──ヤクザが乗る車といえば、ベンツやBMWといった高級車を思い浮かべる向きが多いだろう。だが、現在ではそうした流行にも変化が訪れており、レクサスやミニバンといった国産車に注目が集まっているという。
『最新ミニバンのすべて』(三栄書房)
ヤクザには派手好きで見栄っ張りが非常に多い。髪形、ファッション、身に着ける時計などの貴金属類、人の目に触れる物や場所には異常なまでに力を入れ、自分を飾り立てて存在を大きく誇示しようとする。身に着ける物以外でも、飼っているペットや、さらには連れている女性さえも見栄を張るための道具でしかないと断言するヤクザもいるのだ。
そうした見栄っ張りアイテムの中で、もっとも費用対効果を発揮するとヤクザ界隈で認識されているのが“車”である。宝石や貴金属に比べて価格が明確であり、ブランド品のようにコピーなどのニセモノもあり得ない。それゆえ確実に金が掛かっていることを見る者にアピールできるからだ。
「ヤクザにとって、車は大事な商売道具。カタギ衆でも、乗ってる車で人間性を判断することはあるだろう。パーキングエリアで待ち合わせたときに、カローラで来るのとベンツで来るのとではその人に対する印象はずいぶんと違うはずだ。ヤクザはそういう第一印象のインパクトを一番気にするし、そこで負けたくない気持ちが人一倍に強い。だから会ったことのないヤクザと初めて会う際、知り合いに借りてでも高級車で向かう。もちろん相手だってそうやって構えてくるから、余計に気は抜けない」(広域組織三次団体組員)
新車に乗れる器量があればなんら問題はないのだが、中には見栄を張りたいが、できれば出費を抑えたいというヤクザもいる。そういう彼らにとって、中古の高級外車は注目の的となる。
「少々年式が古くても、ベンツやBMWなど一目で高級車だとわかるのであれば、それで十分」(同)なのだ。
このような見た目重視のヤクザは想像以上に多く、外観には湯水のように金を注ぎ込んでも、内装や足回りはノーマルのままであるケースがほとんどだという。
「車が好きなら大金を掛けて性能をアップさせるかもしれないけど、そういうヤクザは少ないよ。エンジンやマフラー、サスペンションを換えても、誰も気づかないからね。そんな所に金を使う気にはなれない。見えない部品に金を注ぎ込むくらいなら、その分、目立つ箇所に高額のホイールやエアロパーツを使うんだよ」(千葉県内の老舗団体傘下組織の構成員)
同じように車に何百万円もの大金を掛けて、高速道路や峠を攻める走り屋たちとも、ヤクザは一線を画す。彼らは元来、ほかの人間より早く走りたいとはさらさら思っていない。あくまでも車は移動手段のひとつでしかないから、乗り心地の良さなどはある程度追求しても、速さにはほぼ関心がないのだ。街中で急ぐのであれば、速度を極めるのではなく、信号を無視した方が明らかに速いことを経験から知っているのである。
ほかに車に金を掛けるとしたら保険を思い浮かべる人も多いだろうが、ヤクザには車に乗るなら自賠責保険に入ったほうが安心といった考えは毛頭ない。その昔、車の事故をネタにして、相手から示談金を巻き上げるのが、ヤクザのシノギの定番だった時代もあったくらいだから、ケガをしない程度の事故に遭うことなど平気なのである。
ヤクザの目標でもあるベンツ人気は定番化
さて、そんなヤクザが好む車にも、変化が訪れているという。少し前まではヤクザが乗る車は高級外車がほとんどで、なかでもとりわけベンツの人気は群を抜いて高かった。
「バブル景気ぐらいからヤクザたちも金回りが良くなり、競うように数百万円もするような高級車に乗り始めるんだけど、ほとんどベンツだったね。10年くらい前までは大げさじゃなくて、ベンツのオーナーの3割くらいはヤクザだと思ってたよ(笑)。今じゃ信じられないだろうけど、親分だけじゃなく、幹部全員がベンツという組織もあった。修業中に親分のベンツを洗車したときなんかは、早くオレも乗れるようになりたいと思ったもんだよ。ベンツがヤクザにとってのひとつの目標みたいになってた時期が、確かにあったんだ」(東海地方にある博徒系組織幹部)
ところがいつからか、「AMG」や「ロリンザー」といったヤクザ風のスタイリングを施したベンツを乗り回すカタギが増えてきた。水商売系、特にホストに人気があったという。彼らは商売柄、ヤクザたちとの付き合いもあって、同じく見栄を張ることが仕事のひとつゆえ、車の趣味も似ていたのかもしれない。また、ヤクザが乗りそうな車だったら周りが避けてくれるので運転が楽だという理由もあったようだ。
とにかく周りがベンツだらけになってしまい、さらにはチャラチャラしたカタギまでが乗るようになると、紛らわしく目立たないからと、ほかの車を物色するヤクザが出始めるようになった。そして、その需要にうまくハマった車がセルシオであり、現在のレクサスであった。
「最初は『ヤクザなんだから、センチュリー以外の国産車には乗りたくない』と誰もが思ってたよ。国産車に乗るくらいならタクシーのほうがマシだと、オレだって考えてた。でも一度でも乗れば、セルシオは外観だって悪くないし、いい車だってことはすぐにわかった。どこがいいかって聞かれたら、とにかくまったく壊れないところだよね。これは本当に助かる。外車はすぐに故障するんだよ。以前に親分が乗ってた外車は、冗談じゃなくて一年の半分は修理に出してたから(苦笑)。そういう煩わしさから解放されただけでもありがたいよ。それにオレたちは維持やメンテナンスなんてまったく無視だから、万全のアフターケアも心強かった」(前出の幹部)
これまで日本車の良さは壊れにくさと運転のしやすさで、海外のユーザーから絶賛されているが、それはヤクザにとっても同様であったようだ。
そしてもうひとつ称賛されたのが、その価格であった。もちろん国産とはいえレクサスは高級車だから決して安くはないのだが、外車1台分の金額で国産車2台が買えるのであれば、この不況の最中、どちらを選択するかは考えるまでもないだろう。
「ベンツが流行する前にはキャデラックやリンカーンといったゴツいアメ車も人気だったけど、そこまで人気は続かなかった。燃費が異常に悪いことでガソリン代がかさんだことが要因のひとつだけど、デカ過ぎる車体も狭い日本の道には向いていなかったんだ」(同)
そういった面からも、レクサスは瞬く間にヤクザ社会を席巻。ベンツが消滅することはなかったが、目に見えて減少した。
こうしたなか、しばらくはセルシオ、レクサスの天下が続いていたが、ここ数年は、またも新たな勢力がヤクザ社会に台頭してきた。それはステップワゴンやエルグランドといったミニバン、ワゴン勢である。
「ウチも3年前くらいから、親分の送り迎えにはミニバンを使うようになった。親分は高齢で足腰が悪いから、ドアの開閉も自動で天井も高いミニバンは、乗り降りが楽だから喜んでくれる。人もたくさん乗せられるし、荷物も積めるから、便利なことは間違いない。それでも少し前まで、義理事とかに行くときだけは人目もあるからとセンチュリーを使ってた。でも本家の親分がミニバンを義理場(冠婚葬祭といった組織内外で行われる公式の会合が行われる場)でも使うようになってからは、ほかの親分衆も乗りだして、今じゃ高級車と変わらないくらいよく見かけるね」(埼玉県内にあるテキヤ系組織組員)
まさかのミニバン人気の急上昇である。こんな時代が来るとは誰も予想できなかったに違いない。
それでもワンボックスカーやミニバンに乗ったことがあればわかるだろうが、乗りやすさは確かに抜群である。
ヤクザ社会ではこれまで外観のカッコ良さにこだわって、外車が重宝されてきた。しかしここ数年は安全性と価格に魅了され、さらには使い勝手の良さも優先させている。車に限っては“花より実”を選ぶようになったらしい。
こだわりのナンバーは「ゾロ目」と「誕生日」
高級外車、高級国産車、ファミリータイプと、今ヤクザ社会には以前とは違って、さまざまな車種があふれている。それでも変わらない部分もあるという。
「ナンバーには、いまだこだわりを持っている人間は少なくない。たかが数字とはいえ、ヤクザはバクチもゲン担ぎも好きだから、カブの9とか末広がりの8やラッキー7などをナンバーに入れてるね。1など9のゾロ目もいるし、なかには親分の誕生日とか、子どもの誕生日のナンバーもある。でも、あんまり女房の誕生日を入れているとは聞かないな(笑)。そういえば、ナンバーを愛人の誕生日にしていたのがバレて、離婚されそうになった知り合いがいるよ(笑)」(前出の組員)
以前、あえて「893」としている親分もいた。わざわざナンバーでアピールをしなくても、十分にヤクザが乗っているとわかるド派手な車であったが、今思えば、地元のカタギ衆から愛されていた親分の遊び心だったのだろう。
また、防弾加工を施す車も、相変わらず増え続けているようだ。
車に乗っている際に襲われる事件が過去に何度も起きていることからも、需要は少しずつだが伸びてきている。防弾加工にはいくつかランクがあって、グレードが高いほど安全性は高まるが、逆に使い勝手は格段に悪くなるらしい。
「車に防弾加工を施すと、一台で200~300万円くらいはかかるよ。それでも親分の命には代えられないからね。ただその分、欠点も多い。窓が開かないとか、ガラスも2センチくらいの厚みがあるから、重量が増して車の動きが悪くなるんだ。それにフロントガラスも加工のせいで見えにくくなるし、景色もゆがんで見える。だから、慣れるまでは車酔いするんだけど(苦笑)」(同)
国内で車に防弾加工するのは、政府要人とヤクザくらいかもしれない。それだけに、一般人には知り得ない苦労もあるようだ。
時代の移り変わりに合わせるように、ヤクザの車も少しずつだが形を変えてきた。たった10年前にはベンツ、BMWといった高級外国車がハバを利かせていたが、その座はいま国産車に取って代わられている。
そして、今後は、エコカーがヤクザたちの乗る車の主流になっているかもしれない。地球の環境に優しいヤクザが増えることは、きっと歓迎されるだろう。
(取材・文/本郷 海)