安田浩一氏の著書『ネットと愛国』
2012年8月の韓国・李明博大統領の竹島上陸や、9月の尖閣諸島3島の国有化をきっかけとする中国での大規模な反日デモなどにより、わが国では、韓国・中国に対する国民の反発と怒りがかつてないほど高まっている。両国に対する差別意識や排外主義につながりかねないそうした世論は、近年、国内の新たな保守勢力として注目を集めるいわゆる「ネット右翼」、中でも昨今何かと話題の「在日特権を許さない市民の会」(以下、在特会)にとって追い風となっているのだろうか? また、領土問題の過熱以降、彼らの主張や行動、組織等になんらかの変化は見られるのだろうか?
在特会とは、06年に設立された右派系の市民団体で、その名の通り、在日韓国・朝鮮人の特別永住資格などを〝不当な特権〟であると批判し、その撤廃を運動の中心に据えている。また、フジテレビの韓流偏重や原発の存否など、話題性のあるさまざまな問題を活動の対象とするのも特徴的だ。彼らの存在は、12年4月にジャーナリストの安田浩一氏によって上梓され、同年度日本ジャーナリスト会議賞および第34回講談社ノンフィクション賞を受賞した『ネットと愛国』(講談社)によって、ネット界隈のみならず、広く一般にも認知されるようになった。
同会の活動の最大の特徴は、「朝鮮人はウンコを食え!」「シナ人を叩き殺せ!」といった暴力的・差別的なヘイトスピーチと、それを「ニコニコ動画」等で生中継する点だろう。そうした過激な手法によってネットを中心に知名度を上げ、勢力を拡大してきた同会は、10月時点で約1万2000人の会員を抱えているという。
在特会
「在日特権を許さない市民の会」。桜井誠氏を会長とし、2006年に設立された右派系団体。在日韓国・朝鮮人に認められた特別永住資格などを「在日特権」だとし、これをなくすことを目的とする。
もちろん、それはあくまで公称であり、実際の会員数は定かではない。ただ、その点を差し引いても、中韓に対する国民感情が最悪の状態にあり、世論と在特会の主張とがこれまでにないほど接近しているのは確かなことだ。
しかし、だからといって、在特会が順境にあると考えるのは早計のようだ。それどころか、現実はまったく正反対であるらしい。創立期から在特会の活動に携わり、10年に退会した元会員のA氏はいう。
「会員数1万2000人というのは、私のような退会者も含めた延べ人数でしょう。だいたい、それだけの数の会員がいて、東京のデモにせいぜい100人ちょっとしか集まらないなんて、誰が見てもおかしいですよね。実際には、世論を追い風にするどころか、マトモな人たちはどんどん辞めていっていますよ」(A氏)