"おくりびと"の生現場に接近!

仕事も言葉遣いも丁寧な葬祭ディレクターの西山さん(左)。すぐ脇には、ホンモノのご遺体が……。

 アカデミー賞受賞作『おくりびと』を観て、最も心に残ったのは、モックン演じる主人公が葬儀社の面接を受けて給料が50万円と言われるシーンです。えっ、そんなにもらえるんですか!?と目の色が変わったのは私だけではなかったらしく、映画の影響で納棺師を志望する人が増えているとか……。人は100%死ぬので、葬儀関係は何よりも安定している職業です。仕事がなくなったときの頼みの綱としてぜひ心の候補に入れたいと思い、葬祭ディレクター【註1】の女性に取材してみました。

 西山環奈さんは葬祭ディレクターの試験(13年前から開催)を1発で合格した才女。丁寧な物腰にしめやかオーラが漂い、安心感を与えてくれる大和撫子です。

 まず、彼女が働いている株式会社セレモニーが開催する、お客様向けの「葬儀学習会」に出席し、最近の葬儀事情【註2】について勉強しました。他の出席者は真剣な表情で話を聞いていて、「参列者が多い場合でも60万円コース【註3】で大丈夫なのでしょうか?」など、質問も具体的。近々、身近に亡くなる予定の人がいるのでしょうか……。「花の種類は選べますか?」と、楽しそうな表情で尋ねる老婦人も。人は万が一のことが起こったとき、気が動転してしまうので、家族が健在のうちから心の準備【註4】をしていたほうがよさそうです。ところで話を聞いていると「なさっていただければと思います」とか「正式な作法でございます」とか、スタッフの方は皆言葉遣いが丁寧で、死者への畏敬の念が伝わるだけでなく、葬儀社で働くと年配者受けが良くなりそうです。

 学習会の後、東中野のセレモニーのオフィスにお邪魔して、西山さんにお話を伺うことになりました。座ってしばらく待っていたら「ちょうど病院から【註5】、故人さまがいらっしゃってます」と、西山さん。故人さま……ということはリアルご遺体!?それこそ心の準備が……。予定外の展開におののきつつ、近くの霊安室へと導かれました。

故人さまとまさかのご対面 霊安室で見たものとは?

 四方を白いカーテンで囲まれた部屋に入ると、ご遺体が傷まないように設定温度が下げられた冷房のせいか、霊妙な気配のせいか、体感温度がかなり低く感じられます。部屋の奥には、白い布で覆われた人の形の山が見えます。

「明日、納棺の予定なので今日は処置だけします」と、慣れた動作で仕事道具【註6】を出して準備する西山さん。そしてついに白い布が取り払われると、病院の浴衣を着用したおじいさんが安らかに【註7】眠っていました。孫でも親族でもない、見知らぬ女がこの場にいても良いのでしょうか。申し訳ありません……どうかバチを当てないでください、と心の中で祈念しました。ふと、ご遺体に目をやると、硬直した足が見えて一瞬血の気が引きましたが、西山さんによると「こちらの方は、とても状態が良いです」とのこと。 「轢死体などを見て、ショックで仕事を辞める方もいます」

 話しながら西山さんは、ご遺体の首を左右にひねり、ミシッという音が聞こえてくるようでクラクラしました。「遺体が痛い」なんてダジャレを言う余裕はありません。

「お亡くなりになった方は死後硬直で体が硬くなってきているので、喉のあたりの硬直をほぐしてからご処置をします。手や腕も関節に沿ってほぐすことで、スムーズにお着替えができるようになります」

 まるで死後カイロプラクティックです。亡くなったおじいさんも、若い女性に施術してもらって草葉の陰で喜んでおられることでしょう。

「湯灌【註8】する場合はお風呂に入れてお体を流したり、ヒゲを剃ったりいたします。うちの会社では、納棺は女性がひとりですることが多いですね」とのことで、かなりの力仕事ですが、腰にきたりしないのでしょうか。「腰が引けていると、無理な姿勢になってギックリいってしまいますから」という西山さんは、体液止めの脱脂綿を穴という穴に詰めるときもご遺体に対して距離が近いというか、ねぎらいと敬意を持って処置されているのが遠目にもわかります。遠目と申しましたが、この取材、ご遺体にあまり近づく勇気が出なくて、「脱脂綿詰めてみますか?」とのせっかくの申し出を断ってしまいました……。興味本位で詰めたら、夢枕で怒られそうです。

「ご遺体と接していて、霊的な体験をしたことはありますか?」と、念のため伺うと、「気の持ちようかと思います。霊とか言ったら、故人さまに申し訳ないです」と、まっとうなお答えでしめやかに反省しました。処置はスムーズに進み、白装束へのお着替えが終わると、おなかの上に大量のレンガ型のドライアイスが積まれました。「人は内臓のほうから傷んでしまうので……」。感染症の危険もあるので、処置のときは手袋や消毒が欠かせません。大変なお仕事なので、お給料もそれなりに……『おくりびと』でも言われていましたが、結構良いのではないでしょうか?

「『おくりびと』で認知度が高まったのはうれしいですが、そんなにお給料は高くありません。困らない程度にはいただいていますが」と、西山さん。『おくりびと』の葬儀会社は、高そうな祭壇や経帷子などを使っていたので、ふたを開けてみたら高額請求される可能性も……。西山さんの会社は明朗会計が基本だそうです。

 霊安室に1時間ほどいたら、だんだんご遺体への苦手意識が薄らいできました。葬祭ディレクターは、人間の一生を締めくくるフィナーレに立ち会える、やりがいのあるお仕事だと感じ入りました。最後、おくりびとに見送られ、霊安室を後にしました。駅に向かっている途中、「さっき東中野で飛び込み自殺があって電車が止まっているみたいです!」との声が。いい状態の遺体になるためには、どんな不況やつらいことがあっても自殺だけはやめようと、胆に銘じました。
(編集協力/亀田麻未)

[註1]葬祭ディレクター
葬儀の段取り、会場設営、納棺、式典の進行、遺族や弔問客への対応まで、葬儀全般を取り仕切る仕事。葬儀の形式や宗教により違いもあり、専門知識が必要。厚生労働省認定の資格で1級と2級がある。西山さんによると、昔より葬儀関係の仕事に対する世間の抵抗感はなくなったそうですが、地方にはまだ忌避感が残っている所があるとか。

[註2]葬儀事情
関東地方の平均葬儀費用は313万円(日本消費者協会調べ)。お葬式の知識がないため、業者に言われるままに、不必要な費用まで加算されて高くなってしまうことも多いとか。最近は身内だけで行うこじんまりとした葬儀、家族葬(密葬)も増えているそうです。

[註3] 60万円コース
株式会社セレモニーで一番人気のコース。祭壇、搬送、遺体処置、ドライアイス、遺影、テント、提灯、案内看板など至れり尽くせりです。それに実費(式場使用料やお布施)を足しても、生協会員なら150万円くらいで収まるみたいです。

[註4] 心の準備
ちなみに、家族が亡くなったらすぐやらなくてはならないのは、故人の銀行口座からお金を引き出すこと。死亡したことが銀行に伝わると、口座が凍結され、相続税関係の書類を揃えて手続きをしないと引き出せなくなってしまいます。

[註5] 病院から
昔は「畳の上で大往生が理想」と言われていましたが、実際には自宅で亡くなると検視が必要になってしまうそうで、病院で亡くなるのが一番スムーズで遺体も傷まないそうです。

[註6] 仕事道具
大量の脱脂綿や、エンバーミングに使うファンデーションやチーク、リップなどの化粧品(ドラッグストアで売られているような品物も)、お線香etc……がキャリーケースに収納されていました。

[註7]安らかに
亡くなると、顔の筋肉が弛んで、自然と口元が微笑んでいるような表情になるそうです。口が開いたまま亡くなった場合でも、脱脂綿を大量に詰めて閉じることができます。

[註8]湯灌
ご遺体を洗い清めて、仏の道に送り出すための日本古来のしきたり。清めたご遺体には白装束を着せ、ヘアメークが施されます。

しんさん・なめこ
1974年生まれ。東京生まれ埼玉育ち。漫画家・エッセイスト。セレブ、スピリチュアル、女磨きなどをテーマに、数々の作品を発表。「週刊文春」など多数の雑誌で連載記事を持つ。主な著書に、『女修行』(インフォバーン)、『女の人生すごろく』(マガジンハウス)、『開運修業』(講談社)など。

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