──日本の経済発展と裏社会の役割には、密接なつながりがあった──。日本経済の流れとともにあるアウトローの存在意義と国家権力とのつながりについて、アウトロー社会に詳しい作家の宮崎学氏と哲学者の萱野稔人氏が語った。
萱野稔人 今回は「アウトローと国家権力、経済のつながり」というテーマでの対談ですが、僕は昔から宮崎さんのファンで(笑)。拙著『カネと暴力の系譜学』(河出書房新社)には、宮崎さんから影響を受けたところがたくさんあるんですよ。
宮崎学 実際、一緒に仕事をするのは初めてですね(笑)。まずは、国家権力ということで、せっかくだから最近の政治から見てみましょうか。9月に新政権が発足しましたが、鈴木宗男議員の衆議院外務委員長就任については物議を醸しているようだけれど、僕は評価しています。刑事被告人だから、いつ最高裁が決定を下すのかも含めて注目ですね。この号が出る頃には宗男議員の判決も出ているかもしれない。
萱野 8月の総選挙で民主党は308議席という圧倒的勝利を収めたわけですが、これはいわば検察のおかげですよね。西松建設問題で小沢一郎秘書逮捕がなく、彼がそのまま代表をやっていたら、たぶん勝利といっても250議席くらいで止まっていたでしょう。
宮崎 自民党大敗の原因は、小沢秘書問題だけではないだろうけど、それも大きな理由のひとつですね。もともと日本人はネガティブ・キャンペーンに対して懐疑的だし、逮捕については「そこまでやるか」と思ったはずです。
萱野 虚偽記載による政治資金規正法違反というのは、いわゆる形式犯。だからまずは任意で呼んで参考人聴取をするというのが通常のやり方ですよね。
宮崎 まあ微罪ですよね。このような動きは小泉純一郎政権以降、ずっとありました。重要な節目ごとに政府に邪魔な人間を逮捕していくんです。村上正邦元参議院議員【註1】とか、村岡兼造元官房長官【註2】とか、鈴木宗男衆議院議員と佐藤優さんとかね。佐藤さんの著書で「国策捜査」という言葉が広まったけど、小沢秘書逮捕も「国策捜査」と騒がれた。これは佐藤さんたちのケースとは違うけれど、国民もおかしいと思い始めた。
僕がこの事件で注目したのは、「自民党に(西松建設問題で)捜査は及ばない」と発言した官房副長官の漆間巌です。これは完全な指揮権発動【註3】です。漆間は、元警察庁長官でもありますが、警察出身の官邸スタッフはほとんどいないでしょ。漆間以前は、川島廣守と後藤田正晴だけです。これが何を意味するのか。
萱野 西松献金については、自民党の二階俊博氏も報道では騒がれましたけど、結局は不起訴でした。二階さんは、かつての保守党の国会対策委員長として、いわゆる「赤レンガ派」(法務省の政策官僚)とも関係が深いですしね。
宮崎 もともと逮捕する気なんかなかったんでしょう。自民党には手を出さないということになってるんだから(苦笑)。ただ、野党になった今は違ってくるかもね。そもそも、このように司法官僚をうまく使ったのが小泉政権。それまでの政治家は旧大蔵・通産官僚を手なずけていたんだけど、小泉は司法官僚をうまく使うことで政敵を叩き、パラダイムの転換を図ってきました。小沢秘書逮捕もその流れであり、民主党に政権を取らせまいとしてのことなんだけど、失敗している。でも、司法を利用したのは頭がいいと思う。裁判員制度なんかもそうで、司法政策は大量の予算と人員をつけてもらえるから、そこに目をつけた小泉はすごいんだよ(笑)。まあ経済官僚より司法官僚に力があるほうが弱い国家という気はするけども。
萱野 そういえば、少し前に平野貞夫元参議院議員とお話をさせていただいたんですが、平野さんはこの問題を検察の問題としてとらえていらっしゃいました。民主党は、取り調べを録画する可視化法案を国会に提出しようとしていましたよね。また検察官の給与削減や裁判員制度の見直しも求めていた。そのために検察が危機感を抱いて民主党政権の発足を阻止しようとしたのだとおっしゃっていました。結果として、はまったくの逆効果だったわけですが。
宮崎 平野さんの分析には賛成ですね。検察の持つ内的な国家意識というのかな、小泉政権以降に続く自民党のダッチロール状態に対して、「自民党政権が崩壊したら、日本が崩壊する」と本気で考えているんです。これは、佐藤優さんが言うところの「検察官の星飛雄馬状態」(笑)。現場を見ている検察が「日本の社会は、このままでは危ない。俺が守らないと!」と、マンガ『巨人の星』の主人公のように目の中で炎を燃やしているんです。そういう意識で無理な逮捕も出てきていると思う。
でも、その意識はこの国、国体をなんとかしようということではない。官僚としての己の利権を守るためです。
萱野 司法官僚が国家意識を肥大化させてきた背景には、政府のあり方が行政優位型から司法優位型へと変わってきたことがありますよね。つまり「事前規制」から「事後監視」へと統治のモードが移ってきた。それによって司法官僚の役割が前面に押し出されるようになった。金融庁の設立や司法制度改革はその象徴ですね。
宮崎 そう。それに、検察は自民党に借りがあるでしょう。現在収監されている三井環元大阪高検部長【註4】が告発しようとしていた検察の調査活動費問題がありますよね。三井さんを逮捕することで、検察の裏金問題を収束させることができた。検察は一部の裏金の存在を認めて、今はないことになっている。
萱野 思わず政治問題で盛り上がってしまい、「アウトロー」というテーマになかなかたどり着けませんね(笑)。軌道修正しましょうか。
【註1】32年生まれ。00年にKSD(財団法人ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団、現在は中小企業災害補償共済福祉財団)の不正経理に関連して逮捕起訴され、有罪判決が確定。KSD創立者が偽証を認めており、国策捜査と批判された。
【註2】31年生まれ。04年に日歯連闇献金事件に関連して収支報告書不記載の首謀者として逮捕起訴され、一審は無罪判決を受けたが、二審逆転有罪となり、08年に執行猶予付き有罪判決が確定。関与はないとされ、国策捜査と批判されている。
【註3】法務大臣は、検察事務について検察官を指揮監督する権限を持つ。この指揮権は個々の事件の取り調べまたは処分については検事総長に対してのみ発動されるとしている(検察庁法第14条)。
【註4】44年生まれ。大阪高検公安部長時代に検察庁の調査活動費の裏金化を内部告発。02年、詐欺容疑で逮捕されるが、この日は調活費問題でテレビの報道番組や雑誌副編集長の取材が予定されていた。このため国策捜査と批判されたが、後に収賄罪などでも起訴されて有罪判決を受け、服役
宮崎 学(みやざき・まなぶ)
1945年、京都府生まれ。早稲田大学在学中は日本共産党・民青系学生運動に参加。その後、「週刊現代」(講談社)記者を経て、『突破者』(南風社、現在は新潮文庫)で作家デビュー。近著に『近代ヤクザ肯定論』(筑摩書房)、『談合文化論』(祥伝社)など。
萱野稔人(かやの・としひと)
1970年、愛知県生まれ。津田塾大学准教授。哲学者。著書に『カネと暴力の系譜学』(河出書房新社)、『金融危機の資本論』(青土社/本山美彦との共著)など。