──薬物に手を染めたかつての人気者たちを、メディアや私たちは袋叩きにするが、本当にドラッグは絶対的な悪なのか? 音楽や文学など周縁文化を含むドラッグ・カルチャーに"主観"で接してきた石丸元章と磯部涼という2人のライターが、法的/医学的尺度を超越した視点からドラッグの本質を問う。
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石丸元章氏の福田和也氏との共著『男の教養』。
石丸元章(以下、石) インターネットが登場した当初は、匿名で何を書いても自由になる、つまりタブーはなくなるという見方がありましたが、ネットにはネットの表現があり、言論のタブーは結局なくなっていない。なぜなら、触れてはいけないタブーがあるという暗黙の了解を共有しているほうが安心感はあるからです。ドラッグについていえば、ドラッグをやることよりもその話自体がタブーという部分があるし、ドラッグをやることがどういうタブーとして認識されているかが海外と日本とでは大きく違う。特にアメリカやヨーロッパの場合は、パリス・ヒルトンがコカインで捕まっても、個人的な問題という認識です。だから何かトラブルを起こしても「お気の毒だね」というところが大きい。だけど、日本の場合は社会全体に対するチート、つまり重大な裏切り行為になる。田代まさしもそうですが、「裏切られた」という言い方をするじゃないですか。一体何を信じていたのか(笑)。