楠見 それに対し、美術批評が機能しなかったのが問題です。赤瀬川原平の千円札裁判[10]で美術界がバックアップしたように、論陣を張って社会と対峙するチャンスだったわけですから。
桜井 僕はそれイヤなんですよ。Chim↑Pomは「イタズラでーす、ごめんなさーい」という居直りもあったはず。赤瀬川原平は反芸術と謳ってイタズラをしていたはずなのに、裁判になったときに「これは芸術だから犯罪ではない」という論旨の戦いをせざるを得なくなった。
伊藤 それに「アートなの?」と言う人が答えを求めて美術批評を読む可能性って今はあんまり期待できない。
楠見 なるほど。では、その疑問と同等に僕は「なぜアートでなければならないのか?」と問いたい。先述したMITのハックみたいな作者不詳の表現がありますからね。あるいはZTOHOVEN[11]というチェコの集団は、テレビをジャックして天気予報番組のライブカメラにキノコ雲を仕込んだ映像がYouTubeに上げられて一躍名を馳せました。彼らのゲリラ・プロジェクトに街角の歩行者用信号を付け替えるというのがあるんですが、シルエット・サインを女性や松葉杖の人などに勝手に変更してしまったんですね。もちろん違法行為だけど、信号機の機能はそのままなので社会的に実害はありません。それよりも、信号機のシルエットはなぜ成人男性で健常者だけだったのか、という隠匿されたタブーを逆照射したのです。
桜井 ジャックといえば松本哉[12]は杉並区議選に立候補したときに街頭演説と称して高円寺駅前を占拠しライヴをしました。また200人でデモやりますって届け出して実際は3人、という彼の『三人デモ』では、イルコモンズ[13]が製作したその様子の映像を、YouTubeにアップし共有されたので、パフォーマンスのドキュメンテーションの文脈を抑えている。彼は法の盲点をつくのが巧くて、スカッとすることをやってくれます。
伊藤 新たな選択肢を開拓するようなクリエイティヴな前進だからですよね。
桜井 それはアートの主たる役割で、オルタナティヴな生き方の提案です。
新たなタブーを創造するアーティストの身体性
楠見 Chim↑Pomの話から始まったので会田誠[14]についても。愛☆まどんな[15]、遠藤一郎[16]、そしてChim↑Pomといった最近活躍しているアーティストたちは、元は〈ふつう研究所〉という会田誠の美學校の教え子集団だったんです。会田の『戦争画RETURNS』(96年)という展覧会は、天皇の絵を含めてセンセーショナルな内容だったのに右翼からの抗議もなく、新聞の美術欄も無反応だった。会田の作品がその後さらにアナーキーにエスカレートしていったのは、あのときスルーされたのが大きいと思います。あえて人が嫌がることをして自分の存在を確認するタイプのアーティストなので。
桜井 問題になったことはないんですか?
楠見 ほとんどないのでは。ロリータと軍国主義と原爆をネタにした『ミュータント花子』も『食用人造少女・美味ちゃん』もおとがめなしでした。
伊藤 それは会田誠のタブーとの関わり方が、メタ的に、つまり安全に見えるからですよ。彼が侵犯する個々のタブーが、彼にとって本当に問題であるようには見えない。つまりそれがタブーだから犯しているようにしか見えない。
楠見 たぶん会田誠は「いじめてくん」なんです。「いじめたら喜ぶだけだ」とみんな察知して攻撃しない(笑)。それがいじめてくんの構造を助長するからどう転んでも立ち入る隙がない。
桜井 そんな会田誠はM男とも呼べますが(笑)、飴屋法水[17]は自分の身体を芸術のマテリアルとして提供しています。最近では採血しながらドラム叩いてチューブの先のキャンバスの真っ白い画面に真っ赤な絵が描かれていく、とか。ヘタすると死ぬかもしれないことを自らに強いる。具体的な身体をギリギリのところで提示するのは 80年代に山塚EYƎ[18]が電ノコで太腿を切ったりとか昔は結構あったけど、 今どきのパフォーマーは自己規制しますよね。
楠見 そういう身体の痛みは、足を折り骨が露出するなどの失敗シーンを撮ったスケボーのビデオに通じます。それはリアルな痛みとして伝わりやすく、人間の意識が肉体という器に入れられている限界を超えようとする試みで、一種のエクストリーム系ですね。
桜井 ここで少しタブーを拡大解釈すると、観客の気分を害するパフォーマンスは色々ありますよね。ボクデス[19]は蟹の足がブラブラするのをダンスと称してシェイクし、蟹ミソや生臭い汁が飛び散る。それを面白がる観客もいれば当然怒る人もいます。鉄割アルバトロスケット[20]にも主婦がネギで殴り合う、という超クダらないネタがありますが、150本を1分間で使い切る勢いのため、観客はネギが目に染みて泣きながら帰路につく(笑)。
楠見 ボクデスの蟹はギター・スマッシュと似てますよ。深読みすれば60年代に楽器を破壊したナム・ジュン・パイクやザ・フーあたりにルーツがある。
伊藤 壊す対象の値が張るのもポイントですね。蟹は高級食材なので(笑)。
楠見 ともあれ、そういうパフォーマンスが新たなタブーを発見したとも言えますよね。そう、アートにおけるタブーは常に創造されるということです。
(構成/前田毅+砂波針人)
【注釈】
[10]赤瀬川原平の千円札裁判
前衛芸術家・赤瀬川原平の千円札を模した作品が、通貨模造の罪にあたるとして1963〜64年に裁判となる。最終的には赤瀬川側の敗訴となり、表現の自由のほか芸術/反芸術の関係など、さまざまな問題がこの事件を通して問われた。
[11]ZTOHOVEN
匿名的集団のため素性は不明だが、ホームページはあり。ちなみに、テレビをジャックしたのは「我々がテレビで毎日見ている映像が"現実"であるかどうかはわからない」と疑ったからだとか。
[12]松本哉
高円寺のリサイクルショップ〈素人の乱〉を拠点とする1974年生まれの活動家。通行人を巻き込みながら路上を解放する「駅前ゲリラ鍋集会」など、合法的に公的秩序を乱すパフォーマンスは、ゼロ年代のアナキズムといえる。
[13]イルコモンズ
2002年に現代美術家を「廃業」宣言した小田マサノリの現在の名義。06年の『WE ARE THE THREE(ONLY!)』は、公安が用いる監視ビデオの手法で『三人デモ』を撮影し、世界で視聴可能なYouTubeにアップした作品。
[14]会田誠
絵画のみならず写真、パフォーマンス、フィギュア、小説、映像、漫画、都市計画など表現領域を越境する、1965年生まれのコンセプチュアル・アーティスト。また、その変態性は世のオタクがたじろぐほど歪であるのも特徴。
[15]愛☆まどんな
二次元的な美少女をどこか間の抜けたナンセンスなキャラに変質させて描く、1984年生まれのアーティスト。そのキャンバスは洋服、日用品、外壁、人体などさまざまで、フィギュア製作やライブペインティングも行っている。
[16]遠藤一郎
美術教育を受けたことは一度もないが、「GO FOR FUTURE」という超ポジティヴな気合いだけでアート界を邁進している自称・未来美術家。「これがアートなの?」というのは愚問で、アートを超えた表現こそ彼のアートなのだ。
[17]飴屋法水
演出家、美術家。2005年の『バ ング ント』展では完全に遮断された小屋で栄養ドリンクのみを摂取し24日間過ごした。11月23日まで池袋あうるすぽっとで公演中の『4・48サイコシス』(サラ・ケイン作)を演出。
[18]山塚EYE
世界でも名が通るボアダムスの音楽家であるが、80年代に組んでいたのがハナタラシというバンド。パワーショベルでライブハウスを破壊するなど過激なパフォーマンスだったため、多くのハコを出禁になり演奏場所を失った。
[19]ボクデス
蟹をシェイクするのも、アニメ映像の力を借りるのも、カレーを早食いするのも「ダンス」として提示するパフォーマー。そうした身体表現はダンス界でもちろん掟破りだけれど、そのこととは無縁に観る者に愉楽を与える。
[20]鉄割アルバトロスケット
寸劇、不条理劇、音楽、踊り等々を目一杯盛り込んだ劇団。そんな彼らの舞台は、ネタではなくパフォーマンスとして観るのが正しい。12月26・27日に六本木スーパーデラックスで公演あり。(http://www.tetsuwari.com/)
【プロフィール】
伊藤亜紗(いとう・あさ)
1979年生まれ。東京大学大学院(美学芸術学)に在籍し、現在博士課程。専門はパフォーマンスと文学研究。2008年に創刊した批評誌「Review House」の編集長を務め、第3号を準備中。
楠見清(くすみ・きよし)
1963年生まれ。アートストラテジスト、美術編集者/評論家。『コミッカーズ』編集長、『美術手帖』編集長を経て首都大学東京准教授。共著『現代アート事典』、『八谷和彦OpenSky2.0』、『なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか』ほか。
桜井圭介(さくらい・けいすけ)
1960年生まれ。作曲家・ダンス批評家。パフォーミング・アートの公演「吾妻橋ダンスクロッシング」主宰。ダンスの拡張・発展のためのアプローチを模索し続けている。著書に『西麻布ダンス教室』(白水社)、『ダンシング・オールナイト!』(NTT出版)。
【写真クレジット】
[11]ZTOHOVEN [12]イルコモンズ「オルタナ美術ショーケース」展より[14a]会田誠『切腹女子高生』1999~ デザイン:宇治野宗輝 (C)AIDA Makoto Courtesy : Mizuma Art Gallery [14b]会田誠『モコモコ』2008 キャンバス、アクリル絵具 291×197cm 撮影:宮島径 (C)AIDA Makoto courtesy : Mizuma Art Gallery [15]愛☆まどんな(加藤愛)「きゅぴんッ」展 2009 (C)KATO AI [16]遠藤一郎『未来へ号』 [17]飴屋法水 [19]ボクデス『蟹ダンサー多喜二』撮影:塚田洋一 [20]鉄割アルバトロスケット『ネギで殴り合う』撮影:沼田学