【上祐史浩】『多崎つくる』は仏教のありふれたパロディ ”透明”という色が”最強”な時代とは?

識者が語る「多崎つくる」【1】

上祐史浩(じょうゆう・ふみひろ)
1962年、福岡県生まれ。元「オウム真理教」外報部長。一連のオウム真理教事件では国土法違反などで逮捕され、99年に出所。02年より「アレフ」の代表に就任するも、脱退。現在はオウムの教義を排除したとする「ひかりの輪」の代表を務める。

 今作の最終章にて、“地下鉄サリン事件の悪夢”を主人公つくるが回想する。『アンダーグラウンド』や『約束された場所で─underground 2』という、オウム事件についてのノンフィクションを手がけた村上氏にとって、ある種特別な存在となっているオウム真理教(現・アレフ)。その元幹部であり、現・ひかりの輪代表の上祐史浩氏に、今作を読み進めてもらった。

──上祐さんにとって村上春樹作品というと、やはり1995年にオウム真理教が起こした地下鉄サリン事件の被害者の声を集めた『アンダーグラウンド』や、その後、元信者へのインタビューを中心にまとめられた『約束された場所で』が印象的ですか?

上祐 その通りです。特に『アンダーグラウンド』は、被害を受けた人たちの気持ちを知るための貴重な資料として読みました。同書は、著者が村上春樹氏だからどうといった視点を含めて読めるほどの余裕はなかった、私にとっては非常に重い作品です。

──村上春樹が書くことに意味があったわけではない。

上祐 同書のおかげで、私は被害者の方々が被害者であることを隠していること、それだけ周囲からの目があったということを知ることができました。テレビに映された被害者というのは、表に出て教団に賠償ないし解散を求める方々ですが、『アンダーグラウンド』の中には、自分が被害者であることをひた隠しにして生きている人の声が収められていた。そして、その被害者の方々が負った後遺症に対しての、差別があることも知りました。

──今回の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』では、最終章で主人公のつくるが、その地下鉄サリン事件を“実際に起きた悪夢”として回想するシーンがありました。ある種、村上氏にとっては、『アンダーグラウンド』以降、『1Q84』に続いて“宗教”に対する思想も込められていた作品のように思うのですが。

上祐 『アンダーグラウンド』『約束された場所で』を書いたからこそ、『1Q84』を経て今回の『多崎つくる』を書くに至ったことは確かだと思います。前作の『1Q84』では、村上さんは、オウムをはじめ、エホバの証人やヤマギシ会といった現代の新興宗教をモチーフにしていました。対して今作には、肉体を超越する意識やオーラ、夢、悪霊まで、至るところにスピリチュアル的モチーフがちりばめられている。しかもそのどれもが、「そういったことはまったくのまやかしだ」という否定的なニュアンスではなく、中立的なスタンスで描かれています。宗教に対しても、決して否定的な態度は取っていない。それは、村上さんが、被害者の声だけでなく、信者の声も聞いてきた体験を背景に、世の中のスピリチュアル的なものへの関心をくみ取った結果だと感じました。

──現代の人々はみな、スピリチュアルへの関心を持っていると?

上祐 今は数十年前に比べると、スピリチュアルブームは相当に広がっていますからね。受け入れていないにしても、スピリチュアル世界の“謎”を解明したいという好奇心を、彼の作品を通して解消しているのかもしれません。

 今作のつくるくんという主人公は、客観的に見ると、ある日突然“言われなき被害者”になるわけですよね? 日本社会にとってサリン事件が、まさしく“言われなき被害”だったように。ある日突然起きて、大きな傷を与える。なぜ起こったのかわからない。その謎を探求していくつくるくんと、サリン事件を探求していった村上さん。ここにも共通点があるように感じました。

今すぐ会員登録はこちらから

人気記事ランキング

2024.11.22 UP DATE

無料記事

もっと読む