──今年7月に死刑が執行された「自殺サイト殺人事件」の犯人・前上博は、男女問わず、人が窒息して苦しむ姿でしか性的興奮を得られなかったという。サディズム、マゾヒズム、小児性愛、スカトロジー…世にあまたある「性的倒錯」とは何か? そして、それらの性癖を持ってしまった人間は、はたして本当に危険なのか? 精神科医、法社会学者、作家、マニアAV監督&女優に、性的倒錯と犯罪の関係を直撃!!
インターネットの自殺系サイトを悪用し、14歳から25歳までの男女3人を殺害したとして2005年に逮捕され、07年に自ら控訴を取り下げて死刑が確定した、前上博死刑囚。今年7月28日、確定から約2年という異例の早さで、その死刑が執行された。ご記憶の読者も多いだろうが、わずか4カ月間に3人の命を奪ったという事実はもちろんのこと、取り調べや公判の過程で明らかにされた犯行の手口と、その動機になったとされる性的嗜好の異様さが、社会を震撼させた。前上死刑囚は、男女を問わず、「人が窒息して苦しむ姿」と「白いスクールソックス姿」にのみこの上なく興奮するという特殊な性癖の持ち主で、犯行の際にも、被害者に白いスクールソックスをはかせ、口を塞いで失神、蘇生を繰り返した上で窒息死させたという。
この事件のみならず、性的倒錯が殺人などの重大犯罪の大きな要因となった(と指摘される)ケースは、これまでにたびたび発生している。中でも、88〜89年の東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(精神鑑定では性的倒錯は認められず)や、04年の奈良小1女児殺害事件などのように、小児性愛、すなわち幼い子どもをターゲットにした重大事件は、マスコミによって、「性犯罪は再犯率が高い」という常套句と共にセンセーショナルに報じられ、「性的倒錯者は性犯罪に走りかねない危険な存在」というイメージの浸透と定着を助長してきた。
そういった性犯罪や性的倒錯に対する社会の警戒感の高まりや、昨今の厳罰化の傾向とも相まって、近年、性犯罪者への罰則・監視の強化や再犯防止策の導入、さらにはポルノ規制の強化などが盛んに議論され、中には、すでに制度化されたものもある。
たとえば、奈良小1女児殺害事件を機に、カナダの矯正プログラムを基に法務省によって策定され、06年に運用が始まった「性犯罪者処遇プログラム」もそのひとつだ。これは、収監中の性犯罪者を対象に実施される矯正プログラムで、性犯罪につながった要因を特定し、グループワーク形式で再犯防止のスキルを身につけさせるというものである。
一方海外には、性犯罪者に対し、日本よりさらに厳しく踏み込んだ施策を取る国もある。アメリカでは、性犯罪の前科のある者の氏名や住所、顔写真といった個人情報を登録・公開する通称「メーガン法」が、94年にニュージャージー州で成立し、以後、各州に拡大しているほか、性犯罪の常習性のある釈放者にGPS端末を装着させ、その行動を監視するというシステムを導入する州も増えている(韓国でも同様の制度を導入)。また、アメリカの一部の州やイギリス、ドイツなどでは、本人の同意や刑期の短縮などを前提に、性犯罪者に抗男性ホルモン剤などを投与して化学的に「去勢」するという、より直接的な方法が採用されている。さらにポーランドでは、悪質な性犯罪者への強制的な薬物投与という、一種の身体刑ともいえる制度の導入が進められている。
避難の高まりの一方で右肩下がりの性犯罪件数
では、現実問題として、日本における性犯罪は、増加、あるいは凶悪化しているのだろうか? 結論からいうと、性犯罪に対する昨今の日本社会の厳格化は、現実の性犯罪の動向とは必ずしも連動していないようだ。強姦の認知件数は、戦後急激に増加し、64年にピークとなる年間6857件を記録したが、その後右肩下がりとなり、96年には1483件まで減少している。97年に再び増加に転じ、03年に2472件に達した点については、実数が増加したというより、強姦という犯罪の性質上、これまで表面化しにくかった暗数の部分が、社会状況の変化などによって認知されるようになった結果であると考えるのが妥当だ。また、強制わいせつの認知件数に関しても同様で、99年以降激増してはいるものの、単純に犯罪が多発しているというわけではないようだ。
こうした現状を踏まえ、本企画では、性的倒錯と犯罪に関するさまざまな疑問や問題を、各分野の識者にぶつけ、インタビューおよび対談としてまとめてみた。これらのインタビューを通して、性的倒錯がはたして広く流布しているように危険なものなのか、あるいは、性犯罪の予防や再犯防止策は有効なのか、といった読者の疑問を、多少なりとも解消できれば幸いである。