近年、都市部繁華街のサービス業に、外国人労働者の姿が増えている。コンビニやファストフードなどを深夜に訪れると、店員がほぼ全員日本人ではないことも。なぜここ数年でこのような状況が急速に進んだのだろうか? 都市部の労働の裏で何が起こっているのか──。
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ここ最近、身近な場所で外国人に接客される機会が妙に増えたと感じないだろうか?深夜のコンビニで、ファストフードのカウンターで、あるいはチェーンの居酒屋で、カタコトの日本語が飛び交う光景を目にするのは、もはや珍しいことではない。
周知の通り、2000年代に入ってから、外国人労働者の数は急増している。08年に発表された厚生労働省の推計によれば、06年の外国人労働者数は合法的就労者数が約75・5万人。10年前の96年が約37万人だったことと比べると――もっとも、さらにそれに加えて、25万人前後の不法残留者が10年前から存在するが――約2倍になっているのである。不法残留者の数を含めれば、90年には26万人だったものが、この約20年間で3倍にまで増加しているのだ。
これまで外国人労働者は、「見えない移民」といわれてきた。入管法が改正された90年以降、南米からの日系移民を中心とした外国人労働者は飛躍的に増加したが、彼らのほとんどは自動車産業に従事し、東海地方などの一部地域を除けば、日常生活レベルではほとんど日本人との接触がなかったからだ。くわえて、日本人は外国人に対して排他的な国民性を持つため、無意識下に視界からシャットアウトする抑圧が働き、あえて見ないようにしていたというのも、理由のひとつだろう。
だが現在、外国人労働者たちは我々の目の前で可視化されつつある。これまで見ないフリをしてきた日本人たちも、生活圏内で、彼らとどうしても接触せざるを得ない状況になってきている。その要因はまず、「外国人研修制度」にある。
同制度は、「開発途上国の人材育成」を目的に、93年に正式に導入されたプログラムである。外国人技術者の技能向上を目的に作られ、それぞれの国の民営あるいは公営の送り出し機関を通じて、商工会議所や農業組合もしくは特定企業など、日本側受け入れ機関へとやってきた外国人が、1年間の研修を積んだ後、所定の要件を終えると、実習生として2年間、日本の農村や食品製造業、建設関係業などで就労できるという仕組みだ。この制度により、日本で研修を受ける外国人の数は、96年の約1万人から、07年には約10万人と、当初の10倍にも達した。
時給500円で働かされる研修生が来日する仕組み
名目上は確かな試みのように見えるこの研修制度だが、多くの問題点も指摘されている。研修とは名ばかりで、実態は単なる安い労働力として外国人たちが"輸入"されているという問題である。
研修生に支払われる研修手当の平均額は、05年時点で月額6・6万円。実質的には賃金であると考えれば、時給500円以下の、最低賃金に達しない水準の給付しか得られないうえ、時間外や休日労働も常態化。彼らは「賃金労働者」ではなく、あくまで実習生という扱いなために、日本人であれば労働基準法をクリアしないような境遇におかれているのである。さらに給付された金額から管理費その他の恣意的な名目で天引きをされ、研修生たちの手に渡らないこともまれではない。
そしてもうひとつの問題点は、日本と送り出し国の双方に存在する研修生ブローカーの存在だ。これまで数百人の中国人を日本企業に斡旋してきたブローカーのA氏は言う。
「中国人研修生の仲介業はここ数年、在日中国人や裏社会の重要なビジネスになってきてるね。本国の食えない地域で人を募って来日させて、時給500円以下で働かせる。それで、マージンを我々が取る。業者にもよるけど、だいたい50万~100万円を保証金として本人から来日前に預かって、日本の企業に紹介する。保証金を払えない人間は、来日して働きながら返させる場合もある」
法務省出入国管理法基準省令では「あっせんを行う場合は、営利を目的とするものではないこと」と定め、同制度内ではブローカーの介入を認めていない。だが、制度を支援する財団法人「国際研修協力機構(JITCO)」も把握できないほど、これらのブローカーは数多く存在するという。
「かつては大陸からの労働者といえば、中国マフィアが密入国させて、窃盗団を組ませたりというのが常套だった。でも今はそんな危ない橋を渡る必要はまったくない。裏社会の人間でも、NPO団体や協同組合を作って合法的にやればいいんだから。この仲介業においてなんで裏組織が強いかというと、脅しも含めた本国での契約がキッチリできてるから、日本に来てからの逃亡を防げるんだよ。雇い入れる企業も、逃亡のリスクが低いほうがいいから、我々を使いたがるしね」(前出・ブローカーA氏)
彼の言う通り、確かにいくつかの仲介業者(送り出し機関)のサイトでは、「当方、脱走者・行方不明者ゼロ!」という宣伝文句が堂々とうたわれている。つまりは、合法的な人身売買に近い事態が進行しているということだ。
本国で職にあぶれて日本でコンビニ店員に……
だがそもそも、サービス業には同制度は適用できない。接客業は同制度の対象業種から外れているのだ。ではなぜ、都市部のコンビニや飲食店などで、外国人店員がこれほどまでに増えてきているのだろうか?その理由を「都市部の労働力不足が大きな原因です」と、都内で仲介業を営む別のブローカーのB氏は言う。
「深夜のバイトや肉体的にキツいサービス業のような末端の仕事って、いまの日本人の若者は避けるでしょう?それに最近は雇う側の懐も厳しくて、フレキシブルな人材、つまりクビにしやすい外国人のほうがいいんですよ」
たしかに、日本人の若者なら深夜のキツい仕事よりも、もっと割のいい仕事を選ぶだろう。しかし彼ら外国人店員は、どういった資格で、日本で働いているのだろうか?
「ほとんどが、留学ビザや就学ビザで働いてますね。入管法では『資格外活動許可』を受ければ、留学生は週28時間まで労働することが認められているんです」(前出・ブローカーB氏)
外国人が日本で仕事に就くためのビザ申請には、いくつかの方法がある。簡単に整理すると、仕事につくための就労ビザ、アルバイトが可能な留学ビザ、ほぼ日本人と同じ権利が与えられる特別在留資格といったものがあるが、このうちアジア系には留学ビザが一番下りやすいのだという。それゆえ、ここにもまたブローカーが存在している。
「仲介の仕組みは別に難しいことではなくて、基本的に研修生と変わらないですね。我々は中国で若者たちを募って、日本語学校などと契約して籍だけを置かせてもらって、アルバイトで働かせる。時給に直せば500円以下といわれる研修生にはかないませんが、労働力不足の仕事では、それでも人員が欲しいんです。留学生は、そのためにはうってつけ。研修生と同じように数十万の保証金を払って来日してるんで、低い時給でもキツい仕事でも、滅多なことでは文句も言いませんから」(同)
この制度を当て込んでか、96年には約3万人だった留学生は、08年には約11万人に増加した。もちろん増えた中には、正規の留学生も多く存在する。だがこの中の少なくない数が、この制度を利用して日本に出稼ぎに来ているのだという。そこには同時に、中国が抱える事情もある。
「いま、中国では八〇后(バーリンホゥ)と呼ばれる若者たちが多くいます。一人っ子政策によって誕生した1980年前後生まれで、現在ちょうど20代の世代。中国が豊かになった時期に育った"新人類"ともいわれてますが、あくまで富裕層は一部。優良企業に就職できなければ、大学を卒業しても仕事にありつけない。そこでブローカーたちが、職にあぶれた若者に目をつけたというわけなんです」(同)
前出のブローカーA氏も「最近、留学生は、研修生に代わって仲介ビジネスの柱になりつつある」と言う。
ここまでくると疑問なのが、「これほどまでに人権を軽視した現状が、なぜ放っておかれるのか」という点だ。外国人労働者に関しては、国が定めた前出のJITCOという監査機関が存在しているのだが……。
「でもJITCOって、法務省と外務省の天下り団体で、まともに仕事をしている人は少ないですからね。それに、我々のような協同組合などの第1次受け入れ機関や、企業などの第2次受け入れ機関から賛助金を得て活動しているんです。これじゃ、とても是正などできるわけがないですよ(笑)」(前出・ブローカーB氏)
他省庁と同じく外国人労働者に関しても、利権まみれの構造がすでに構築されてしまっているのが現状だという。
移民を定住させない日本の未来の労働は?
これらの問題は、利権や裏業者を駆逐しさえすれば解決される問題なのだろうか?答えは簡潔にノーだ。問題は、この国が採ってきた移民政策そのものにある。
07年、アメリカ国務省が例年発表する「人身売買報告書」では、日本における外国人研修・実習制度が「強制労働」であると指摘された。外圧に弱いこの国の政策らしく、今年頭の通常国会に提出された入管法改正案には、研修生たちの待遇の見直しが盛り込まれた。また、コンビニやファストフードなどを経営するいくつかの企業は、外国人留学生を正社員に登用する動きも見せているが、大多数の企業が外国人をいまだに「使い捨て労働力」としてしか見ていないのは明白だ。定住しつつあった南米系移民たちは昨年の金融恐慌の後、半数近くが職を解かれ、政府は資金援助してまで彼らの帰国を促した。これが入管法改正から20年間、政府が貫いてきた方針である。つまり、「労働力は欲しいが、定住はさせない」。これは日本が鎖国的な国家であるゆえの国民的メンタリティなのか、あるいは政府が経済界の要請に従うまま、移民に関して明確な法整備などのアウトラインを引かずに20年が経過したからなのか。おそらくそのどちらもが要因なのだろうが、ともあれ、虫がよすぎるこの政策は、もはや限界に達している。さらに、この不安定な状態の交通整理をするために自民党が掲げていた移民庁設置の計画は、民主党政権樹立によって、とりあえず一旦はペンディングされた。つまりこの先の2010年代も、ねじれた構造のまま、移民受け入れは進む。
後戻りができないほど、ボタンをかけ違え続ける移民政策。このまま、使い捨ての外国人で労働者不足を補い続けて、うまくいくのだろうか? 企業が積極的に安い労働力を雇い入れるせいで平均賃金が下がり、若者たちはさらにワーキングプアに近づいてゆく。彼らの不満が臨海点に達したとき、この国のナショナリズムの矛先は国外よりむしろ、ヨーロッパ諸国のように、国内の移民たちに向かうことになるかもしれない。
(文/鈴木ユーリ)