最新作『アサルトガールズ』を自ら語る!
(写真/細居幸次郎)
──新作を発表するごとに、世界の注目を集める映像作家・押井守。この12月に公開される『アサルトガールズ』は、実に8年ぶりとなる長編実写映画だ。だが、これまでの押井作品に顕著だったストーリー上の難解さが消え、単純明快なアクションエンターテインメント作品に仕上がった本作に、観終えたファンたちは少なからず驚くだろう。一体、押井監督の身に何が起きたのだろうか?
──毎回、押井作品には驚かされますが、『アサルトガールズ』には今までとは違う驚きを感じました。
押井 それはさぁ、『アサルトガールズ』にはストーリーもメッセージも何もないということだよね? 本当に何もないよ(笑)。
──監督の口から、「何もない」だなんて(苦笑)。では、近未来のバーチャルゲームを題材にしていた『アヴァロン』の世界観を使って、黒木メイサ、菊地凛子、佐伯日菜子という3人の女優が演じるキャラクターを自在に動かした、"世界観"ありきの作品ということですか。
押井 『アヴァロン』は細かい世界観を用意していたけど、それに比べれば今回は世界観と言えるほどのものではないですよ。脚本は8ページもなかった。プロデューサーが、脚本を製本するかどうか悩んだくらい(笑)。本当は脚本もなくてもよかった。メイサたちを荒野に置いて、ひたすら歩かせるつもりだった。でも、「まったくストーリーがないのは勘弁してくれ」とプロデューサーに頼まれ、必要最低限のストーリーだけ入れたんです。
──一体、本作撮影で押井監督の身に何が起きたんですか?
押井 結局ね、『アヴァロン』にしても『攻殻機動隊』『イノセンス』、それに『スカイ・クロラ』も、"あの世"の話だということに気づいたんです。あの世とこの世を行ったり来たりする人の話なんですよ。陰鬱な世界なのは、そのため。鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』と同じ世界。映画のつくり手は必ず、"死生観"にハマる時期があるものなんです。宮さん(宮崎駿監督)の『千と千尋の神隠し』や『ハウルの動く城』も、あの世の話でしょ。『崖の上のポニョ』だって、あの世を明るく描いたものですよ。北野武監督の『ソナチネ』『HANA-BI』も死生観の映画。ボクも、ずっと前からそういう世界を描き続けていたわけです。ボクが電脳空間や仮想空間といった虚構世界と相性が良かったのは、あの世と似ていたから。あの世にずっと片足を突っ込んだ状態だったけど、いい加減いいやと思ったということです。
──あの世から無事に帰還されたわけですね。何かきっかけがあったんでしょうか?
押井 体が元気になったということです。数年前から空手を始めたこともあるかもしれないけど、一番の原因は更年期が終わったということだね(笑)。体が元気になると、自然と美しいものに魅了されるようになった。『立喰師列伝』(06)で、知人【注:鈴木敏夫プロデューサー、樋口真嗣監督ら】に声を掛けて、土方のおっさんとかを演じさせて撮ったんです。身内をいじって楽しんでいた。でも、映画は面白がって撮っていると、必ず逆襲に遭う。撮影しているうちに嫌気が差してきて、心がささくれ出したんです。そんな中で女優の兵藤まこさんに1日だけ来てもらって撮ったところ、すごく気持ち良くて、ささくれが治っていった。それで、"映画は女優を撮るもの"だと確信したんです。
「実写版『うる星やつら』だって『撮って』と言われれば撮りますよ」
──従来の押井ファンにとっては、本作は衝撃の大変身を遂げたものになりますよね。
押井 気分の問題だから、今後はどうなるかわかりません。そのうちまた、陰鬱としたものをやるかもしれない。でも、今のいい気分で撮ったものがこの作品。これまでは女優を撮るときは、足首だとか手だとか関節にこだわってフェティッシュに撮っていたけど、今回は女優の顔を堂々と撮っています。スチールカメラマンも衣装やアングルを工夫して、女優の美しい写真を撮ろうとするけど、ボクの場合は映画監督だから彼女たちに設定を与えることができる。そして、その設定の中で、彼女たちをどう美しく撮るか。彼女たち自身が気づいていないような美しさを引き出せれば、演出する立場として大きな達成感が得られる。その延長線が映画的なものになれば理想だなと考え、短編【注:オムニバス映画『真・女立喰師列伝』(07)、『斬 KILL』(08)の中にそれぞれ『ASSAULT GIRL ケンタッキーの日菜子』、『ASSAULT GIRL2』を収録】で試してみたんです。ある程度、確証がつかめたんで、中間総括という意味合いで『アサルトガールズ』を撮ったわけですよ。
──アニメ制作と違って、伊豆大島でのロケということも、作品に大きな影響を与えていますよね?
押井 三原山周辺の荒野に立つメイサたちが、風をはらむ姿を反射神経のみで撮った作品です。伊豆大島に2週間滞在したんだけど、撮影中はずっとハッピーだった。大島は夜になると霧が出て遭難するから、日が沈んだら宿に戻って毎晩ビール飲んで、DVDを観てる生活(笑)。ボクもハッピーだし、現場にいた人間は、みんなハッピーでしたよ。あとは、お客さんがハッピーになるかどうかだけだね(笑)。
──昨年上梓された『凡人として生きるということ』(幻冬舎)の中で"名声と富と美学の3つを同時に追うことはできないが、2つを追うことは可能だ"と言われています。『アサルトガールズ』は、3つのうちのどれを狙ったものですか?
押井 映画祭に呼ばれて、賞をもらうような作品じゃないな(笑)。大儲けも難しいだろうね。でも、ボクの実写映画は、大ヒットはしないけど、大ハズしもしない。美女とミリタリーを出しているから、そこそこは行くはず。今回は美しさを求めたものだね。今後はね、なんでも撮るつもりです。自分の企画じゃないとダメとか、これはやりたくないとかがなくなった。監督の中にある人生観とか死生観とかは、否応なしに作品の中に出ると思いますから。『駅前』シリーズでも『社長』シリーズでも、なんでも撮りますよ(笑)。
──黒木メイサ主演で実写版『うる星やつら』なんて企画でも?
押井 やれと言われればやりますよ。三池崇史監督が実写版『ヤッターマン』を撮ったようなものですよね。実際に『うる星やつら』の実写企画は以前ありました。もちろん、ボクが撮るからには、ボクなりの方法論の作品になりますよ。悟りの境地といった大げさなものじゃないけど、こだわりすぎて難解なものを作ってしまうよりは、そのほうが楽だし、自分も周りも観客もハッピーになるわけです。
海外セールスが良かったのは、『攻殻機動隊』より『アヴァロン』
──海外マーケットについては、どう考えていますか? 今回の『アサルトガールズ』の台詞は、ほぼ英語によるものです。海外を意識したのでは?
押井 今回の作品は狙ったものじゃないけど、海外の人でも簡単に理解できる作品ではあるよね。でも、海外マーケットを狙うんだったら、海外ロケで外国人キャストを使うでしょう。実際、ボクの作品の中で海外セールスが一番良かったのは、外国人キャストを使った『アヴァロン』なんです。欧州だけでなく、イスラエルや南アフリカ、ルーマニア……と世界中で(配給権が)売れましたから。『攻殻機動隊』が売れたのは北米、欧州、香港、台湾ぐらい。『アヴァロン』は製作費6億円かけたけど、回収しているはずです。
──ちなみに今回の製作費は?
押井 1億円くらいです。でも、それは知恵を絞りに絞り、旧知のスタッフに無理を言って頼んだからであって、本来なら不可能な数字。予算さえあれば、『ロード・オブ・ザ・リング』三部作みたいな本格的ファンタジーをやりたいですよ。とりあえず、今回はやれる範囲でやってみようということです。ひょっとすると、どこかからお声が掛かるかもしれないでしょ? 『ハリー・ポッター』シリーズは1作に100億円予算を投じて、ちゃんと回収できている。それだけのお客さんがいるということです。ま、1億円規模で製作した今回の『アサルトガールズ』が、世間にどう受け入れられるかでしょう。
──最後に、押井監督が今後も向き合っていくであろう映画業界の現状を、どのようにとらえているのか教えてください。
押井 今の時代は、誰も自信がない。だからイケメンをとりあえず揃えた"イケメン一個小隊"みたいな映画ばかり量産されている(笑)。自信がないから、ほかの人と同じようなものを作っているだけじゃないの。でも不思議な企画が通るのが、映画業界でもある。なぜ、この時代に『宇宙戦艦ヤマト』を実写で製作するのか、わからないよね? 怖いもの見たさじゃない? メイサも出演するわけだけど(笑)。
でも、いいんじゃないですか。いいと思いますよ。おかしなものを作るのが映画なんだから。まともなものばかり作っていたら、映画じゃないよ。今のハリウッドで作られるのは、手堅いリメイクものばかり。『アサルトガールズ』をリメイクしたいという話も、すでに来ました。それだけ企画がないということでしょう(笑)。今は何を信じればいいのか、誰もわからない時代。そんな時代は、自分自身に素直になることが大事。自分の撮りたいものを撮る、そういうことじゃないですか。
(構成/長野辰次)
押井 守(おしい・まもる)
1951年、東京都生まれ。『うる星やつら オンリー・ユー』(83)で劇場監督デビュー。代表作に『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(95)、『イノセンス』(04)。実写監督作に『紅い眼鏡』(87)、『アヴァロン』(01)など。
『アサルトガールズ』
(C)2009 八八粍・デイズ/ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント
熱核戦争後の荒廃した地表を模した、砂漠の戦場。銃器を手にフィールドを駆ける、3人の美しき女ハンターたち。激しい戦闘の末に、突然変異の超大物〈マダラスナクジラ〉を仕留めるのは、果たして誰か──? 監督・脚本/押井守 衣裳デザイン/竹田団吾 音楽/川井憲次 出演/黒木メイサ、菊地凛子、佐伯日菜子、藤木義勝 配給/東京テアトル 公開/12月19日よりテアトル新宿、池袋テアトルダイヤほか全国順次ロードショー
『アサルトガールズ』とあわせて見たい押井守作品
『アヴァロン』
(01年1月)非合法の仮想戦闘ゲーム『Avalon』が流行する近未来。女プレイヤー・アッシュは、隠れキャラの存在を知る。それがかつての仲間を"未帰還者"にしたと知りながらも、彼女は新ステージを目指す――。全編ポーランドロケ、実際の重火器を使用した撮影などでも話題を呼んだ。『イノセンス』
(04年3月公開)電脳化された人間と、サイボーグ、ロボットが共存する2032年。作り物の体(サイボーグ)とわずかな自前の脳を持つ公安9課の刑事バトーが、少女型ロボットが暴走を起こした殺人事件の真相を追う物語を描きながら、人間とは何であるのかを監督は丹念に探ってゆく。『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』
(08年8月公開)ショーとしての戦争が行われる平和の時代。戦闘機に乗って空中戦を繰り広げ、そこで撃墜されない限り永遠に思春期の姿のまま生き続ける「キルドレ」と呼ばれる子どもたち。『アサルトガールズ』にも出演する菊池凛子がメインキャストの声優を務めた。