EUの発展に学ぶ地方都市の再建
神保 自民党はもともと農村にベースを置きつつ、日本の工業化を進め、経済成長の恩恵を公共事業等の形で農村に再配分することで、権力基盤を維持してきた政党だったと思います。しかしながら、高度成長が終わり、利益配分自体が困難になった今、長年通用した自民党の勝利の方程式は、もはや通用しないと指摘する人がいます。そうした中で、自民党はどうやって新たな権力基盤を作っていくべきだと、河野さんは考えていますか?
宮台 農村過剰人口を都市部に移転して重化学工業を興し、アガリを公共事業で農村に再配分する。問題は「経済成長が終わったら通用しなくなる」時限図式だったこと。疲弊した農村の再生をどうするか、大都市に集中した人口をどう分散するか、ネクストステージのプランがなかった。加えて、日本の製造業独り勝ちを背景に、80年代末から米国が、農産物自由化、大店法緩和、400兆円公共事業など内政干渉的要求をしてきたのに、いざとなったら米国に守ってもらえるとの口実で受け入れた。冷戦終焉後から「対米追従が国土疲弊をもたらす」図式が働き始めたのに、自民党は「いざとなったら」図式を温存した。
河野 勝利の方程式があまりにもうまくいってしまったから、次の段階のことを考えていなかった、ということは確かにあると思います。問題なのは、経済成長率が落ちていく中で、借金をして分配していたこと。それが立ち行かなくなり、純粋な経済成長だけで再配分を行わなければならなくなった時に、本来なら建設業等の構造転換をする必要がありました。小泉改革では、これに着手していたんです。それをきちんとやり切ることができれば、新しいモデルができていたはずが、"痛み"に耐えかねたのは自民党だった。元には戻れないのに、改革を捨てて逆行しようとしたのが間違いでした。そして、経済成長が緩やかになる中で、政府は非効率な再配分から手を引かなかった。10%の経済成長があれば、訳のわからない財団法人だの独立行政法人だのという天下りのシステムに金が流れていても、まだ配分はできるけれど、2〜3%の成長になった時には立ち行かなくなる。単純に、官に対して「時代は変わった」と言えば済んだ話なのですが。
宮台 問題は思考停止。従来のやり方だと続かないから別のやり方で、という議論を誰もしなかった。原因は「政権交代不在」と、それをもたらした「作為の契機の不在」。これは丸山眞男の概念で、社会は放っておけば自然の如く永続すると見做す日本の政治風土です。自民党の農村基礎票が揺らぐのは92年からですが、自民党政治をやめるとは「欧米同様の地域主権化を遂げること=中央にぶら下がるのをやめて、地域が自立した経営企業体になること」。でも当時の日本人には無理な話。今は財政の逼迫で中央にぶら下がれる時代はもう終わりですが、高速道路無料化に「吸い出される」と悲鳴を上げる体たらく。地域の経営企業体化も無理っぽい。自明性崩壊を前に「なぜ続かないんだ!」と憤懣して思考停止。「大丈夫だ」と言ってくれる議員――民主党議員も含めて――に票を与える。小泉改革では、地域に任せず、政府が新しいフレームを地域に押し込む形にすべきでした。
河野 北海道から九州まで、ひとつのフレームを押し込むことは、現代では難しいと思います。各地域の多様性を踏まえて中央から新たなフレームを規定していくことも、昭和40年代だったら可能だったかもしれませんが、この時代には成功しないのではないでしょうか。今の日本の地方というのは、ベルリンの壁崩壊以前の東ヨーロッパの衛星国のようなもので、ほとんど自力で立っていられないような状況です。このまま沈没を待つか、苦労はしても将来のために打って出るか。打って出るしか選択肢はなく、それならば地域に力をつけさせなければいけません。そこで父親のように「お前はこれをやれ」というのは、壁は壊れたけれど共産圏でやりましょう、というようなものです。東ヨーロッパも、自由化の後は共産圏に戻そうという動きがあり、それを乗り越えてEUに入って発展しているわけですから、日本の各地域にもそのプロセスは必要でしょう。
宮台 わかります。民主党も本当はそう言いたいのでしょう。でも、言って負けたのが小泉自民党。河野さんが言う「小さな政府」は必然ですが、地方の人々にとって「傷口に塩をすり込まれる」感覚です。
河野 小泉改革で地方が疲弊したんだ、と言う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、例えばG8がG20になり、8分の1だったものが20分の1になった。あるいは、上海やシンガポールに行って、家電の店に入ると、メインストリームに日本の製品はありません。つまり、日本の相対的な地位はドンドン落ちていて、それは地方の方も気づいているんです。
日本が衰退する一方なのに、地方が発展することはありえない。日本人は何も考えていないわけではなく、「日本がダメなら地方もダメだ」と考える人も増えているんです。問題は、それがどれだけ広がるか。全国に行きわたるにはまだ数年かかるでしょうし、自民党の再生にも同じくらいの時間が必要でしょう。自民党がしっかりと主張を続ければ、その時期が一致して「戻ってこい」ということになると思います。
宮台 「外需で回る経済なくして、内需で回る経済なし」は、工業国日本の真理です。問題は「外需で回る経済」をどう作るか。かつて日本は世界一の加工貿易国家として外貨を稼ぎました。外需で豊かになると、内需が後からついてきた。今は違う。外貨を稼ぐには日本の労働者はインドや中国の労働者と競争するしかなく、労働分配率が下がる。「外需で回る経済圏」だけじゃ「内需で回る経済圏」は生じない。労働分配率を上げるには相対的に別立てで「内需で回る経済圏」を創出する必要がある。それがあって初めて「経済回って社会回らず」の弊を取り除けます。内需保護の基本は農業保護。それを意識してか藤井財務相の「内需喚起のための円高容認」発言ですが、それだと中国野菜が入り放題。円高容認は短期には内需振興ですが、国内野菜が壊滅すれば長期では内需基盤が崩壊する。国内野菜の保護には、価格支持政策をやめ、国際標準の所得支持政策に変えるべきです。それで高関税が撤廃できればFTAにも乗り出せる。抽象的には、一定の公正なベースを提供し、その上で競争させ、「農家らしい農家」を市場に選別させること。「再配分主義か市場主義か」の二項図式ではなく、「市場競争を通じた淘汰のための再配分」です。
河野 内需振興は、もちろん必要です。しかし重要な問題は、かつて加工貿易で良いものを売っていた日本が、今は売り負けていること。つまり、内需振興の前に産業を強くして、加工貿易で勝てる状況を作らなければいけない。そのためには、政府が余計なことをしないことです。例えば、半導体のコンソーシアムを作るごとに、世界的シェアは減っていきました。JALが悪くなったのも国交省航空局の政策の間違いが大きく、特別会計で地方空港を作り、立ち行かなくなったら「お前たちが悪い」ではたまらない。政府が介入して企業を弱めてきたことを認めて、まずはそれを逆転させなければなりません。かつては賃金や資本コストの安さで勝てていましたが、経済がグローバルになった以上、無駄な重りがあってはいけない。まずは政府が付けていた重りを外すから、自力で泳いでみてくれ、というのが大事だと考えます。
現実に政策の議論をする時は、市場主義による経済成長と再分配が100対0ということはありえませんが、結果として中庸な政策を打ち出すとしても、党として振る旗は明確なものでなければいけません。中庸なものが2つあって、そこで議論しても良いものはできませんから。