あの有名俳優も老後はお先真っ暗!? 「芸能人年金」急遽廃止のナゼ

 一見華々しく見える芸能界だが、豪邸を構えて不動産業にも手を出して……なんてのはごく一部。演劇や伝統芸能も含めれば、大部分の"芸能人"はギリギリの生活なのが一般的だという。そんな芸能界に、独自の年金制度があった。しかも今年7月、その「芸能人年金共済制度」廃止のニュースが流れた。え?一体ぜんたいどーゆーこと? 日本芸能実演家団体協議会の専務理事を直撃!!

──7月に新聞各紙で報じられた廃止のニュースで初めて「芸能人年金共済制度(以下、芸能人年金)」の存在を知った人も多いと思います。まずは制度の概要を解説してください。

大林丈史(以下、) 芸能人年金は、日本芸能実演家団体協議会(以下、芸団協【註】)の2代目会長を務めた故・八代目坂東三津五郎丈の発案によって、芸能実演家の老後の生活安定を目的に、19 73年4月に発足した私的年金です。対象となるのは、芸団協正会員団体所属の実演家やスタッフ(公称9万5000人)とその家族で、加入者・受給者数は、バブル期のピーク時で約8000人、廃止時で約5000人でした。

──正会員には、古典芸能など、比較的メディア露出の少ない団体も多いようですが、テレビでよく見るいわゆるタレントも加入していたんですか?

 ええ。2700人余の会員を擁する日本俳優連合(日俳連)なども正会員ですからね。ただし、年齢層でいうと平均は50歳ぐらいで、20代はほぼゼロでした。われわれの業界の場合、20代はイケイケドンドンで、「年金なんて……」という人も多いですからね。半面、30代の稼げる時期を過ぎると、仕事を辞める人が増えます。ですので、40代になっても芸能活動を続けていて、将来が心配になってきて加入するというのが、最もオーソドックスなパターンでした。掛け金は月額で1口1220円、予定利率は廃止時1%で、受給は65歳から。口数も、収入に波があるというわれわれの仕事の特殊性を考慮して、増やす場合は年ごと、減らす場合は月ごとに変えられるシステムでした。

──個々の経済状況に合わせて自由に決められたわけですね。芸能人にとって心強い制度に思えますが、どうして廃止に?

 まず、06年4月の改正保険業法の施行がきっかけでした。同法の目的は、「オレンジ共済組合事件」のような共済の名を騙った詐欺を防止することでしたから、施行当初、芸能人年金にも適用されるとは考えていませんでした。ところが、その後の公益法人制度改革で、芸団協は公益法人ではなくなり、それまでの文化庁の監督から外れてしまうこととなった。それによって芸能人年金は、「無認可」の共済として同法の規制を受けることになってしまうのです。

 もちろん、運用続行のための方策を検討しました。たとえば、芸団協自身が別に保険会社を立ち上げる方法が考えられます。しかし、財政を健全な状態に保てる保証がなければ、免許の審査を通りません。また、民間保険会社への委託も考えましたが、これも無理でした。結局、万策尽きて、廃止の決断をせざるを得ませんでした。このご時世ですから、資産運用も決して順調とはいえませんでしたが、今ならまだ、掛け金を全額返済できるので……。

──廃止を受けての加入者・受給者の反応は?

 案内送付から1週間ぐらいの間に、かなりの問い合わせがありました。当然ながら、皆様一様に驚いて、「掛け金は戻ってくるのか」と。急な通知になったことは申し訳なく思いますが、もし「廃止するらしい」という話が事前に広まれば、脱退者が続出して、掛け金を公平にお返しすることもできなくなってしまいます。そのため、規約にのっとりつつ、一気にやる必要があったんです。

ヤクザな業界だからこそ芸能人も輝ける!?

──芸能人というと、華やかな部分ばかりが目につきますが、実際のところは?

 芸団協の統計では、芸能人の平均年収は約450万円です。ただし、度数分布の中央値は300万円前後で、額が上がるにつれて人数は急激に減り、1000万円以上のところでやや増えます。両極にものすごく偏っていて、中流がない。この傾向は、いまに始まった話ではありません。つまり、昨今問題になっている社会の二極化を、われわれはずっと昔から体験していたわけです(笑)。

──40~50代で年収が300万円という芸能人は、どうやって生活しているんでしょう?

 俳優を例にとると、まず、一番稼げるのはテレビの仕事ですが、若くても、映像に出まくっている人は限られていますよね。しかも、テレビ業界が徐々に下降してきて、民放のギャラもNHKと大差なくなってきています。だから、映像だけで食えている人は少なくて、かなりの年齢になっても、皆アルバイトをやっていますよ。

 それから、いわゆる新劇団はまったく食えません。なんとかなっているのは、正劇団員を確実に食べさせるというポリシーの劇団四季だけでしょう。あそこは年俸制で、最低400万~500万円と聞いていますが、それ以外の大半の新劇団は、1ステージ5000円ぐらいの歩合制です。もちろん、拘束時間の長い稽古期間中は無給ですし、やはりアルバイトするしかないのが実情です。

──労災などの補償制度は?

 昔は「弁当とケガは自分持ち」でしたが、芸団協を中心に運動を続けた結果、ようやく去年、経団連の旗振りで、芸能人の労災に関するガイドラインができました。

 それから、アメリカでは映画俳優組合(SAG)といった労組の力が極めて強いですが、日本では、俳優が労組を作ってストライキをするなど無理です。なぜなら、アメリカの俳優は各方面の専門家(会計担当者や宣伝担当者など)と自ら契約し、ギャラを支払っている個人事業主であるのに対し、日本の俳優は事務所に所属し、事務所が事務を行っているからです。しかも、日本の俳優やタレントの雇用形態は千差万別で、事務所の共同事業者として契約している人もいれば、派遣のような人もいる。日本の芸能界は個人が横並びで、労組を作るなどなかなか難しい状況にあります。

──しかし、そういう不安定さや頻発する薬物事件などを理由に、「芸能人はヤクザな商売」と見る向きもあり、また、「そういう無頼な人間だからこそ、いい演技、いい芸能活動ができる」という見方もあります。そうした芸能人観についてどう思いますか?

 リアルとフィクションが混同されていると感じます。確かに、表現やクリエイティビティの部分で無頼でありたいと思っている芸能人は多いし、それは絶対必要なことです。無頼でなければ、出てくる表現もありきたりなものになってしまいますから。でも、最近の薬物事件への反応を見てもわかるように、現代において、リアルの部分までもが無頼では、もう通用しないですよね。勝新太郎さんのアウトロー的なキャラクターだって、一部は彼の作り上げたフィクションだったし、個性に光るものがあったからこそ、社会に受け入れられたんだと思います。

──今後の芸能界について、どんな見通しを持っていますか?

 テレビやCMを中心とする広告モデルで成り立っている現在の芸能界のパイは、広告費の縮小につれ、小さくなっています。でも、われわれ実演家にとって、この問題は騒ぐに値しません。というのも、メディアでの見せ方や技術がいかに変わろうと、最も重要なのは「生」の部分、現場でクリエイトすることであり、われわれは、そこさえきちんとやればいいからです。だからこそ、年金や補償など、クリエイトする人間を大切にするシステムが重要なんですよ。

 それから、環境問題というと皆さん自然のことしか思い浮かべませんが、私は、「文化環境」もすごく重要だと思います。今、国が盛んに「ソフトパワー」の重要性を喧伝していますが、その流れの中で今後芸能文化も産業として発展させようとするのであれば、まずは地方の伝統芸能や風習なども再発掘して、各地のホールや劇場を中心に文化拠点を作り、日本全体の文化レベルを底上げしていく必要があると思います。そうやってすそ野を広げていかないと、芸能界全体の発展もないですよ。
(構成/松島ヒロム)

【註】芸団協とは、演劇・音楽・演芸・舞踊などの芸能人、および演出・音響・照明などのスタッフの所属団体で構成される社団法人。設立は65年。現在の正会員団体数は72、傘下の実演家やスタッフ数は公称約9万5000人。主な事業は、実演家の著作隣接権の擁護(二次使用料の徴収分配等)や、新宿区の廃校を利用した「芸能花伝舎」の運営(稽古場・事務所の提供、実演家のためのセミナーの主催・協力等)、芸能に関する各種調査研究など。会長は狂言師で人間国宝の野村萬。

大林丈史(おおばやし・たけし)
1942年、東京下谷生まれ、岡山育ち。東京外国語大学卒、俳優座出身。『ウルトラマンレオ』(TBS、ブラック指令役)やNHK大河ドラマ『篤姫』(長野主膳役)等、数多くの映画やテレビドラマ、舞台に出演。現在、芸団協専務理事および日俳連理事を務める。㈱コスモプロジェクト所属。

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