――今年の10月末頃、阪急阪神ホテルズが自社のホテル内レストランのメニューにおいて"誤表記"があったと発表した。これを受けて、全国各地の飲食店などで同様のケースが次々と公表された。かねてより問題となっていた食品偽装と、今回の偽装表示の問題を比較しつつ、消費者が知っておくべき「食の安全」について、議論していく。
[今月のゲスト]
中村啓一[「食の安全・安心財団」事務局長]
『食品偽装との闘い ミスターJAS10年の告白』(文芸社)
神保 今回は食品表示問題を取り上げます。巷では相次ぐメニューの偽装表示が話題になっていますが、宮台さんは一連の事件をどう見ていますか。
宮台 中立的に言うと、僕たちが生まれ育った昭和30年代や40年代にはあり得なかったことです。個人的に言うと、食品添加物の表示偽装と違い、どうでもいいと感じます。豊かさがもたらしたグルメブームを背景に、食材の産地を中心に、昔は注目しなかった情報に人々が注目するようになった結果です。もちろん嘘はいけませんが、「我々も随分細かいことを言うようになったものだ」と溜息が出ます。
神保 メニューについては、使われている食材がちょっと違っていたということで、ホテルチェーンやレストランなどが厳しい批判にさらされています。しかし、その一方で、健康にも影響を与える可能性のある食品添加物の表示については、ほとんど問題になっていません。今日、たまたまコンビニのサラダを食べたのですが、きざんで数時間も経てば黒ずむはずのキャベツが、数日経ってもきれいなままの状態でした。これは、あらかじめ次亜塩素酸ソーダに漬けて漂白しているからだと思いますが、もちろんパッケージには次亜塩素酸ソーダの文字はありません。そのことは気にならず、「霧島ポークがほかの豚肉だった」ことは絶対に許せないという感覚は、ややバランスを欠いているような気もします。
宮台 まさにそこです。僕には過剰反応に思えます。
神保 また、今回の「メニュー偽装」よりも大きな問題として、「食品偽装」があります。6月に食品表示法が改正され、2年以内に施行されることが決まっているので、今回は食品表示の問題もきちんと整理しておきたいと思います。
ゲストは公益財団法人食の安全・安心財団の事務局長で、かつて農水省の行政監視官、いわゆる「食品表示Gメン」をされていた中村啓一さんです。さっそくですが、いわゆる食品表示問題ではなく、最近話題になっているホテルなどでのメニューの偽装表示の問題について、どのように思われますか?
中村 メニューの問題が世の中では「表示偽装」と言われていますが、加工食品の表示偽装とは違う問題です。そもそもなぜ加工食品に表示が必要になったかと考えると、消費者と生産者が遠くなり、売り場に会話がなくなったから。昔は消費者が売り場でコミュニケーションを取り、いろいろな情報を仕入れることができましたが、今は無言で買い物ができるので、消費者が情報を集めるにはパッケージしかない。その状況で加工食品の表示がバラバラでは困るので、画一的な表示の制度を作ったのです。
外食がその対象ではないのは、外食は加工の現場、すなわち調理場がお店にあるからです。消費者と接点のある場でものが作られていて、その個性を消費者が選んでお店に入る。ですから、加工食品と同じような統一的な表示規制は外食にはいらない、ということになっています。例えば、私がよく行く定食屋では、お昼のメニューに「今日の焼き魚」としか書いてありません。けれど、「おばさん今日は何?」「サンマよ」という会話があればそれでいい。ですから「表示」という一面的な見方で、外食のメニューを語るべきではないと考えています。
神保 今のところもっぱら、メニューに記載されていた内容が、消費者が思っていたものと違ったことが問題になっているようですが、法的にはフレッシュジュースの「フレッシュ」の定義や、一度冷凍したものを「鮮魚」と呼ぶかどうかなど、もともと食品表示法では定義されていないことが問題になっているという印象を受けています。
中村 スーパーの鮮魚売り場では解凍のものも売っており、そこでは表示が必要です。しかし、盛り合わせの場合は必要ない。ホテルが「誤表示」と公表したために、「鮮魚」という表示に関しても偽装だと盛り上がっていますが、落ち着いて考えてみると、盛り合わせの中の解凍したマグロについて「鮮魚ではない、けしからん!」となるでしょうか。今回は明らかに問題のある行為とそうでないものが混ざって表に出て、混乱を呼んでいる。多くのメニュー表示問題は、「偽装」というには少し稚拙です。
神保 過去に食品偽装問題が相次いで起きていたために、社会全体が食品表示全般に不信感を抱いていたところに、今回のメニュー偽装が発覚して、やや過剰とも思える反応をしてしまったということでしょうか。
中村 表示制度はなかなか複雑です。今回も公表するときに専門家のチェックを受けて、背景を調べてから公表するべきでした。例えば「信州蕎麦」が長野県産でなかった、という問題ですが、蕎麦粉が長野県産でなかったことが問題であるならば、ほとんどの蕎麦は「信州蕎麦」ではなくなってしまう。今の制度では、長野県で製麺すれば「信州蕎麦」と呼べます。そのように、何を持って自ら「誤表示です」と言ったのか、よく伝わってきません。
食品偽装事件によって変化した農林水産省と報道メディアの関係
神保 最近の食品偽装事件を振り返ると、2002年に雪印食品の牛肉産地偽装と全農チキンフーズの鶏肉産地偽装が起きたのを皮切りに、少し間をあけて07年に不二家の賞味期限偽装、ミートホープの牛ミンチ偽装事件、「白い恋人」の賞味期限違反、赤福の製造日・賞味期限表示違反、船場吉兆の賞味期限・産地偽装事件と、食品偽装事件が一気に吹き出しました。08年にも、鰻蒲焼き産地偽装、飛騨牛偽装、事故米不正流出事件などが続いて起きています。
中村 一連の食品偽装事件ですが、原点は雪印食品にあったと考えます。政府の買い上げ牛肉が偽装され、BSEが発生したことで問題が発覚しました。スタートは国産牛肉を隔離する方針のもと、政府が国産牛肉を買い上げて焼却処分をする際、政府の保証を受けるために、同社が団体を通じて輸入牛肉を混ぜ込んだことにあった。つまり、これは「国が騙された」ということです。その後、同社が北海道産牛肉を九州産として売っていたことが発覚。BSEが最初に発見されたのが北海道だったので、風評被害を避けて在庫を売りさばくためです。今度は「国民が騙され」ました。
私はこの事件の担当者で、JAS法には「立ち入り検査ができる」という条文があることを知っていました。ただ、JAS法の検査は、「JAS規格が満たされているか」という技術的な検査が主だったため、表示の不正を摘発するための調査を想定していなかったのです。そのときに雪印食品へ立ち入り検査に行きましたが、ノウハウがなく、まったく初めての経験でした。
神保 当時はトレーサビリティ制度も整備されていないのに、日付けの偽装などはどうやって調べたのですか?
中村 調べるのは、「情報の流れ」「モノの流れ」「金の流れ」です。偽装があればどこかで辻褄が合わなくなります。
神保 結果的として雪印食品の事件では、中村さんの所属されていた近畿農政局が雪印食品を告発していますね。
中村 この一連の事件がターニングポイントになったという理由は、私たち行政側がそれまで、「意図的に表示を偽装する」という世界があることをまったく想定していなかったからです。調査時に担当者が「こんなことはどこでもやっている」と言っていました。上場会社が組織的に、意図的に、システム的に、計画的に偽装をしている、ということを想像もしていなかったのです。
神保 確かに、それまでは誰も偽装などしていなかったのに、この時期からみんな急にやり始めたとは考えられません。だとすると、それまで食品表示をさほど気にしていなかった消費者が、急に表示問題にうるさくなったということなのでしょうか?
宮台 BSEの影響は大きかったでしょうね。それまでは食品添加物については気にしていても、原産地が本当かどうかを気にするという習慣はあまりなかったように思います。
中村 そこにはメディアが大きく関与しています。BSEが発生した当時は、あまり世の中の関心は高くありませんでした。当時の世の中の関心は、9・11の同時多発テロ一色だったからです。それが一気に火を噴いたのは、あるテレビの番組で、牛がヨタヨタと倒れたり、新型ヤコブ病に感染した若い男女の悲惨なありさまの映像が流れたことがきっかけでした。その番組が放送された翌朝から、「うちの犬が腰を抜かした。狂牛病ではないか?」「冷蔵庫の牛肉を食べていいか?」などという問い合わせが相次ぎ、店頭からは一切の牛肉が姿を消しました。このパニック状態が、食品表示への不安につながったのだと考えています。
神保 問題を摘発する側におられた中村さんの立場から、メディアとのことで苦い思いをされたことはありますか?
中村 仕事上メディアとお付き合いせざるをえませんでしたが、途中までは極力メディアを避けるようにしていました。言い過ぎると書かれる、という自己防衛的な対応です。ただ、2007年のミートホープ事件でメディアから叩かれて、まったく考え方を変えました。
神保 ミートホープ事件は、加ト吉と生協が、ミートホープから肉を卸して製造・販売していた「牛肉コロッケ」の挽肉に豚肉が混ざっていたという事件ですね。なぜ中村さんがメディアに叩かれたのですか?
中村 報道されたストーリーでは、ある告発者が農政事務所に情報を持ち込んだが相手にされず放置され、1年後に発覚した、ということになっていました。それから、私は「告発の情報を北海道庁に伝えた」と言ったけれど、道庁が「受け取っていない」としたことで、事件として面白くなったのでしょう。
実際は、告発者が農政事務所に持ち込んだという時期以前から、ミートホープに対して農政事務所は動いていました。当時はJAS法の下、企業対企業の取引ではなく、消費者に対する表示違反を見つけないと手を出せません。ですからミートホープ本体より、ミートホープから仕入れているであろう小売店の肉などを調べていたのです。ところが証拠は見つからず、調査は途中で打ち切りに。その後、新聞に掲載されることとなる「牛肉コロッケ」という情報がそのときにあれば、調べていたでしょうね。
神保 これを機にメディアへの姿勢が変わった、というのはどういうことですか?
中村 捜査権もない行政職員が摘発するというのは、どういうことか。その結果、会社は倒産し、従業員は路頭に迷うなど、非常に重大な結果を相手に及ぼすかもしれない。自分を含めた現場の職員には、そうした行為を一体どこまでやったらよいのだろうか、という迷いが共通意識としてあったのです。特にわれわれ団塊の世代には「権力はなるべく抑制的であるべき」という世代的な思いがあります。それがミートホープで世間から徹底して叩かれたことで、ある意味で吹っ切れました。やらなければ行政として「不作為」と見なされるのだ、と全国の職員にも伝わって引き締まったのです。
また、一般に「われわれの仕事は理解されていない」ということがわかったので、それ以降はアポなしの取材も受け、記者に携帯の番号も教えて「何かあったらいつでも電話してください」という姿勢に切り換えました。