地域活性化と雇用創出に留まらない無料化の利点
宮台 このように、山さんの構想はまさに国土全体の改造計画で、全体性にかかわるガバナンスの発想に満ち満ちています。しかしながら、どうもその部分が一般に伝わっていないし、今のところ、民主党にはそれをアピールする能力がない。全体の改造の中の重要なひとコマとして、高速道路の無料化が存在するんだ、ということを理解してもらうのが重要ですが、 無料か有料か というところだけで不安を煽るキャンペーンが横行していることには辟易とします。そんな中で、今回の山さんのプレゼンテーションはブラボーですね。「国土の全体を設計するとはこういうことなんだ」ということを明確に示していただいて、本当にうれしく思います。
神保 日経新聞的な論調で言うと、民主党には経済成長を促す政策が欠けているという批判がありますが、高速道路の無料化こそがまさにそうだとも言えますね。
山崎 高速道路無料化が成長政策でないとする人たちは、西洋の経済史を知らないということに等しいですね。人類の歴史を見れば、ローマ帝国が300年にわたって繁栄したのは、人類最初の無料の高速道路網である馬車専用道路8万キロを整備したからです。それを学んだのは、近代ではナチスドイツのヒトラーで、無料のアウトバーンを作ったことにより、失業者が600万人から30万人に減り、ワイマール共和国が崩壊してからわずか5年で、ヨーロッパ最大の経済大国にした。戦後それを学んだアイゼンハワーが、東海岸に集中していたアメリカ経済を、カリフォルニアやテキサスなど南西部にも広げるため、無料のインターステート高速道路網を作った。アメリカの経済史を読めば、「50~60年代の年率の経済成長率の3%は高速道路無料化から生まれた」という話が出てきます。そんなことを考えもしない経済新聞があるから、これまでの自民党は正しい経済モデルを描けなかったのでしょう。
神保 逆に、日経新聞や経団連は、どんな政策をやってほしいと考えているのでしょうか?
山崎 これまで通り大企業セクターを優遇して、株主利益が増えるようにしてほしいということでしょう。そうすると何が起きるのか。大企業の多くでは、半分は海外株主ですし、規制緩和を進めれば海外に出資することで資産が増殖していくだけで、日本にはリターンがない。政府、企業、国民が三位一体だった80年代ならば、企業を優遇すれば、それが国民と政府に還元されていました。しかし今は、企業を優遇すればするほど、海外に富を持って行ってしまい、国が貧しくなるのです。経済成長を望むのならば、まずはこの連鎖を止めなければいけません。経済界にも方針の転換、ある種の政権交代が必要です。経済は輸出型大企業だけのものではなく、組合であり、個人であり、農業であり、病院や介護施設であり、教育機関という多様な経済主体を伸ばしていくのが、21世紀型の社会だと考えています。
神保 それを実現しようとする時に、一番の妨げになるものはなんですか?
山崎 やはり、既得権益に守られた官僚を中心とした、大企業、マスコミ、学者という強固な構造が大きいと思います。しかし、江戸時代にチョンマゲが当たり前だと思っていた人も、明治時代に入り、散切り頭になっても何も困らないことがわかれば、「江戸時代に戻ろう」とは言わない。官僚も企業家も同じ人間ですから、最後はわかり合えると思うのです。つまり最大の敵は、常識の壁であり、想像力の欠如。高速道路がタダになったらうれしい、という気持ちをなぜ素直に表現できないのかと。
神保 確かに、まずは「本当にそんなことができるの?」という反応になりますね。
山崎 そうやって疑い、ケチをつける。常識に縛られて、「そんなにうまい話があるわけない」と思ってしまう。自分の頭で考えなければ、利権を守りたい人たちの思うつぼです。僕はもともと道路の専門家ではありませんが、法律を読み、歴史を少し調べるだけで、問題の本質をつかむことができました。私も本を書いていますし、インターネットでも多くのことを話しています。しかし、それを知ろうとする人が少ない。最大の敵はあなたの心の壁です、と言いたいですね。
神保 有料だったものが無料になれば、本当は誰でもうれしいに決まっている。にもかかわらず、反対する声が根強いことの背景には、「自分は得しても、日本全体にとってはマイナス」といった、一見すると公共的な発想があるようにも思えます。宮台さんはこれをどう見ますか?
宮台 山さんが言う「常識の壁」に関係します。第一に、先に日本の政治文化を言いましたが、江戸時代の良きガバナンスのせいで、投票に行くのは、動員がある場合か「こいつが悪い」と噴き上がりたい場合だけ。でも「みんなも受け入れてます」となるとすっとあきらめる。第二に、全体性を考えない。
例えば高速無料化で、週末に町の人口が遠くの大都市に吸い出される「バイパス効果」を多くが心配します。出入り口を多く作って町を建設しても、魅力的なモールや商店街を作らないと、大都市どころか隣町に客を取られます。少し高くても、この町に行って買いたいなと思わせるような市街作り。思考停止でよかった今まで通りにはいきません。でもそもそも人口分散自体、地域間競争での創意工夫なくして地域が生き残れないことを意味します。創意工夫は面倒だという地域は、どのみち地域主権化によって空洞化します。このように全体が変わらなければいけないという話の一部に高速無料化が組み込まれているのに、高速道路以外は何も変えないという前提の下で思考する向きが多い。
山崎 また、"ばらまき"という言葉に反応している人も多いようですが、そもそも政府の機能とはばらまくことです。そして、官僚機構と利権団体に投入されている巨額の資金は、ばらまきではないのかと。今回のばらまきというのは、既得権益層の総意が表れた巧妙な言葉です。一番の無駄遣いは政策と呼ばせて、個人への配分はばらまきと呼ばせる。このキャンペーンは、現在のところ成功していますね。
宮台 僕の言葉で言えば、小泉=竹中政治は、既得権益打破と再配分停止を同一視し、国民がそれに踊って地方が激しく空洞化しました。必要なのは既得権益を打破した上での、合理的な再配分。合理的というのは「地域の人が欲しがっているから」でなく、「全体性を考慮して」ということです。山さんのプレゼンテーションを聞いた方は「全体性を考慮した上での高速道路無料化なのだ」と納得できたはず。多くの人は「日本全体をどう回すか」という視座から政策を議論した経験がないから、「票を欲しがっている人のためにウマイこと言ってるんじゃないか」という観点で"ばらまき"と表現するわけです。 ばらまき 批判は民度の低さの表れです。
山崎 個人に対しても、厳しい言葉で選択を迫る時期が来ているんだと思います。そういう意味で、僕とは政治的主張が全く違いますが、市民に対して無遠慮に「どうしようもないやつらだ」と言える石原慎太郎東京都知事には、魅力を感じる部分がありますね。
宮台 山さんのアイデアには、一貫してバックグラウンドに全体性構想があります。ソーシャルデザインをする人の見本です。さもなければ、部分的最適化で全体がワークしなくなる「合成の誤謬」が起こりがちになります。でも全体性構想を語るには力量がいります。民主党の「説明能力の欠如」を補う上でも、スポークスマンとしてご活躍いただきたいですね。
(構成/神谷弘一 blueprint)
『マル激トーク・オン・ディマンド』
神保哲生と宮台真司が毎週ゲストを招いて、ひとつのテーマを徹底的に掘り下げるインターネットテレビ局「ビデオニュース・ドットコム」内のトーク番組。スポンサーに頼らない番組ゆえ、既存メディアでは扱いにくいテーマも積極的に取り上げ、各所からの評価は高い。(月額525円/税込)
山崎養世
大和證券入社後、UCLAでMBA取得。ゴールドマン・サックスを経て、現職。著書に『道路問題を解く』(ダイヤモンド社)など。
神保哲生
ビデオジャーナリスト。ビデオニュース・ドットコム代表。代表作に『ツバルー地球温暖化に沈む国』(春秋社)など。
宮台真司
首都大学東京教授。社会学者。近著に『日本の難点』(幻冬舎)、『14歳からの社会学』(世界文化社)など。