的に余裕がなくなり、制度対応が遅れました。この10年はかなり進みましたが、欧米に比べて制度改正が20~30年遅れています。

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