年収6000万円の産婦人科医も? 高収入も意味がない過酷な労働環境

――2004年に起きた「福島県立大野病院産科医逮捕事件」以降、医療業界で最も人手不足が叫ばれているのが、産婦人科界だ。しかし、出産に限らず、昨今需要が高まっている不妊症治療など、ほかの科に比べて自由診療が多い同科では、高収入が得られ、ビジネス的にはおいしいようにも思える。果たして、その医療現場の現状とは──?

『踊る産科女医』(小学館)

「産科医療補償制度」、またの名を「“無過失補償”制度」をご存じだろうか? 今年6月、分娩機関(分娩を取り扱う病院、診療所、助産所)と妊産婦が共同で、同制度の運営組織である日本医療機能評価機構に対し、多額の余剰金が出ているとして、掛金の一部返還を求めて裁判を起こしたことから、注目を集めた制度だ。

 これは、同制度に加入している分娩機関で生まれた赤ちゃんが、分娩に関連して重度の脳性麻痺となった場合、その赤ちゃんおよび家族に対し、経済的負担を補償する、というものである。そのために、担当する分娩機関が、1分娩当たり3万円程度の掛金を支払わなければならず、その費用は妊婦の出産費用に上乗せされている。

 当然、正常分娩で無事に出産を終えた場合、この掛金は掛け捨てだ。結果、2012年9月末時点で、年315億2500万円の収入保険料から、補償金、事務経費などを除いた「支払備金」(余剰金)が212億4900万円にも上ることが発覚したのだ。さすがに、年200億円以上の余剰金が出るのは明らかにおかしいと、先の裁判が行われたのである。

 しかし、そもそもこの「無過失補償制度」は、ある事件をきっかけに生まれた、産婦人科界の・免罪符・になるはずのものだった。そのある事件とは、04年12月に起きた「福島県立大野病院産科医逮捕事件」である。

 当時、同病院で常勤していた産婦人科医はひとりだけだった。前置胎盤であることが事前の検査で発覚していた妊婦・Aさんに対し、その担当医は大学病院での分娩を奨めたが、Aさん本人が「交通費がかかる」との理由でそれを拒否。さらには、最悪の場合、子宮を摘出することになると説明すると、「絶対に子宮は取らないでください」と伝えていたという。結果、帝王切開手術によって赤ちゃんは正常に取り上げられたものの、出血が止まらず、Aさんは死亡した。

 これに憤慨した遺族が、「ミスが起きたのは医師の責任だ」と訴えたところ、医師賠償責任保険で保険会社から遺族への補償支払をスムーズにしようと、福島県の医療事故調査委員会が“医療側に過失あり”と報告。これをきっかけにマスコミが「医療ミス」と大きく報じ、06年2月、執刀医は業務上過失致死などの疑いで逮捕され、翌月に起訴された。しかし、08年8月、福島地方裁判所は、被告人の医師を無罪とする判決を言い渡している。

「大野病院の例は、臨床の現場医師としての立場から言えば、明らかに執刀医の過失ではありません。産科医は、異常分娩に当たった場合、ひとりではほとんど何もできないのです。そのため、通常は大学病院など、大きな病院への転院を奨めます。大野病院の先生だって、当然、そうしました。しかし、Aさんご本人が高リスクを承知で、同院での出産を望まれた。私も以前、Aさんと同じような前置胎盤の妊婦の出産を担当しましたが、その際には、5人の産婦人科医師のほかに、研修医なども総動員。2万ml、およそ100人分という大量の輸血を要し、なんとか救命しましたが、これは幸運が重なっただけです。確かに、Aさんも助かったかもしれない。しかし、それは大きい病院に転院してくれていればの話。大野病院では、できる限りの、最善を尽くしたと思います」(某公的大病院の勤務医・B氏)

 それにもかかわらず、大野病院の執刀医は、マスコミのカメラが回る前で逮捕されるなど、完全な“殺人犯”扱いを受けた。そして、このセンセーショナルな事件によって、産婦人科医を目指す医師が激減したという。

「もともと、産婦人科医の先生、特に産科の先生においては、365日24時間稼働と言っても過言ではない労働環境にあります。陣痛が始まったら、放っておくわけにはいかないですから。そんな過酷な状況にある中、大野病院事件が起きた。同事件に限らず、脳性麻痺の赤ちゃんの出産時など、訴訟リスクが高かった産婦人科界では、これを機に、訴訟数が何倍にも膨れ上がったのです。そのため、それまで産婦人科医として勤めていた先生たち中からも、専門を変える人が続出しました。結果、人員不足という、さらなる問題を抱えることになってしまった」(医療コンサルタント・椎原正氏)

 こうした背景をもとに、「産婦人科医たちを守ろう」と08年に制定されたのが、先述の「無過失補償制度」である。最も訴訟リスクが高く、かつ医師による過失・無過失の判断が難しいと言われる脳性麻痺の新生児の出産に対し、過失の有無にかかわらず、訴訟を起こさないことを条件に出産後直ちに補償をする、という保険制度なのだ。

「脳性麻痺の赤ちゃんが生まれてくることは、その大部分は医師の“過失”ではないのです。そのため、制度の方針自体は、間違っていないと思います」(B氏)

 しかし一方で、この制度自体に疑問を抱く医師も少なくない。

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