『進撃の巨人』──圧倒的な破壊のファンタジーから人間ドラマへ、人気作はなぜジャンルを跳躍したのか

批評家・宇野常寛が主宰するインディーズ・カルチャー誌「PLANETS」とサイゾーによる、カルチャー批評対談──。

宇野常寛[批評家]×金田淳子[社会学者]

 09年の連載開始以来、高い人気を誇るマンガ『進撃の巨人』。4月からはテレビアニメも放映され、その人気は加速し、単行本は累計2000万部を突破した。ネタバレ全開で、この作品の不思議な吸引力を読み解いてみたい──。

1巻で人類滅亡という惨劇の幕を開けた超大型巨人。その驚くべき正体が10巻では明かされる。(『進撃の巨人』1巻より)

宇野 『進撃の巨人』を最初に読んだ時、まず印象的だったのは絵の下手さですよね(笑)。でも、その一方で僕の特撮ファンの心をゆさぶるものがあった。例えば戦後の怪獣映画は戦争映画の代用品として発達してきたわけで、怪獣は国民国家の暴力の比喩から生まれ、徐々に変化していった。それは同時に、僕たちがだんだんと個人の力では抗うことのできない巨大な暴力を想定するときに戦争、特に第二次世界大戦の記憶が結びつかなくなっていく過程での変化でもあったはずです。僕がこの作品を最初に読んだときに感じたのは、現代において「巨大なもの」を想定することの難しさなんですよね。その正体はわからないけれど、巨大な力は確実に存在する。そんな確信と不安が僕のファーストインプレッションです。

金田 私は、プラネッツでおなじみの横井周子さんに薦められて、少しめくっただけで面白いとわかりました。何しろビジュアルが新しいですからね。巨人がいて、大きいだけで特別な攻撃力があるわけでもないのに、非常に怖い。確かに絵がうまくはないんですが、下手さが逆にいい味を出してます。素人がリアリズムを目指して描いた絵みたいな巨人がとにかくいい味で、身体が歪だったり歯がいっぱいあったりするのは新鮮でした。

宇野 あの絵だからこその生々しさが醸し出す怖さですよね。僕は連載初期の巨人の、個々人のキャラが全く立っていないところが逆に怖かった記憶があります。

金田 今となっては超大型巨人、鎧の巨人【1】などのキャラが立ってきましたが、序盤は小さめの巨人は皆モブキャラって感じでしたね。私は序盤に出てくる巨人たちが大好きなんです。諌山創さんもいろいろ造形を悩まれたようですが【2】、巨人を人間に似せたことで怖さと同時に、不思議な愛嬌が出てますね。

 絵が下手だという話ばかりしていると諌山さんに失礼なんですが、そもそもコマ割からしておかしいですよね。諌山さんには、「週刊少年ジャンプ」に持ち込みをして断られたという有名なエピソード【3】があります。確かに「ジャンプ」作品に比べると、非常にバランスが悪いんですよ。絵柄も表現もそうだし、伏線の張り方もおかしい。ライナーやベルトルト【4】がそこまで重要なキャラクターになるなら、「ジャンプ」だったら初めから目立つように描くと思う。9巻になって「壁」のヒミツを握る重要人物として突然浮上したクリスタ【5】なんて、私は存在をすっかり忘れてました(笑)。「装苑」で諌山さんと対談した福田里香さんもおっしゃってますが、編集側の英断だと思うのは、原稿を粗削りのまま掲載してしまっているところです。ウェルメイドなマンガで、文法のように決まってしまっている配慮が感じられないんですよね。だから変な作品だと思った。でもそこが魅力だし、個人的にはこれ以上絵も上手くなってほしくない(笑)。諌山さんは止まって見える絵が嫌いで時間の流れを表現するために自分がペンを早く動かしているらしいです【6】。そういう、作者自身が世界にのめり込んでいるところが、作品全体の勢いを加速しているのかな、と。

宇野 ある種の稚拙さみたいなものが、この作品の魅力なのは間違いない。先ほども言いましたが、作者が描こうとしているものって、おそらくまだはっきりとイメージ化できないけれど、うすうす誰もが感じている恐怖みたいなものだと思うんです。昔の『ゴジラ』など日本における怪獣映画は、国民国家の比喩だった。戦争のトラウマをイメージ化し、サブカルチャーに洗練されていく流れの中で、怪獣映画が発達していったんですね。作品の背景には、戦争という国民国家同士の争いや、第二次世界大戦の空襲、冷戦下における核兵器のイメージなどが明確にあった。しかし、現在は世界を支配している巨大な力は確かに存在しているんだけど、それがなかなか見えづらい。おそらく、作者自身に「それをどうイメージしていいのかわからない」という手探り感があるのではないか。そういった不安が不安定な作画や構成とシンクロし、作品独特の世界観を形成している。

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