中国を刺激しないことばかりに腐心する日本政府の「中途半端な対応」という罪

──今年9月の尖閣諸島漁船衝突事件後の対応では、仙谷由人官房長官を筆頭にした、民主党政権の弱腰ぶりが厳しい批判を受けた。だが、政権交代以前から一貫して、政府は中国に対して、過剰な"気遣い"を見せてきているのだ。そのことは、日本青年社の"行動"に対する、国の姿勢からも見て取れる。(写真は、03年の上陸時の模様)

魚釣島上陸直前。現在は、漁船を着岸させられる場所はなく、沖合からゴムボートに乗り換えて上陸する。

 【1】にもある通り、1978年に日本青年社が尖閣諸島・魚釣島に上陸し、灯台を建設することになったきっかけは、同年、百数十隻ともいわれる武装した中国漁船が尖閣諸島周辺海域に侵入し、日本に対して威嚇行動を取ったことにあった。政府は尖閣諸島が日本固有の領土であり、他国との領土問題は存在しないということを表明し続けてきた一方で、こうした他国の不法行為に対して、断固とした対応を取ることがなかったのである。武装漁船による威嚇行動についても、政府は中国政府に対して、漁船退去を求める打電をするのみで、強硬な抗議も行わなかった。中国に、尖閣諸島の領有権を主張し続ける余地を与えてきてしまったのだ。


日本青年社の上陸に際して、海上保安庁は「上陸すると軽犯罪法違反になる」と、形式的にだが警告する。

 こうした政府の姿勢に対して、日本青年社は魚釣島に灯台を建てることで、同島を実効支配するという行動に出た。当時はまだ私有地だった同島に灯台ができたことを政府は黙認する形を取ってきたが、この灯台は国から認定されることはなく、海図に掲載されることもなかった。中国を刺激したくないという外務省の意向が強く働いていたとされる。


尖閣神社での例祭の様子。後方に映っているのが、日本青年社が建設した灯台。太陽電池が動力源だ。
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2024.11.22 UP DATE

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