『バクマン。』──完結を迎えて読み直す、マンガ好きを魅了した作品の巧みさと限界

批評家・宇野常寛が主宰するインディーズ・カルチャー誌「PLANETS」とサイゾーによる、カルチャー批評対談──。

「週刊少年ジャンプ」2012年21・22合併号より。人気連載は長期化する傾向の中、あっけないほどの大団円を迎えた『バクマン。』を惜しむ声もネットではあがっていた。

宇野常寛[批評家]×伊藤剛[マンガ評論家]

 08年の連載開始以来、「こんなにはっきり内幕を描いても大丈夫なの!?」と話題を集め、いわゆる“マンガ家マンガ”として人気を博してきた『バクマン。』がついに完結した。傑作『DEATH NOTE』の後で、作者コンビは何を目指し、どこでミスを犯したのか──?

宇野 今回、完結に際してまとめ読みしたのですが、予想以上に面白かったです。これは不思議なマンガで、主人公たちの行動そのものは、ものすごく地味なはずなんですよ。基本的に部屋でひたすらマンガを描いて、編集者と打ち合わせして、アンケートの結果に一喜一憂する。あとは関係者同士で恋愛くらいしかすることがない。そのはずなのに、読んでいてほとんどダレずに、緊張感が維持されている。エピソードづくりの巧みさと、画力に支えられた表現力の高さの賜物ですよね。

 そして何より、「週刊少年ジャンプ」編集部を自ら素材にしたフェイク・ドキュメンタリー的なコンセプトが最後まで効いている。このフェイク・ドキュメンタリー的な仕掛けだけでも十二分に面白い。日本最大の物語系メディアである「ジャンプ」だからこそ、その内幕を描くだけで商品になるわけですが、よくこんな芸当ができたな、と感心するばかりです。ただ、理由はこれから挙げていきますが、完成度の高さにうならされるその一方で、「ジャンプ」はこの先大丈夫なのか、と考えてしまったことも事実です。

伊藤 僕は単行本の1巻が発売された時にすぐ買って読んだんだけど「これは釣りだ!」と思って、それ以降は一切触れない、読まない態度をこれまで貫いてきました。

 なぜかというと、マンガ業界人、あるいはいわゆる“マンガ読み”は、作中で描かれているさまざまなエピソードについて、あれこれ言いたくなるじゃないですか。業界の内幕を露悪的と言っていいくらいあけすけにして、手の内を全部見せるような枠組みなので、「これは何が元ネタか」とか言いたくなる。それから批判したくなりますよね。宇野さんの言う「大丈夫か」というのは、「『ジャンプ』の内幕自体を商品にしたら、この先はない」という意味だと思うんですが、そういう批判は確かにあるでしょう。

 それと、このマンガの主人公たちは誰のマンガにも憧れてないんですよね。“憧れの鳥山明先生”とか“井上雄彦先生”とか一切ない。そこが『まんが道』【1】と全然違う。それで「あの2人は理想を語らない」という批判も当然出ると思う。あとは、まったくではないにしても作中で描かれているマンガの内容が置き去りになっているので、「順位だけが指標になっている」と批判することもできる。それから、今回の完結は一応ハッピーエンドで大団円っていうことなんだけど、ハッピーエンドに見えない。夢を叶えて結婚して、じゃあこれから先は余生なの? というか。こういった批判はいろいろ考えられるんだけど、でもそんな批判は全部「想定内」ですよ、って感じがするじゃない。それに、読めば読んだだけ面白く読めたわけだから、作品の面白さを否定してはいけないでしょう。でもこれ、本当にこれでいいの? と思わざるを得ない。

宇野 この、半分だけ楽屋を見せる、見せているかのように振る舞うことで「これは虚構ではなく現実だ」という文脈を生んでリアリティを与える。これは80年代から90年代に、テレビや雑誌でよく用いられていた手法ですね。特に、普通に読めばむしろ白けてしまうようなベタな感動物語に、フェイク・ドキュメンタリー的な仕掛けを経由することで消費者を没入させるという構造は、90年代のテレビバラエティでよく採用されていた。これは作り手が繊細に受け手の感情を操作することが必要なので、テレビの影響力が絶大で、テレビが世間の空気を作っていたからこそ可能な手法だったともいえる。

 これがインターネットだとそうはいかない。例えば「これは本当にあった話だ」という前置きが構造的に機能するとうっかりベタな物語に泣いてしまう、という点においては『電車男』が挙げられると思うんですが、このケースでは匿名掲示板という舞台が機能した。わざわざメディアが「半分だけ楽屋を見せる」という繊細なコントロールを行った上で提示されるものより、匿名のユーザーが勝手に掲示板に投稿したもののほうが圧倒的にリアリティがある。

 こうして考えてみると、『バクマン。』のフェイク・ドキュメンタリー性はインターネット以前の思想で作られている。そしてそれが可能なのは、右肩下がりのテレビと違って「ジャンプ」はあくまで相対的にだけど、まだマスメディアとして君臨できているからだと思うんですよね【2】

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