『リッチマン、プアウーマン』──試行錯誤を繰り返すフジの月9が見出した、新しい恋愛ドラマの形

批評家・宇野常寛が主宰するインディーズ・カルチャー誌「PLANETS」とサイゾーによる、カルチャー批評対談──。

[批評家]宇野常寛×[ドラマ評論家]成馬零一

 小栗旬と石原さとみ主演で、IT企業を舞台にした恋愛ドラマ──それが本作の大枠だ。これをフジテレビの月9でやるとなると、おサムいことになりそうなものなのだが、しかし、なかなかどうしてこれがクセモノの良作に仕上がっているのだ。その成功を生んだ、若手チームの手法を見ていこう。

逮捕され、収監された朝比奈の元に面会に来た日向が、真琴のことを相談する(上)。一方、真琴の出立時にはお約束の空港シーンが(下)。

成馬 『リッチマン、プアウーマン』は、11年の『大切なことはすべて君が教えてくれた』【1】と同じスタッフが作ったドラマです。僕は『大切なことは~』が大好きで、『文化時評アーカイブス』(小社刊)でも10点をつけたのですが、賛否のある作品だったので、次が撮れるのか心配だったんですよ。だから、何よりもまず、このチームの新作が見れたということがうれしい。どちらも放送枠は月9でしたが、月9は面白い作品を作るのと同時に、皆に観てもらえる作品でなければならない――両方の水準が要求される唯一のドラマ枠です。好き勝手やりすぎた『大切なことは~』の反省からか、今作は、月9のドラマとしてどう面白くするか、ずっと試行錯誤しているという印象でしたね。前作に比べて演出面で薄くなっているところがあるのは惜しいけど、番組スタッフは、多くの人が楽しめるドラマを作ることを選んだのだと思います。最終話で井浦新演じる 朝比奈恒介【2】が、小栗旬の日向徹【3】に「お前、なんか普通になったな」と語りかけるシーンが象徴的だけど、試行錯誤の果てに、普通の面白いドラマに着地したなというのが僕の感想です。

 今作では、「パーソナルファイル」というシステム【4】の開発が描かれています。最初は複雑で扱いにくいシステムだった「パーソナルファイル」を、おばあちゃんでも使えるものに落とし込んでいこうという試行錯誤が5話で描かれますが、あのエピソードは「テレビドラマをどう作っていくか」という話にも見えました。

宇野 それは面白い見立てだね。確かにフジの月9はずっと苦戦していて、ヒットしたのって、キムタクものを除けば『のだめ』(06年)や『ガリレオ』(07年)なわけじゃない? つまり、TBSやテレビ朝日のヒットドラマの手法をパクったものばかりだったわけ。『ガリレオ』の作り方なんて、要は『トリック』(テレ朝/00年)でしょう? 堤幸彦の尖った部分は削ぎ落として、大枠だけ持ってきた。最近では、『鍵のかかった部屋』なんかもその延長線上にあると思う。キムタクのドラマも職業ものになっていて、最近はネタ切れ気味で苦戦してたわけだしさ。

 だから『流れ星』(10年)あたりから危機感はあったと思うんだよね。なんとかフジテレビじゃないとできないテイストのドラマで、しかもヒットさせなきゃいけない。『大切なことは~』はその問題意識が一番色濃く出た作品で、スタッフも若手だし物語や演出も結構冒険していた。フジテレビヤングシナリオ大賞に応募してきた新人の安達奈緒子さんを脚本に起用したことがその象徴だね。

 で、今作は安達さんがまた脚本だったわけだけど、そのリベンジだと思う。それもトレンディドラマ以降のフジ恋愛ドラマの文法を、つまり「月9」らしさを残しながらアップデートするっていう、あの枠が一番やらなきゃいけないことを正面からやってのけた。

成馬 ドラマ史的な話をすると、月9という枠が決定的に揺らいだのは、木村拓哉主演の『月の恋人~Moon Lovers~』(10年)の平均視聴率が20%を切って以降だと思うんです。もうキムタクという最後の手は使えない――そこから月9は試行錯誤していて、ヤングシナリオ大賞を受賞した新人脚本家を起用し、面白い演出家と若手俳優という組み合わせで作るようになっていった。もちろん若手を使えば、当然リスクはあるわけで、失敗作も多い。でも、他局のドラマと較べた時に、新人を育てようという明確な姿勢がフジにはあって、それが新しいカラーになりつつある。今期でいうと『主に泣いてます』もそういう作品で、このドラマは、前クールから新人ドラマ枠として復活した土曜11時枠で放送されています。「ONE TWO NEXT」というフジテレビのCSチャンネルでは、『スイッチガール!!』(11年)、『恋なんて贅沢が私に落ちてくるのだろうか?』(12年)、『結婚同窓会』(同)といったドラマが放送されていて、どれも面白い。『スイッチガール!!』は、『大切なことは~』でセカンドディレクターだった葉山裕記のチームが作った作品で、その功績が認められて、『主に泣いてます』を作ったのだと思います。そういう新しい才能を育てていくサイクルがある一方で、木曜10時枠は、岡田惠和の『最後から二番目の恋』(12年)や、坂元裕二の『それでも、生きてゆく』(11年)などを放送し、ベテラン枠としても機能している。これがフジテレビのドラマが好調な要因ですね。

宇野 『流れ星』以降のフジの試行錯誤のひとつの到達点として――到達点ではなく通過点であってほしいと思うけど――今回の『リッチマン~』がある。数字的に決して大成功とは言えないかもしれないけれど【5】、今やもうドラマはどれも数字的に全滅だし、それは質の問題というよりもテレビのあり方の問題によるところが大きい。テレビ局の人は、数字に踊らされてこの作品を過小評価しないでほしいね。

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