自民党が陥る"与党ボケ"と復活を目論む保守政策の真意【後編】

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自民党が復活する"10年後"を見据えた保守政策

神保 河野さんが総裁選で打ち出した、「小さな政府」や「構造改革の徹底」という主張からは、党内にも、あるいは日本全体にも、小泉改革の負のイメージを受け取った人が多かったのではないかと思います。

 おっしゃるように小泉改革には、日本の経済活動の足かせとなっていたさまざまな規制やしがらみを取り去る功績があったのと同時に、これまで政府が面倒を見てきたセーフティネットを外したことで、社会から投げ出される人を大量に出てしまった、という負の面があり、それが小泉改革への批判や嫌悪の根底にあることは否定できません。河野さんは構造改革を訴える中で、小泉改革というものをどう位置づけていますか?

河野 「小泉改革」と呼ぶかどうかは別として、これ以上財政赤字を増やせば、金利が上がった途端に予算が組めなくなるので、構造改革はやらざるを得ません。少なくとも、これまでのように借金を上乗せして再分配することはできない。「中央から地方へ、官から民へ」という小泉さんの主張は、全く正しいのです。

 しかし、いくつか反省点があります。構造改革においては、ある産業が別の産業に移ることが必須ですから、綱渡りの期間にはセーフティネットがなければいけませんが、社会保障の予算に手をつけたのが間違いでした。人口が逆ピラミッドになる中で、年金・医療・介護などは、「聖域」云々ではなく、政府が資金を投入しなければ成り立たない。そのためにもほかを削るんだ、と言うべきでした。構造改革自体ではなく、その手法が間違っていたと言えます。

宮台 民主党の主張はキレイゴトです。「外需で回る経済圏」を樹立するには、国外への資本移動か、雇用規制撤廃による雇用リスク低減が必要で、派遣規制どころじゃない。他方「内需で回る経済圏」を樹立するには、地域の経営企業体としての自立が不可欠で、物流コストと移動コストを低減する高速道路無料化が必須です。「大都市に吸い出される」どころか「隣町に吸い出される」かもしれない地域間競争を戦う必要がある。民主党の主張は外需も内需もキレイゴトです。

 それとは別に、米国には市場主義の帰結が「意欲」と「公正」に影響を与えないようウォッチしようという姿勢がありますが、小泉改革は将来不安による「意欲」減退を招き、貧困の悪循環化で「公正」維持にも失敗しました。キレイゴトを排し、意欲と公正をスポイルしない、「外需で回る経済圏/内需で回る経済圏」の支援策が必要です。それを踏まえると、河野自民党の進むべき道は、コレは「地域の自立を助けるため/国際競争力を高めるため」の政策だとする民主党に、ソレは「地域の自立を阻害する/国際競争力を殺ぐ」とキレイゴトを掣肘する役割です。

河野 自民党の出番が来るのは、今年や来年というタームではなく、おそらく10年はかかると思います。10年間言い続ければしっかり伝わるでしょうし、大きな政府の再分配で税金も増えていけば、違った議論が出てくると思います。つまり、票は後からついてくる。まずは旗印を明確にして、理解を促していくのが我々の仕事で、来年の参議院選挙、4年後の衆議院選挙のために旗印を変えてしまっては、将来がないのです。

神保 河野さんは先の総裁選で、党の理念として「健全な保守」を掲げてきましたが、日本において保守が保守すべき対象、つまり保守が守らなくてはならない日本とはなんだと思いますか?

河野 根本的なことを言えば、汗をかいた人が報われる、公平な競争環境を守るということです。それを担保するためにどうすればいいか、ということを考えるのが、健全な保守であると考えます。

 冒頭にあったように、保守とは、アメリカとヨーロッパでも全く違う概念ですし、同じ言葉で括っていいのか、という議論はあると思いますが、自民党が目指すもの、あるいは二大政党の片側の党として、立場を明確に示さなければいけないと思うのです。努力をした人は報われ、努力をしたくてもできない人は、仲間で助け合う。それでもダメな時は、政府が手を差し伸べる、という考え方でなければ、今後の日本の発展はありません。

宮台 グローバル化が進めば「小さな国家」以外ないので、これを補う「大きな社会」にするしかない。この立場はもともと保守のものですが、保守概念は日本で使いにくい。米国流保守も欧州流保守も「悲劇の共有」があります。欧州ではフランス革命後のギロチン政治。米国ではアングリカン・チャーチによる迫害。日本には「悲劇の共有」がないので、どんな悲劇から何を守るのかわからない。敗戦も「悲劇」としては意識されず、また天皇を革命勢力が利用する伝統ゆえに、天皇を掲げることが保守か否かもわからない。

 唯一保守概念が意味を持ったのは冷戦体制下の「共産主義の拒絶」。「共産主義の拒絶」を言い換えると「努力した人が報われる社会」。でも冷戦が終わると、それも続かない。97年に政権を取る英国労働党の「第三の道」が典型ですが、左翼も「弱者への再配分から、動機付けのある人への再配分へ」と「努力した人が報われる社会」を主張し始めます。グローバル化の下ではどんな国も「小さな国家×大きな社会」で行く他ない以上、どこも「努力した人が報われる社会」を目指す他ない。つまりそれだけじゃ、保守の十八番にならない。

河野 例えば、アメリカであれば「政府は悪だ。各州の力を高めて、政府の介入を避けよう」という発想があります。日本では"御上"ですから、アメリカのような保守的イデオロギーがない。そうなると、政府は税金を無駄遣いする非効率な存在だ、という直近の事例を挙げて、小さな政府を訴えていくしかないんです。それが有権者の心にストンと落ちているかは非常に疑問ですし、保守に代わる適切な言葉があればとは思うのですが。例えば、保守と言いながら構造改革を訴えると、「保守なのに改革するのか?」という反応もある(笑)。

宮台 保守の本義たる「国家介入を排した社会保全」の実現には改革が必要だとするのは矛盾しない。共産主義社会を改革せずして自由主義社会は訪れません。ところが日本の保守は、自明性に埋没した「思考停止」か、国旗国歌に噴き上がる「思考停止」かのどちらか。

「国家介入を排した社会保全」のために頭を使いまくる保守の本義から遠い。それを踏まえて民主党と河野自民党を比べると、「社会保全」の厳しさを覆い隠すキレイゴトの党と、厳しさを告げる党という対立軸が際立ちます。どのみち財政破綻でキレイゴトで済まなくなりますが、政党や政治家の真価が問われる時です。

河野 キレイゴトでなければ、伝わるのに時間がかかると思います。だからこそ、早期に主張を明確にすることが大事になるのです。

神保 河野さんは総裁選で、ご自分の主張を明確にされたと思いますが、今は、河野さん以外にはっきりと旗を立てている人が見当たりません。党のアイデンティティが不明瞭な中で、下手に旗なんかを立てると、党内からの幅広い支持を得る上で、かえって不利になるような気さえします。そうした状況の中で今後、河野さんが次の自民党総裁選までにどのような党内の支持を、そして国民の支持を集めていくかに注目したいと思います。

宮台 自民党は、自明性に埋没してハッキリものを言えない人と、土建屋政治や国旗国歌を含めて国家介入が当然だと思う人の集まりで、国際標準の保守から遠い。安倍自民党や麻生自民党と同じく谷垣自民党にも未来がない。日本を良くするには「国家介入を排した社会保全」が必須で、「社会保全」には甘言に諌言で臨むことが必須だから、河野さんがイデオロギーのオナニストを排して自民党を乗っ取る必要がある。乗っ取り成功を愛国者として祈念します。

(構成/神谷弘一 blueprint)

『マル激トーク・オン・ディマンド』
神保哲生と宮台真司が毎週ゲストを招いて、ひとつのテーマを徹底的に掘り下げるインターネットテレビ局「ビデオニュース・ドットコム」内のトーク番組。スポンサーに頼らない番組ゆえ、既存メディアでは扱いにくいテーマも積極的に取り上げ、各所からの評価は高い。(月額525円/税込)

河野太郎
ジョージタウン大学卒業後、富士ゼロックスなどを経て96年衆院初当選。以降、総務大臣政務官、衆院外務委員長などを歴任。


神保哲生
ビデオジャーナリスト。ビデオニュース・ドットコム代表。代表作に『ツバルー地球温暖化に沈む国』(春秋社)など。


宮台真司
首都大学東京教授。社会学者。近著に『日本の難点』(幻冬舎)、『14歳からの社会学』(世界文化社)など。


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