夢の"映画館支配人"になる方法、伝授します!

──06年には3062カ所、08年には3221カ所と、増加する映画館のスクリーン数。だが1スクリーンあたりの興行収入は、98年の年間総額約9708万円から、10年後の08年には5800万円まで落ち込んだ。逆風の中を耐える個性派劇場の、生き残り戦略とは?

(C)2005『実録・連合赤軍』制作委員会 2008年に単館系で大ヒットした若松孝二監督の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』。若松監督は無事製作費を回収し、新作『キャタピラー』は海外の映画祭への出品を予定。同監督は名古屋のミニシアター「シネマスコーレ」のオーナーでもある。

 06、08年には邦画の興収成績が洋画を上回り、"邦画バブル"と報じられた日本映画界。映画の歴史にほぼ等しい"100年に一度の大不況"に見舞われた昨秋以降、どのような状況になっているのだろうか? 『日本映画のヒット力 なぜ日本映画は儲かるようになったか』(ランダムハウス講談社)などの著書を持ち、映画興行に詳しい映画ジャーナリストの大高宏雄氏を訪ねた。

「今年の邦画興収ベスト10を見ると、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』『ヤッターマン』がランクインしているほかは、すべて東宝配給作品です。さらにいえば、ベスト10入りしている作品は『ROOKIES 卒業』『20世紀少年』『アマルフィ』と、テレビ局製作によるものばかり。ヒット作に限れば、今や日本の映画界はテレビ局が製作した作品を映画会社が配給することで回っているというのが現実です」

 一方で単館系の作品では、昨年は若松孝二監督の『実録・連合赤軍』などがヒットしたが、今年は西川美和監督の『ディア・ドクター』、堺雅人主演『南極料理人』などが健闘したほかは、これといったヒット作は生まれていない。かつて『アメリ』をロングランヒットさせ、ミニシアターブームを起こした映画配給会社トルネード・フィルム代表の叶井俊太郎氏も渋い顔をする。

「ついこの間まで邦画バブルと言われ、うちも調子に乗って去年『ギララの逆襲』を全国公開したんだけど、厳しい結果だったよ(苦笑)。以前は作品自体が大ヒットしなくても、後からDVD化することで製作費を回収できていたけど、昨秋からの不況もあってセルもレンタルも不調。うちに限らず、一部の大手を除いて配給会社はどこも大変。『アメリ』の頃と違って、製作費の早期回収が求められる今、"ロングランヒット"という概念は消えたね」

 テレビ局製作映画がシネコンで大ヒットする裏で、地味ながら人間ドラマを丁寧に描いた単館系の作品はヒットしにくい状況に追いやられているようだ。そんな中で、ミニシアターや名画座といった街の小さな映画館は今、どうしているのだろうか?

自主配給、ジャンル特化……試行錯誤する各劇場

 渋谷区円山町に06年、新感覚の名画座として登場したシネマヴェーラ渋谷。番組編成を手がける内藤篤氏は、普段は弁護士として活躍する変わり種オーナーだ。07年には神保町シアター(千代田区)が開業、今夏からは銀座シネパトス(中央区)が"名画座宣言"をするなど、名画座リバイバルの風が吹いてきたようにも思えるが……。

「いやいや、経営は楽じゃありませんよ(苦笑)。確かに名画座は都内で増えていますが、必ずしも当たっているからではないんです。ヒットするかどうか読めない新作に比べれば、名画座で上映する旧作はフィルム貸し出し料が比較的安い固定額で、低いレベルでですが、安定した動員が見込めます。また、増加したシネコンが単館系の作品も上映するようになったため、ミニシアターで上映する作品数が足りず、代わりに旧作の上映数が増えているというのが実情でしょう」

 あまたの名作の中からこだわりのプログラムを組むことを夢描き、名画座経営を始めた内藤氏だが、映画業界の現実に驚いているとも言う。

「倉庫代が惜しいという理由で、映画会社が古いフィルムを次々と処分しているんです。メジャーな映画会社でも、DVD用にニュープリントすると同時に廃棄している。自由に上映できるフィルムが、どんどん減っているんです。どこの名画座も編成が似通っているのはそのため。うちでは自衛手段として、著作権が切れたパブリックドメインの16ミリ作品を独自に購入し、相当数のフィルムをストックしています」

 都内でトリウッド(世田谷区)とポレポレ東中野(中野区)、2館の支配人を務める大槻貴宏氏も、「映画館にとって一番怖いのは、お客さんが入らないことよりも、上映する作品がない状態に陥ること」と言う。

「だからうちではインディペンデント系の作品を積極的に発掘し、自主配給もやっています。おかげさまでトリウッドは日本初の短編映画専門館として認知され、4000万円かかった初期費用を開業10年目の今年、ようやく返済できました。ポレポレ東中野もドキュメンタリーを中心に、熱心なお客さまに支えられています」(大槻氏)

 同様に、上映作で独自性を強く打ち出しているのが、シアターN渋谷(渋谷区)。都内屈指のホラー映画館として知られるほか、音楽ドキュメンタリー、毎夏の反戦映画などジャンル映画に特化することで、コアなファンを動員している。

「ナチス党大会の記録映画『意志の勝利』を今年上映したところ、反響が大きく、10週間の上映になりました。事前にドイツ大使館とイスラエル大使館に"反戦について考えるための上映"とFAXを送るなど、十分配慮しました。小さな映画館はどこも苦しいと思いますが、ブレずにどれだけ独自性をキープできるかが鍵になるのではないでしょうか」(近藤順也支配人)

各地方に広がる"コミュニティシネマ"

シネコンに占拠されてきた地方都市でも、最近になって「街の映画館」を作る取り組みが進んでいる。埼玉県深谷市にある深谷シネマは、02年に開館した客席数50席の小さな劇場だが、人口15万人の同市にあって、年間約3万人を動員する奮闘ぶりを見せている。また、ここはシャッター通りと化していた商店街の銀行跡を改修して映画館にリニューアルしたユニークさでも着目されている。改修費700万円はTMO事業(Town Management Organizationの略で、街づくりを推進する事業)の補助金で、椅子や機材などの備品代250万円は市民からの寄付で賄った超低コスト映画館だ。

「うちはNPO法人なので大儲けは考えず、街の人に喜んでもらえる作品の上映を心掛けています。シネコンと違って、常連さんたちと言葉を交わしながら運営できるところが、街の映画館の良さでしょう」(竹石研二支配人)

 深谷シネマのように自治体と協働して、街おこしにひと役買う映画館は"コミュニティシネマ"と呼ばれ、シネマテークたかさき、佐賀シアターシエマ、シネマまえばしなど全国各地で増え続けている。シネコンを核とする巨大ショッピングセンターが引き起こしたシャッター通り化という現象を、コミュニティシネマがわずかながらでも解消しようとしているのは興味深い。

「映画館を始めることで空き店舗活用になるし、お客さんをシャッター通りに呼ぶことができ、少なからず雇用促進にもなる。一石三鳥ですよ(笑)。劇場運営がうまくいくかどうかは、その地域で、映画と街と人を愛する人間がいるかどうかでしょうね」と50歳から映画館経営を始めた竹石支配人は語る。覚悟さえあれば、映画館経営はまったくの夢物語ではないようだ。

(取材・文/長野辰次)

意外と安い? やっぱり高い?
名画座開業&運営ハウマッチ?

 映画マニアなら、一度は夢想する名画座経営。果たして、その夢をかなえるには、いかほどのマネーが必要か? シネマヴェーラ渋谷を建てた内藤氏に尋ねたところ「繁華街に100坪のテナントを借りるとして賃料が1カ月約200万円と考え、まず不動産用に礼金込みで1600万円が必要。さらに映写機や椅子代などに2000万円、音響を含めた内装に2000万円。ざっと5000~6000万円あれば、ひとまず映画館を作れます。でも、その後の運営が大変ですよ(苦笑)」

 一方、深谷シネマは空き店舗を活用することで、テナント料を毎月12万円と低料金に抑えることに成功している。年間約4500万円の支出(円グラフ参照)で、昨年まで無事赤字を免れている。

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