――パブリックレビュー版がリリースされたグーグルの新サービス「ウェーブ」。その先進的機能は各所で話題を呼んでいるが、いささか期待が過剰な面もあるようだ。同サービスは、今あるコミュニケーション方法を飲み込んで変化させる"波"となれるのだろうか――。
迫り来るグーグル・ウェーブの波、乗りこなせずに振り落とされる人も出てくるはず。
グーグルの新しいコミュニケーションサービス「ウェーブ」が、いよいよ一般公開された。今春に開発が発表されて以来、非常な期待を持たれていたが、9月末に約10万人のユーザーを対象にしたパブリックレビュー版をリリースしたのである。日本国内でもユーザーは徐々に増えつつあるようだ。
ネット上ではさっそく「ウェーブはすごい」「これでコミュニケーションは劇的に変わる」と手放しの称賛があふれ返っている。しかし、本当にそうだろうか。アメリカの著名ブロガー、ロバート・スコーブルのように、「騒ぎすぎ。こいつは生産性をどんどん下げてしまう屑みたいなツールだ」とこき下ろす人も現れており、今のところは賛否両論という情況のようだ。
さて、ウェーブとは、いったいどのようなサービスなのだろうか。ごく単純化すると、「メールとインスタントメッセンジャーと文書共有を融合させたもの」と言えばよいだろうか。つまり、ほぼリアルタイムでほかの人とコミュニケーションを行い、しかも同じ画面上で文書や表計算のデータシート、画像、動画、音声などを共有・編集できる仕組みを持っている。
これだけだと「グループウェアとどこが違うの?」と受け止める人もいるかもしれない。だがウェーブは従来のネットのコミュニケーションツールとはまったく異なる新しい技術基盤を持っていて、これがさまざまな先進的機能を提供している。
例えば、ウェーブ上でキーボードから文字入力すると、タイプされた文字は一文字ずつサーバに送られて、相手のパソコンの画面にも一文字ずつ表示される。つまり相手がタイプしていく様子がリアルタイムで見えるということだ。この環境にお互いが慣れれば、おそらくテキストの会話の速度は極限にまで高められるだろう。
また発言の途中に自分のコメントを加えたり、すでに発言してしまったものに対しても修正することができる。そしてそうした編集行為も、その会話に参加しているユーザーたち全員の画面にリアルタイムで表示されていく。
これまでのコミュニケーションツールは、メールにしろメッセンジャーにしろ、コメントを送信したらそれで終わりで、いわば「言いっぱなし」のツールだった。ウェーブはこれを変化させ、同期であってなおかつ過去を編集できる――つまり、リアルタイム性を持ちながら、同時に過去の誤った発言をきちんと修正できるという一見相反することを両立させようという試みだ。
この過去へのさかのぼり機能は随所に盛り込まれていて、ウェーブでの会話に途中から参加したユーザーは、プレイバックという機能を使えば、その会話が新規作成された時点にまでさかのぼることができる。そこから順に、どのような会話が行われ、どのような文書が追加され、そしてどう編集されたのかを追体験できるのだ。
従来のメーリングリストでは、会話のスレッドがあちこちに分岐してしまってこんがらがり、おまけに途中から参加すると何の話題なのかさっぱりわからない――という混乱状態に陥ることが少なくなかった。ウェーブのプレイバックは、この問題を回避できる。
さらに「ボット」という強力な機能も用意されている。これは外部のサービスと通信できるプログラム群だ。たとえば「ブロギー」というボットを使うと、ウェーブでの発言をそのままブログに投稿したり、あるいはブログのコメント欄に書かれた文章をウェーブ上に取り込んで画面に表示できるようになる。ウェーブでのリアルタイムの会話を拡張して、外部のブログともリアルタイムにやりとりができるわけだ。
及第点にはまだまだ? 今後の課題と可能性
こうした驚くような新機能がてんこ盛りになっているウェーブは、さまざまな分野から熱い注目を集めている。ロサンゼルスタイムズ紙は、「グーグルウェーブはジャーナリズムをどう変容させるか」というタイトルで、取材執筆活動の新たな可能性について論じた。ウェーブを使えば、共同執筆やライブ編集、さらには読者を巻き込んだ記事修正や議論までもが可能になり、ジャーナリズムの新しい基盤になっていく可能性があるという。
しかしこうした期待感とは裏腹に、冒頭で紹介した著名ブロガー・スコーブルはウェーブに否定的だ。彼はいち早くウェーブのプレビュー版を使い込んだ結果、「これはメールよりも非生産的」という結論に達したという。
スコーブルは、メールという古くさいツールを擁護しているわけではない。彼はブログで、メールの問題点を次のように指摘している。――相手の承諾を得なくても情報を送信できるから、
迷惑メールをいくらでも送りつけられてしまう状況を招いた。しかも送信してきた相手が、いったい誰なのかを知りようもない。メールの中身の優先度を決定する仕組みも持っていない。
ツイッターやSNSなら、自分の抱えている課題をつぶやけば、誰かがその解決策を教えてくれる可能性がある。でもメールは受信者にしか送られないから、その受信者が解決策を知らなければ、なんの意味もない。
さらに、メールは検索が大変だ。企業内でメールのやりとりがたくさん蓄積されていても、自分のメールボックス以外は検索できない。おまけに会社を退職すると、メールはすべて削除されてしまう。しかしそれらのメールの過去のやりとりは、本当は貴重な集合知的財産なのではないだろうか――。
だからメールを越えるコミュニケーションシステムを構築するのであれば、これらの課題を克服するようなものを考えていくべきだとスコーブルは言う。ところがウェーブは、そうなっていない。彼の指摘するウェーブの問題点は、次のようなものだ。
(1)相手が入力している文字が表示されるのは注意力を散漫にするだけ。画面で何かが動いていると、それをつい目で追ってしまう。
(2)人間関係のマネジメントが恐ろしく低機能で、実名も表示されず、プロフィールもなく、グループ分けもできない。会社の同僚だけを表示させようと思っても、その方法が用意されていない。
(3)使い勝手が悪い。ゴミ箱が表示されているのに、どう操作すればメッセージやデータを捨てられるのかがわからない。ドラッグ&ドロップはできないし、右クリックしても「削除」が出てこない。ツールバーにも表示がない。
(4)最大の問題は、誰でも他人のウェーブ受信ボックスにメッセージを送ることができてしまうということだ。ツイッターやSNSのように事前承諾を必要としない。メールと同じで、これは情報洪水を招き、迷惑メールを氾濫させるに違いない。
いまのインターネットの最大の課題は、大爆発している情報量をどうさばき、どうフィルタリングして価値のある情報だけを自分のところへ送り届けさせるかということである。その観点からいえば、ウェーブはまだまだ未成熟と言うしかない。このまま野放図にウェーブが普及すれば、みんなノイズの山に埋没してしまうだろう。
一方で、等質性の高い集団――全員が同じメディアリテラシーを持ち、高速にキーボードをタッチタイプできて、ウェブのツールを駆使する能力を持っていれば、ウェーブはきわめて強力なコミュニケーションツールとして力を発揮することになるだろう。いずれにしてもウェーブは使いこなすのがかなり大変なツールで、すぐに社会に普及していくという可能性は現時点では低い。エッジの利いた人たちの間に徐々に浸透していく、という広がり方をするのではないかと思われる。
知らないとマズい! 佐々木が注目する今月のニュースワード
「キンドル」英語圏で爆発的な人気を誇るアマゾンの電子書籍リーダーが、ついに日本でも発売された。ただし現時点では英語しか表示できないため、日本語の本は読めない。しかしおそらく来年には、日本語書籍が登場してくるのではないかと見られている。
「ソーシャルゲーム」
ミクシィアプリの「サンシャイン牧場」など、SNS上で動くゲーム。アメリカではFacebookをはじめ、すでにこのソーシャルゲーム市場が爆発的に拡大しており、日本でもミクシィやモバゲータウン、グリーなどが相次いで参入している。
「マックブック・パッド」
「マックブック・タッチ」あるいは「マックブック・タブレット」とも呼ばれる、アップルが来年早々にも発売するのではないかと噂されている新型パソコン。キーボードを持たず、10インチ程度の液晶画面だけを装備すると予測される。iTunes Storeでの電子書籍販売が併せて進めば、キンドルに対抗する電子書籍リーダーになるのではないかともいわれている。