(写真/江森康之)
「ひとりぼっちのガキ大将」──出版プロデューサー・高須基仁は清原和博をそのように表した。18歳、巨人入りを切望するも、ドラフトで巨人はPL学園同期の桑田真澄を指名。振り返れば、その時から引退するまで、清原はひとりぼっちだった。525本の本塁打を記録するも無冠、巨人へ雪辱の挑戦、危険球への怒り、ひざの故障の苦しみ……、すべて涙を飲んでひとりで耐えてきた。引退から3年たち、彼は選手生活をどう振り返るのか。昨今、その姿をメディアで見る機会が少なくなったが、今は何をしているのか。漆黒のスーツと褐色の肌に身を包み、インタビュールームに、麗しき夫人を伴い登場した球界の番長に、熱烈な"清原マニア"ゆえ、西武球場近くへ引越した経験もあるという高須が迫る!
高須 清原さんとの出会いは1年前、浅草の料亭で知人の紹介でお会いしました。浅草って清原ファンが多くて、長嶋(茂雄)を抜く445本目のホームランを打った時は、どんちゃん騒ぎでしたよ。彼らと「巨人はなぜ背番号3番を、清原につけさせなかったのか」という話を、いまだによくするんです。FA(フリーエージェント)宣言して巨人に移った1996年、清原さんはどんな気持ちだったんですか?