柳美里は初のエンタメ小説『オンエア』で女子アナの世界に何を見たのか?

(撮影/名和真紀子)

 なぜマスコミは、いや世間の人々は、女子アナのスキャンダルが大好物なのだろう? 「衝撃スクープ!」の見出しが、もはや女子アナの専売特許となった昨今、"若気の至り"から進行中の恋愛まで、彼女たちの一挙手一投足は常に週刊誌の記者に狙われている。

 柳美里の最新刊『オンエア』(講談社)は、そんな女子アナたちの心の暗部に迫った著者初のエンタテインメント小説だ。「週刊現代」(同)での連載開始時には、"芥川龍"の名で覆面作家として登場し、途中からその正体が柳美里であることを公開して話題を集めた。

 それにしても、なぜ柳美里が、なぜ女子アナを?

──そもそもは「週刊現代」編集長(当時)の加藤晴之さんに、「女子アナ小説を」と提案されたのが本作執筆のきっかけだと伺いましたが、最初はどう思われました?

 会食の席で加藤さんから言われたんですが、箸を持つ手がしばらく止まった(笑)。テレビ業界のこともよく知らなかったし、自分と女子アナのつながりもまったく見つからなかったので。でも食事をしながら、女子アナ30歳定年説とか、IT社長との合コン話を聞いたりするうちに、書けそうな気になってきて。デザートの一歩手前くらいで「書いてみます」と。

──『オンエア』の主人公は、民放テレビ局に勤める3人の女子アナです。柳さんの作品では珍しい群像劇ですね。

 ひとりの主人公に加担するのではなくて、浮遊するさまざまな声が響くような小説にしたかったんです。今の時代、ネットでもテレビでも雑誌でも、無数の声が飛び交っていますよね。でも、そのせいで自分の声が聞こえなくなったり、言葉を発しても誰の耳にも届かなくなったりしている。そういう状況を書くには、群像劇のほうがいい気がして。

──冒頭、いきなりそれぞれの生々しいセックス描写から物語が始まりますね。

 セックスシーンは編集部からの要望です。ここはまだ覆面で書いてた頃ですね。覆面にしたのも途中から正体を明かしたのも、すべて編集部の判断です。以前の私だったら断っていたでしょうけど、今回はちょうど、他者の物語を書きたいと思っていたタイミングだったので、匿名もいいかな、と。今まではどちらかというと自分を物語る小説をずっと書いてきました。最高裁で発禁処分になった処女小説『石に泳ぐ魚』も、劇作家で在日韓国人で――と、自分のよく知っている世界を描いたもの。でもそこから16年たって、そろそろ他者を物語れるかもしれない、という心境の変化もありまして。

女子アナは私人?公人?曖昧さがスキャンダルを呼ぶ

──取材は、どこのテレビ局にされたんですか?

 えーと、民放各社、ということにしておいてください。私だとは明かさずに、夜のニュース番組の舞台裏などを極秘見学しました。15時くらいから報道フロアをうろうろして、番組中はスタジオの隅で、オンエア後の反省会も、柱の陰からこっそり覗く感じで(笑)。

──「アイドルアナ」たちを間近で見た感想はいかがでした?

 自己イメージが希薄そうな人が多い気がしましたね。俳優や芸人はみんな才能があって、強い自己イメージを持ってテレビに出てきている人たちだけれど、女子アナはたまたま容姿に恵まれて学力が高くて、いい条件の就職口のひとつとして放送局を選んだだけ、というような印象を受けました。

──『オンエア』でも彼氏にセックス写真を撮らせてしまう、ガードの甘い女子アナが登場しますね。

 女子アナは会社員として就職するので、私人から公人になる意識が希薄なんだと思います。セキュリティもしっかりしていない普通のマンションに住んでたりするし、そんなに高給取りなわけでもない。個人としては、ほとんど守られていないんですよ。その曖昧なラインが見え隠れしてくるのが、スキャンダルが起きたとき。

──境界線の曖昧さゆえに隙がある、と。そこが我々のようなマスコミはもちろん、一般人も付け入りやすい部分なのでしょうね。

 そう、だから嫉妬の対象にもなりやすい。歌手や役者は、スキャンダルが起きても、才能という段差があるから心理的になかなか引きずり下ろせない。でも女子アナは自分たちと地続きな、いわばスロープの上に立つ存在なんですよ。ちょっと引っ張れば、ずるずるっと落とせてしまう。それに、役者なら舞台上で役に自分を投影できるけど、女子アナには役がないんですよ。素の自分を出してしまうから、スキャンダルも起きやすい。無防備すぎるんですよね。

──スキャンダル発覚による降板、野球選手との密愛、プロデューサーとの不倫、政治家への転身、そして自殺。今回の小説には、実在の女子アナを彷彿とさせるようなエピソードがふんだんに盛り込まれていますね。テレビ局以外での取材もかなりされたそうですが、ほかにはどういったところに?

 単行本では削ったんですが、審美歯科に取材をして、興味深かったのが、タレントはデビュー前に歯を治すけど、女子アナはあまり来ないという話ですね。お金持ちの家の子が多いので、幼い頃にすでに矯正済みなんですよね。

──確かに、女子アナは出自に恵まれた人が多いですよね。けれどそんなお嬢様たちも、局の華でいられる期間はわずか数年。技術は向上しても、"華"としての価値は年齢とともに下落していきます。

 残酷ですよね。30代のベテランアナよりも、かんでばっかの若い女の子のほうが視聴者も局も喜ぶ。技術の蓄積が評価されない職業って、なかなかないですよね?

──スキャンダルで失墜すると、再び第一線に戻るのが非常に難しい職でもありますね。小説の中でも、スキャンダルから局を追われる女子アナが描かれますが。

 彼女のエピソードを描くときには、友達がその状況に陥ったかのように、親身になって再起の道を探しました(笑)。実際、スキャンダルに見舞われた女子アナの再起は、すごく難しいらしいんです。でも、周囲に絶望がゴロゴロ落ちている今の時代に、絶望を書くことはたやすい。そうじゃなくて、どうやって嘘ではない希望を書くかという点を意識しました。絶望的な状況にあっても、そこから一歩踏み出す勇気のようなもの。そこを一番読者に伝えたかった。

ナマの顔が見えると面白いだからどう書かれても平気

──柳さんも本作を連載中に、「週刊女性」の記者に息子さんを尾行されるなどの事件がありましたが、スキャンダルを執拗に追うマスコミに嫌悪感はないですか?

 私はスキャンダルを否定はしません。その人の仮面が取れて、ナマの顔が現れる瞬間って面白いじゃないですか。私自身、「週刊女性」の記者とやり合ったのも含めて、ナマの自分を見せることにも抵抗はありません。どういうふうに書かれても平気。そういえば以前、「噂の眞相」から「休刊記念に取材に応じてください」って言われて受けたんですよ。そのときに「なんで今までは取材に来てくれなかったんですか? 申し込んでくれれば全部応じたのに」と言ったら「いや、聞いちゃったら面白くないから」って(笑)。

──噂だけのほうが面白いと。ところで、『オンエア』刊行に際して多くのメディアから取材を受けられていますが、男女での読み方の違いはありましたか?

 「女性は女子アナが嫌いなんだな」というのがわかりました。「嫌い」から入るので、読み方が違ってくるんですよね。逆に男性は特定の女性キャラに思い入れを持つ人が多かった。「滝川理央【注 本作の登場人物で、女子アナのひとり】に罰を与えたい」とか(笑)。

──現役の女子アナにもぜひ読んで感想を聞かせてほしいですね。ちなみに、柳さんが今注目している女子アナは?

 うーん、滝クリは楽しんで見てましたよ。「この服はないんじゃない?」とか、テレビにツッコミながら(笑)。女子アナにも読んでほしいですね。この本に嫌悪感を示すのか、どうなのか。女子アナとしての踏み絵のような感じで(笑)。

(構成/阿部英恵)

柳 美里(ゆう・みり)
1968年、神奈川県生まれ。韓国籍。高校中退後、劇団「東京キッドブラザース」に入団。演劇活動を経て、94年に『石に泳ぐ魚』(新潮社)で作家デビュー。97年に『家族シネマ』(講談社)で芥川賞を受賞。近著に『8月の果て』(新潮社)、『山手線内回り』(河出書房新社)などがある。

『オンエア』上・下
ひとつのニュース番組、3人の女子アナ、そしてそれぞれの恋愛相手。おのおのが抱え込んだスキャンダルの火種が燃え上がるとき、「女子アナ」という奇妙な生き物たちの運命は、どこへと流されていくのか――? 発行/講談社価格/1680円(税込)

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