小川彌生の愛と苦悩が入り乱れるスケートマンガ『キス&ネバークライ』

――ドラマ化・映画化もされたマンガ『きみはペット』の作者・小川彌生氏は、『キス&ネバークライ』『銀盤騎士』という知る人ぞ知るフィギュアスケートマンガの名手でもある。自身でも“スケヲタ”を自称する同氏に、少女マンガの世界とフィギュアの親和性、そしていささかフェティッシュな競技への思い入れを聞いた。

(c)小川彌生/講談社
『キス&ネバークライ』(講談社)全11巻
「Kiss」にて06年から11年まで連載されていたアイスダンスを題材にした作品。シングルスケーターの主人公・黒城みちるは怪我をきっかけにアイスダンスに転身。そこでパートナーとなった四方田晶と、幼なじみでコレオグラファーの春名礼音との三角関係を軸に、みちるの過去のトラウマや、競技者としての葛藤などが描かれており、華やかなだけではないスケートの世界の裏側が垣間見れる。

──少女マンガ読みの間では“スケヲタ”でも知られる小川さんですが、ハマるきっかけになった演技などはありますか?

小川 仕事として描く前で印象的だったのは、アルベールビル五輪(92年)のアイスダンス【1】で、クリモワ&ポノマレンコ組【2】の『G線上のアリア』ですね。90年代に活躍していたフランスのフィリップ・キャンデロロ選手【3】も好きでした。映画『ゴッドファーザー』とか、『三銃士』とかちょっとコスプレ的なキャラクターを演じていて、そういうのってオタク的にハマリますよね(笑)。当時は今ほど簡単にインターネットで情報が検索できなかったんですが、がんばって集めた写真を切り抜いてデスクに貼ったりして。とはいえ『キス&ネバークライ』(以下、『キスネバ』)を描こうと思った時は、まだテレビで観戦する程度でした。

──『キスネバ』で、アイスダンスを題材に選んだのはどうしてですか?

小川 単純に好きだったんです。当時のアイスダンスはほかの種目に比べて特に美男美女が多かったから、イケメンばかり登場しても嘘くさくないかなと。それと、カップル競技ですよね。実際に恋人同士や夫婦で組んでいるカップルも多いですが、そうじゃない選手もいて、彼らの関係に興味がありました。もともとマンガを描く上でも、恋愛関係とは違う、人と人との結びつきに興味があって、この作品に限らず一貫してそのテーマがあるんです。描きたいことと条件が合ったのがアイスダンスでした。『キスネバ』は恋愛的な三角関係だけでとらえると、みちると幼なじみでコレオグラファーの礼音が初恋を実らせる物語で、競技上のパートナーである晶【4】はただの当て馬に見えてしまうかもしれないですが、私としては3人が主役だと思っています。

──『キスネバ』の、コミックスのあとがきでは、フィギュアスケートを描く苦労も書かれていましたが、それでも続けるモチベーションは何だったんでしょう?

小川 悔しさだと思います。あまりにも力が足りなくて準備不足で、描けなくて。なめてたんだなって自分で思いました。つらすぎて、逆にこのままじゃやめられないと。でも、やってもやっても上手く描けない。

──上手く描けないというのは……?

小川 実際の演技を再現できないというのもあるんですが、描いても描いてもルールとかを間違えるんですよ。ジャッジセミナーに参加したり、ISU(国際スケート連盟)の教則ビデオを見たり、取材を続けるうちに、だんだん自分で間違いに気づくようになってきて。恥ずかしいと同時に悔しくて、重版がかかる時に直させて頂いたりもして、なんとか続けたという感じです。

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