宮崎学×萱野稔人特別対談 アメリカ経済の発展に「アウトローの活躍あり!」

写真左/宮崎学 右/萱野稔人(撮影/水野 嘉之)

先月号で「アウトローと国家権力、そして日本経済の発展へのつながり」というテーマで対談した、老舗ヤクザの子息にして作家の宮崎学と、哲学者にして"ナショナリストな左翼"を掲げる萱野稔人氏。だが、経済を中心にした社会において、アウトローが暗躍するのは、何も日本だけの話ではなかった──。ここでは先月号の続編という体で、アメリカを中心とした各国の経済発展とアウトローのつながりを紐解いてみたい。

 1世紀前に起こった博徒らが加担した農民反乱、そして戦後、港湾地帯での山口組や稲川会などによる労務管理、さらにはバブル経済時に起こったマネーゲームなど、本誌11月号において経済発展の裏にあるアウトローの役割を語り合った宮崎氏と萱野氏。だがアメリカにおいてもそのつながりは、日本とは大差ないようだ。先月に引き続き、経済発展に不可欠な「近代ヤクザ肯定論」を論じ合う。

萱野 国家によるアウトローの活用というのは、日本だけでなく世界中で見られる現象ですよね。

宮崎 現在のオバマ政権もそうだけど、一般論として、マイノリティがマジョリティを支配した時は、国家が強権的にならざるを得ないんです。この「強権」の中にアウトローの存在も含まれるというのが国家の原則的なあり方です。

 もともとバラク・オバマ大統領を輩出したアメリカ民主党は、労働者層や有色人種の支持が厚くてリベラルなイメージだけれども、実際にはどうでしょうか? 歴史的に見ても、戦争をやるのは圧倒的に民主党ですよね。たとえば、朝鮮戦争(1950~53年)やベトナム戦争(61~75年)、イラク空爆(93~00年)、ボスニア・ヘルツェゴビナ空爆(95年)、コソボ空爆(99年)など枚挙にいとまがない。しかも朝鮮戦争とイラク空爆以外は国連安全保障理事会の承認を得ていない。こうした数々の戦争には当然多くのアウトローがかかわっている。つまり民主党だって、戦争経済に依存している点では、共和党や他国の政権ともまったく変わらないんです。それはオバマも同じでね、イラクからは撤退するけれどもアフガンには派兵することだけを見ても、それはわかるはずだ。

萱野 世界的に注目されたオバマの核兵器廃絶演説も「裏」がありますよね。アメリカは、核以外の通常兵器のレベルでは世界最強の軍隊を持っているわけですから、核兵器がなければ、世界におけるアメリカ軍の圧倒的な優位は揺るがなくなる。核兵器は逆にそうした通常兵器の優位性を無効にしてしまうものです。だから核兵器廃絶といっても、それはアメリカの軍事的優位を保つための戦略として読み取らなくてはならない。素直に受け取るわけにはいかないんです。

宮崎 そう、あの演説でも「アメリカは○年○月までに核兵器を廃絶します。あなた方の国はどうしますか?」というふうにすれば説得力があったけれども、そうではない。漠然としていて、メッセージ性はあるものの実効性は薄い。あんな演説をありがたがっている市民運動家たちというのは、本当に愚者の群れですよ。

萱野 アメリカによるアウトロー活用について言うと、僕は冷戦終結の前と後で大きく分けられると思います。91年の冷戦終結までは、世界の反米政権を倒したり社会主義化を阻止するために、アメリカは各国の反政府ゲリラを育成したり、反共の麻薬シンジケートをバックアップしたりして、世界の非合法暴力と裏でつながっていました。しかし冷戦終結以降、アメリカはそうした関係を断ち切る方向にきています。

 その大きな動きのひとつが「戦争の民営化」です。これまでゲリラが担っていた「正規軍以外の暴力」の行使を、民間の軍事企業に委託していく。当然そこでは、ゲリラとの関係がこじれます。その最大の帰結が「9・11」でした。

 よく知られているように、(米同時多発テロの首謀者とされる)オサマ・ビンラディンはもともと、旧ソ連によるアフガン侵攻に抵抗するためのイスラム義勇兵を、イスラム諸国から集めるためのスパイとしてCIAによってアフガンに送り込まれました。しかし冷戦後は、イスラム主義を掲げるビンラディンと、ゲリラの存在を不必要と考えだしたアメリカとの間で溝が深まっていく。それがテロに結実したわけです。

 だから「戦争の民営化」と「テロとの戦い」は完全にリンクしているんですね。冷戦時代に培ってきた非合法暴力との関係を断ち切りそれを取り締まるために、民間の軍事企業が活用されるという図式です。こうした変化は90年代になって一気に進みました。

宮崎 そうだね。90年代直前あたりからだろうね。89年はジョージ・H・W・ブッシュ(米大統領・当時)とミハエル・ゴルバチョフ(ソ連最高会議幹部会議長・同)が会談して冷戦終結を決めた年だけど、この年の秋にブッシュは対麻薬戦争(War on drug)を宣言して、12月には麻薬密輸にかかわったとしてパナマ共和国のノリエガ将軍を逮捕している。ノリエガはCIA時代のブッシュと親交があったり、スパイ説もあったりするんだけど、国内外から「別の国の大統領を拉致して国内法で裁くなんて」という批判があった。だから、アメリカは北朝鮮の拉致問題について文句を言えないはずなんだ(笑)。

 それで最終的に麻薬が撲滅できればそれでもよかったけど、実際には違った。対麻薬戦争後の麻薬市場は、5倍くらいに拡大したといわれています。

政治的捨て駒というアウトローの普遍性

萱野 アメリカの対麻薬戦争の矛盾を典型的に表しているのは、80年代のレーガン政権におけるコントラ事件ですね。レーガン政権は、反米を掲げるニカラグアのサンディニスタ政権を倒すために「コントラ」という反政府ゲリラを育成しようとします。しかしその予算をつけるためには理由が必要だから、「サンディニスタ政権がアメリカに麻薬を密輸している」という口実を作り上げました。しかしその後、米会計検査院によってその予算の有効性に疑義が差し挟まれると、今度はCIA自身がコントラに麻薬取引をさせ、それをバックアップするという形で資金援助するようになる。「麻薬との戦い」として始められたはずのものが、実際には、ゲリラを支援するためにアメリカ政府自身が麻薬取引を後押しするものになっていったのです。

宮崎 国家とアウトローの関係において、普遍的にそういうことはあると思っています。アメリカから離れるけど、アジアも同じ。私は現在、中国のマフィアについて調べているのだけれど、中国共産党の歴史を見ると最精鋭部隊はみんなアウトローだった。革命が終われば必要ないから全部粛清された。ロシア革命も同じだね。ここは萱野君の専門だと思うけど、国家は暴力も独占したいわけですね。ただし、独占するためには他の暴力を使わなければならない。

萱野 そうなんですよね。自分たちの権力を確立したり、政治的な目的を達成したりするための捨て駒としてアウトローを使うというのは、どこの国でも見られる普遍的な現象なんですよね。

宮崎 使われるアウトローたちも賢いから、利用されているのをわかった上で、持ちつ持たれつの関係が維持される。

萱野 単に利用されるだけではなく、アウトローのほうも自分たちの利益をちゃんと確保していくわけですね。

宮崎 そうですね。特に中国が改革開放経済【註1】になってからは、目立った傾向というのがあります。それまでの毛沢東路線は、かなりイデオロギッシュな締め付けをしていて、非合法的存在に対して規制は厳しかったけど、開放された瞬間からアウトローに対する締め付けも緩くなっていったんです。

 それで、大組織はもちろんだけど、国内各省の政府と地元のアウトローの結びつきが深くなり、その結果、小さなアウトロー組織がたくさん生まれてきたんです。この小さな組織が省政府の暴力装置になっていきました。

萱野 土地の収用問題なんて、まさにその暴力装置が使われていますよね。発電所や工場の建設で土地の収用がなかなか進まないとき、立ち退かない家を地元のアウトローに襲撃させるとか。

宮崎 そう、開放政策を機に大きな工場建設が進んでくると、旧秩序の生活を壊される。これに対して民衆は反発するんだけど、省政府官僚は当然私企業からカネを渡されているから、露骨な形で私企業を応援する。でも、これにも限度があるし、地方政府はその力を露骨には民衆に向けられないからアウトローに依頼することになる。だから、権力とアウトローとの関係が「正しい状態」になる。

萱野 なるほど。中国では資本主義化に伴って、権力とアウトローの関係が「正常化」されてきているわけですね(笑)。テレビ報道でも、抵抗する住民たちを襲撃しているすごい映像がときどき流れますよね。でも、資本主義の始まりなんて、もともとそんなものなのでしょう。

アポロ計画と物理学者が生んだ金融工学の功罪

萱野 では、現在のアウトローの状況を金融の面から見るとどうですか?

宮崎 アウトローは、その時どきの社会状況、特に経済の影響を受けやすいですね。日本の80年代の不動産バブルの時は20代のヤクザでも億単位のカネを動かす輩がいたけど、今のような不況ではシティホテルのラウンジでコーヒー一杯飲めない人もいる。中にはファストフード店で打ち合わせをしてる者も(苦笑)。

 その一方で、株や先物取引で儲けるケースも目立ってきた。銀行や証券会社をリストラされた人間たちが警察用語でいう共生者や周辺者となって指南しているしね。リーマン・ショックで問題になった新自由主義経済の影響は、まだあるということです。でも、これはきわめて人工的な経済のあり方。「金融工学」なんてマニアックな学問が出てきて、その学者がノーベル賞をもらったりするからね。

萱野 そもそも金融工学は、NASAのアポロ計画が中止になって、失業した物理学者たちが「今度は金融だ」ということで金融界に流れ込むことで生まれたものですからね。その意味では、宇宙開発計画に続くアメリカの世界戦略として、金融資本主義を見なくてはいけないでしょう。

宮崎 なぜかほとんど報道されないけど、アメリカの年次改革要望書【註2】の問題もある。現在の日本の動きは、金融システムはもちろん、裁判、公共事業の入札の制度までアメリカが提出する要望書に沿っていて、郵政民営化なんかその最たるもの。要望書は一応取り交わす形だから、日本側も要望を出しているけど、形式的。実態は、アメリカが一方的に押し付けてくる「命令」です。

 その結果、新自由主義経済も受け入れざるを得なくなった。新自由主義の特徴はいくつかあるのだけど、まずは実体経済とは離れていることで、これはバブル型経済の推奨です。

 以前の要望書は、内需、つまり「国民の消費をどうするか」というのが大きな課題だったけど、新自由主義経済ではカネの動きがどうなるかが中心になります。となると、経済をコントロールするのは「民衆の消費動向」でなく「法」になってしまう。つまり法律が経済をコントロールしていくんです。

 本当のカネは少ししかないのに、レバレッジ(てこ)をきかせて何十倍、何百倍もの価値があることにするのも合法で「法律で許されているからいいんだ」ということもある。これは法律上は正しいかもしれないけれど、実体経済としてはまったく歪んだものです。

 こうして「頼れるのは法律だけ」となってくると、法律をつかさどる人間が強烈な愛国心もどきの問題意識を持って、「自分たちが国家運営の最先端だ」とかいう間違った使命感を持って走り始めたのが小泉政権以降の流れであって、それは司法官僚によるクーデターに近い状況だと思います。でも民衆は「法律を守ろう」とか「厳罰化を進めよう」とか「郵政は民営化しよう」とか言われると、これが正しいことだと思ってしまって「そうだ!」とうなずいてしまった。でも、結局、自分たちが食えなくなってしまった(苦笑)。

萱野 結局、民衆は溜飲を下げたつもりが、自分たちの首を絞めているだけなんですよね。

宮崎 だから、こうしたことのリバウンドとして自民党政権が崩壊したんです。

萱野 アメリカの金融機関への公的資金注入もひどいですよね。財源は一応「アメリカの」国債ですが、その赤字国債は日本や中国が買っているわけですから。金融機関幹部のボーナスも、われわれの懐からってことです。

宮崎 ぼったくりは、アウトローより、むしろアメリカそのものなんだよね。本来はアウトローが洋の東西を問わずに存在することで経済が回ってきたのに、無理な厳罰化や締め付けをすることで地下化が進む。これでは構造が見えにくくなり、逆効果になってしまうと思う。でも、それはアメリカや日本だけではなく各国で見られる現象で、このツケがいろいろな形で表面化し、問題になっていることを肝に銘じなければならない。

(構成/上野 蓮)

【註1】中国の改革開放経済
1978年に始まった経済の民主化政策。経済特別区の設立や農業政策の推進などが中心で、中国の経済力が高まった。

【註2】アメリカの年次改革要望書
アメリカ合衆国政府が日本国政府に対しての「要望」をまとめた公文書で、1993年から毎年10月に提出されている(日本語仮訳がアメリカ大使館公式サイトで閲覧可能)。

宮崎学(みやざき・まなぶ)
1945年、京都府生まれ。早稲田大学在学中は日本共産党・民青系学生運動に参加。その後、「週刊現代」(講談社)記者を経て、『突破者』(南風社、現在は新潮文庫)で作家デビュー。近著に『近代ヤクザ肯定論』(筑摩書房)、『談合文化論』(祥伝社)など。

萱野稔人(かやの・としひと)
1970年、愛知県生まれ。津田塾大学准教授。哲学者。著書に『カネと暴力の系譜学』(河出書房新社)、『金融危機の資本論』(青土社/本山美彦との共著)など。

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