“でっちあげ”で問われる検察の組織文化

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市川 寛氏の著書『検事失格』

[今月のゲスト]
市川 寛(いちかわ・ひろし)[元検事・弁護士]

 大阪地検特捜部証拠改ざん事件に代表されるように、昨今、警察や検察の不祥事が後を絶たず、挙げ句には布川事件、東電OL殺人事件といった冤罪被害までが起こっている。こうした問題の背後にある刑事司法の構造的問題について、元検事として“事件のでっちあげ”を告白した市川寛氏に話を聞いた。

神保 今日のテーマは「検事が事件をでっちあげてしまう本当の事情」。検察や警察の問題はマル激で何度も取り上げてきましたが、改善の兆しが見えないばかりか、むしろ悪くなっているようにさえ見える。そこで今回はかつて問題の当事者だったことを自認している方においでいただき、本当はどこに問題があるのかをしっかり議論してみたいと思います。

 今回のゲストは、元検事で現在は弁護士として活動中の市川寛さんです。市川さんは『検事失格』(毎日新聞社)という本を書かれていて、その帯には「私はこうして冤罪をつくりました」と書いてある。市川さんは検事時代、01年の「佐賀市農協背任事件」において、主任検事として不当な取り調べを行ったことを自ら法廷で証言されました。まずは、この事件のあらましからご説明ください。

市川 端的に言うと、不正融資事件です。佐賀市農協が組合員に1億8000万円を融資するにあたり、組合員が担保として不動産を差し出した。しかし、実際は6000万円くらいの価値しかなく、農協がそれを水増して評価することで、担保を上回る融資をしてしまったのです。

神保 検察は、この事件が佐賀市農協の組合長以下、組織ぐるみのものだったと見立てたのですか?

市川 有り体に言うと、検察はただ組合長さんを逮捕したかった。その先に、地方議会議員の逮捕という金星を狙っていたのです。それだけの見立てで、「真相を解明する」という気概もありませんでした。

神保 「地方の農業利権構造に切り込んだ」という話になると、検察にとって大きな手柄になるのですね。当時、市川さんは検事任官8年目で、佐賀地検では検事正、次席に次ぐナンバー3のポストにあり、この事件では主任検事を務めています。捜査の過程でどんな問題があったのですか?

市川 一言でいうと、準備不足に尽きます。不正融資があったこと自体は、裁判所も認めた事実。あとはそれを誰が企てて、誰がゴーサインを出したのか、という犯人探しになります。捜査を開始した時点で事件は5年前のことで、関係者の方々の記憶も曖昧になっているし、証拠物がどれだけ残っているか、という問題もあった。そんな事件なのに、あまりに拙速に捜査を進めてしまいました。

 つまり、すぐに強制捜査に踏み込み、押収した証拠物の分析も極めて不十分なままで、被疑者を逮捕してしまった。これは暴走です。

神保 不正融資そのものは存在が認定され、元金融部長はその実行犯として有罪になりました。しかし、無理やり逮捕した組合長は最初は否認したが、市川さんに「ぶっ殺すぞ」などの暴言を受け、最後は耐えかねて調書に署名をしてしまった、と主張し、無罪になっています。仮に市川さんが法廷で組合長の主張を認める証言をしなければ、捜査に問題があったことは証明できず、組合長はそのまま有罪になってしまった可能性もあったのでしょうか?

市川 組合長さんの自白調書が採用されてしまったら、有罪になった可能性も否定できません。それだけ、きれいな自白調書をでっちあげました。

神保 組合長が捜査の違法性を主張し、市川さんが実際にそれを認めたことで、冤罪は避けられたのですね。しかしながら、当時のこの事件に関する報道を見た限りでは、検察が無理な捜査をしていたようには見えないし、もちろん取り調べの過程で組合長が主張するような暴言があった証拠はどこにもない。組合長が何を言おうが、検察側としては「不当な捜査はなかった」と主張することもできたでしょう。

宮台 大きな疑問がひとつ浮かびます。一度事件を見立ててしまえば、その見立て通りに調書を作れるのだという意識が、特捜や検察の側にあるでしょう。とすれば、どんな理由で何をどう見立てるのかが知りたいのです。佐賀市農協背任事件の場合は、地方議員までつながる案件として見立てたわけですが、その動機付けはどこから生まれるのでしょうか?市川さんは金星とおっしゃいましたが、出世動機なのでしょうか?

市川 個人的な見解ですが、ロッキード事件のような大型疑獄事件が、戦後検察庁の最大の成功体験になっているからだと思います。当時のマスコミは「さすが東京地検特捜部だ、日本最強の捜査機関だ」とはやし立てたし、逆に「最近は政治家の摘発がない」という記事がポッと出ると、検察にとってプレッシャーになってしまう。言わば自縄自縛です。

 当時の次席検事を悪く言うつもりはない、という点を強調してからお話しさせてください。検事の出世ルートとして、法務省の幹部を経由する「赤レンガ組」と、現場の検事からの「特捜部組」があります。出世をしたい人は特捜部に行きたがる。地方から中央に上がるために、大きな手柄を立てようという個人的な野心を持っている検事は、間違いなく存在します。そして、検察という組織自体も「疑獄事件は世論が喜ぶ」または「世論を喜ばせるために疑獄事件をやる」という考えを持っている。リクルート事件でもそうでしたが、特捜部が注目を浴びると「特捜部に行きたい」と思う検事も出てきます。そういうものがいろいろと絡まって、暴走する起爆剤になっているのではないでしょうか。

宮台 かつて最高検察庁検事だった堀田力さんが、東京地検特捜部時代に担当したロッキード事件の後、優秀な検事志望者がすごく増えたとおっしゃっておられました。【1】「政治家の不正を暴く検察は素晴らしい」という世間の期待を背負い、【2】それゆえに世間の期待をかなえることが組織の手柄になり、【3】手柄を立てれば出世ルートに乗ることができる、という構造が、暴走の根っこにあるわけですね。

市川 少なくとも、次席の指示で動いていた当時の私は、そう解釈していました。翌年の4月に次席の転勤が決まっていたので、次席は組合長さんを3月までの年度内に起訴すると意気込んでいたのです。あくまでも当時の私の考えですが、「次席は東京に攻め上るための手柄がほしいのだろう」と思っていました。

神保 地方の農協の金融部長を逮捕したくらいだと、「わざわざ検察が独自捜査をする必要はなかった」という評価になってしまう。だからどうしても組合長は逮捕したかったということなのでしょうか。

市川 佐賀市農協は県内のトップ企業という扱いですから、「検察が、とてつもない大企業に乗り込んだ」という評価にはなります。しかし、元総理大臣まで捕まえるのが検察。金融部長さんだけだと、「真相解明不十分」という批判的な報道になったと思います。検察は、そういうことに怯える組織でもある。

宮台 「世間の評価を前提とした組織評価がある」ということですね。

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