日本でエネルギー・デモクラシーが実現しない理由

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植田和弘氏の著書『国民のためのエネルギー原論』(日本経済新聞出版社)。

今月のゲスト
植田和弘[経済学者]

 総合資源エネルギー調査会基本問題委員会によるエネルギー基本計画の見直しが大詰めを迎えた。しかし、日本のエネルギー政策の基本的な方向性を示すはずの議論は、現状、枝葉末節に終始している。同委員会の委員長代理を務める京都大学教授の植田氏は、この原因として「基本問題委員会の基本問題」を指摘する──。

神保 原発事故発生以来、継続的に特集してきたエネルギー問題について、今回は各論ではなく、ぜひ本質的な議論をしてみたいと思います。この番組で、宮台さんが常々、「そもそも市民自身がエネルギーについて判断し、コントロールできるシステムがないことが問題。“脱原発か再稼働か”という議論に矮小化してはいけない」と指摘してきました。いわばエネルギー・デモクラシーを実現すべきだと訴えてきたのですが、昨年来さまざまなかたちで行われている有識者会議を見ていると、どうもこの問題は簡単には解決しそうにありません。

宮台 政治学者の丸山眞男が、戦前の陸軍参謀本部と海軍軍令部に関して興味深い分析をします。現状分析部署と政策決定部署があり、順序としては現状分析を元に政策決定がなされますが、利権を念頭に置いた政策決定が現状分析を無視してなされる上、現状分析部署が政策に合わせて現状を書き換えます。つまり日本では「現状に合わせて政策を策定」できず、「利権に基づく政策シナリオありきで、それを成立させるために現状認識の歪曲」がなされる。昨今のエネルギー問題を見ても〈巨大なフィクションの繭〉の中で決定が行われるこの構図は変わりません。

神保 原発事故を経験したわれわれは、今、戦後初めて、外圧に迫られた結果としてではなく、自分たちの意志で内発的に大きな政策変更をすることになった。戦後、過去の大きな政策は事実上ほとんど外国、ほぼこれはアメリカを意味するものですが、外国からの外圧や冷戦構造といった国際的な要因によって決められてきたと言っても過言ではないと思います。逆の見方をすれば、独立国でありながら、日本の政府は大きな政策決定を下す権限を持っていなかったと言ってもいいかもしれません。そこに突然、エネルギー政策のような国家の基本政策を自主的に変更しなければならない事態に陥った。現在日本の政府や統治機構全体が、その事の重大さに戸惑っているようにも見えます。総合資源エネルギー調査会基本問題委員会の委員、寺島実郎さんが「アメリカの核の傘下にいるのに、脱原発なんかできるわけがない」という主旨の発言をしましたが、これは「こんな重大なことは日本だけでは決められない」との思いの発露であったようにも聞こえました。

宮台 基本問題委員会の事務方たる経産省官僚が言い出したのが「ベストミックス」。従来の枠組み内で電源種別シェアをいかに微調整するかを利得計算で決めるものです。ドイツの例を見れば瞭然ですが、エネルギー基本政策の変更は「新興国に追い付かれて労働分配率切り下げ競争にならざるを得ない既存産業」から「新興国が簡単には踏み出せない新規産業」へと軸足を移す〈産業構造改革〉や、食の共同体自治やエネルギーの共同体自治を含めた〈統治構造改革〉と結びつくものです。さもないと基本政策の変更と呼べない。原発を10%減らすとコストが何割上がるなどという話は、〈産業構造改革〉も〈統治構造改革〉も一切しないという「ただひとつのシナリオ」を意味します。本当に必要なのは、それ以外のシナリオの模索なのに、あまりに愚昧です。

神保 今回のゲストは、環境経済学がご専門で、現在、有識者たちがエネルギー政策を議論している「総合資源エネルギー調査会基本問題委員会」の委員長代理を務める、京都大学大学院経済学研究科の植田和弘教授です。まずは総合資源エネルギー調査会の問題点について、議論していきたいと思います。

植田 私が「基本問題委員会の基本問題」という言い方をしている、根本的な問題があります。つまり、本来ならばエネルギー政策自体の内容以前に、エネルギー政策を市民のもとに取り戻すための基本計画の議論をいかに進めるべきか、という議論をしなければならなかった。その意味で、宮台さんがおっしゃったように、ベストミックスの議論にしてしまうことがそもそも間違っています。ベストミックスは旧来の大規模集中型電源を前提にしていますが、現在ではすぐ先の未来に、分散ネットワークでうまく回るエネルギーシステムが見えている。時代錯誤な計画になってしまわないかと、不安を感じています。

宮台 基本問題委員会は官僚お手盛りの「ベストミックスの検討」というシナリオに沿って議論するだけの場で、ベストミックスは既得権益を守るために設定された主題です。専門的には、ベストミックス・シナリオは応用均衡分析の枠組みです。ほかの条件をすべて不変とし、電源比率だけ変えたら市場均衡がどうシフトするかを分析する。これがナンセンスなのは、電源比率の大幅変更が〈産業構造改革〉や〈統治構造改革〉に直結し、ほかの条件をダイナミックに変えるからです。再エネ産業や廃炉産業や節電産業が巨大な雇用と経済成長を生むのに、均衡分析はこれを覆い隠します。定常分析へのシフトが必要です。

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