民主党政権でどう変わる? 児童ポルノ法改正のゆくえ【1】

――先の国会での改正審議が引き金となって、推進派、反対・慎重派、そしてアグネス・チャンなどが、児童ポルノ法をめぐり侃々諤々の議論を繰り広げている。この問題のエキスパートである山口貴士弁護士への取材を中心に、民主政権以後の動きを探る。

 衆院選と政権交代の喧騒で忘れられがちだが、昨年から今夏にかけて、ネットを中心に飛び交っていた大きな話題がある。児童ポルノ法(正式名称は「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」)改正をめぐる議論である。

 6月26日の衆院法務委員会では、日本ユニセフ協会大使のアグネス・チャンが参考人質疑で登場し、涙ながらのパフォーマンスで改正を強く訴えた一幕を覚えている読者も多いだろう。ただ、結論からいうと、このとき提出された自民・公明党、民主党それぞれの改正案は衆議院解散とともに廃案になり、現行法のまま変化はない。しかし、政権交代が実現した今、これからの議論はどのように推移していくのか気になっている人も多いはず。そこで、あらためて児童ポルノ法について考えてみたい。

定義があいまいなため恣意的な捜査が可能に

 まずは児童ポルノ法そのものについておさらいしてみよう。児童ポルノ法は1999年に制定された法律であり、児童買春、児童ポルノにかかわる行為の処罰、児童の保護のための措置を定めているものだ。条文には施行後3年をめどにして検討・改正を加えていくことが明記されており、現時点では04年に最後の改正が行われている。今回の改正議論が本格的に始まったのは08年の春頃だ。当時の与党だった自民党と公明党が作成した案の大きな改正のポイントは、2つある。ひとつは児童ポルノの「単純所持」に対する規制、もうひとつは今後の検討項目としてマンガ・アニメなどの二次元の創作物に関する規制が加えられたことだ。単純所持規制とは、児童ポルノを個人的に収集・所持するだけで罰せられることを示し、インターネット上のサーバーに保管されたものも例外ではない。創作物に関する規制については、今後の検討項目とされているが、明らかに禁止する方向に動いているものだ。

 単純所持規制に関しては、04年の改正議論のときにすでに取り上げられているが、捜査当局による濫用の危険性が指摘されて見送られていた。本人が意識していなくても、児童ポルノの画像が添付されたスパムメールが送られてきただけで「所持」(「保管」)とみなされ、摘発されてしまう可能性が出てくるのだ。また、過去に市販されていた写真集、グラビアなどが本棚に入っていても同じことである。つまり、捜査機関による恣意的な捜査・摘発が可能であり、自分が認識していない所持による冤罪の危険性も非常に高い。

「児童ポルノの単純所持を規制するということは、銃刀法における拳銃類や刀剣類、あるいは覚せい剤などの規制薬物と同等の禁制品として扱うということです。ところが、規制対象の刀剣や薬物の定義は明確であり、客観的、科学的にも特定できる。しかし、児童ポルノはその定義があいまいなままです。刑罰を科する法規は明確でないといけないというのは憲法31条の『適正手続の保障』から要請されています」

 こう語るのは、児童ポルノ法の改正議論のエキスパートであり、自民・公明党案に批判的なスタンスを取る山口貴士弁護士。

 では、そもそも「児童ポルノ」という言葉は、法的にはどのように定義されているのだろうか? 児童ポルノ法の第2条では、18歳未満の「1:児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態」「2:他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」「3:衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」と定義づけている。

「現行法の2号、3号の『性欲を興奮させ又は刺激するもの』という基準は、あくまで"見る側の論理"です。それよりも、作成に際して子どもの人権が侵害されているかどうかが重要です。
見る側の基準で決めるべきではありません。通常の人間の性欲を基準にして判断してしまうと、対象者である18歳未満児童の年齢が低くなればなるほど児童ポルノの対象から外れてしまうことも考えられます」

例えば、一般男性であれば、5歳の女児よりも15歳の女子高生に性欲を刺激されると考えられるため、幼児や小学校低学年などの子どもは基準外となりかねないというわけだ。

「もちろん実際には、小さな子どもの写真が性欲を興奮させるものだと判断して摘発されています。しかしこれは同時に、『性欲を興奮させ又は刺激するもの』という条文が、恣意的な捜査を可能にするものであるということを表しています。捜査当局が摘発すべきものだと判断すれば、それが通る。何がダメで何がいいのかを規定するための要件として機能していないのです」

もうひとつのあいまいさは、被写体となっている児童の年齢を特定することだという。

「撮影者ならともかく、写真を所持しているだけでは年齢はわからないのが通常です。ましてや全身ならともかく、体の一部が写っているだけのものから被写体の年齢を正しく把握することは非常に困難です。写真の女性が、17歳か18歳かを写真だけから判断することは常識的に考えても難しいです」

児童ポルノ法が、児童ポルノという言葉のあいまいさ、そしてそれに伴う適用の不合理によって形づくられていることがおわかりになるだろう。そんな"ぬえ"みたいなものを「所持」しているだけで法律で罰せられる、それが前の国会で提出された自民・公明党案なのである。

巨大与党となった民主党案の出来は?

では、日本ユニセフ協会が「準児童ポルノ」と呼ぶ、「被写体が実在するか否かを問わず、18歳未満の児童の性的な姿態や虐待などを写実的に描写したもの」、すなわちアニメ、マンガ、ゲームなどの二次元の創作物に関する規制についてはどうだろうか?

「あれは彼ら(日本ユニセフ協会)が勝手にそう呼んでいるにすぎないもので、法案にはそんな言葉もありません。重要なのは、実在の児童を被写体とするものと、そうでないものを区別して考えることです。実在の児童が被写体になっていないものについては、僕は規制する必要はないと考えています。 現行法上、わいせつに類するものは刑法175条で摘発されるものもありますが、児童ポルノ法とは分けて考えなければなりません。二次元の創作物には被害者がいないのですから」

 なお、今回の記事作成にあたり、日本ユニセフ協会に取材の申し込みをしたところ、「時間をとるのが難しい」という理由で拒否されたことを付記しておく。

 では、民主党案についてはどうなのだろうか? 民主党案の大きなポイントは3つ。まずは「定義の明確化」だ。先ほど述べた「性欲を興奮させ又は刺激する」というくだりを削除し、主観的な要件を排除している。また、"児童ポルノ"という言葉も「児童性行為等姿態描写物」に改めている。定義のあいまいさを解消しようという取り組みの表れだ。なお、厳罰化も挙げることができる。

 もうひとつのポイントは単純所持の規制ではなく、「取得罪」を新設していること。金銭のやり取りを伴う「有償取得行為」、あるいは「複数回(反復性)取得行為」のみを罰し、自民・公明党案より厳しい罰則を設けることとしている。

「自民・公明党案よりは、はるかにいいとは思います。しかし、民主党案にもまだあいまいな部分が残されています。例えば定義の明確化として、『殊更に児童の性器等が露出され、若しくは強調されている児童の姿態』という表現が使われているのですが、『殊更に』という言葉が何を指しているかあいまいであり、芸術性のあるものを除外する規定もないのです。芸術性のあるヌードなども引っかかる可能性があります。例えば、宮沢りえのヌード写真集『Santa Fe』(朝日出版社/91年)が引っかかってくる可能性も十分あります。また、取得罪の中の『反復』という概念もよくわかりません。

 頻繁に、という意味なのか、2回以上という意味なのか。議員の間でも解釈論がまとまっていないという話も聞きます。場合によっては、単純所持と変わらなくなってしまうかもしれません。民主党が与党になった今こそ、あらためて最初から議論をしなおしてもいいのではないかと僕は感じています」

児童人権保護の原点に立ち返り、再議論を

 さて、衆院解散で一度は廃案になった児童ポルノ法改正に関する論議が、このまま終わるというわけではない。

「3年をめどに改正する」と同法条文に定められている以上、今年中、遅くとも来年には法案の審議が始まると予測されている。そこであらためて行われる児童ポルノ法の改正についての議論の際、再提出される民主党案の内容が大幅に変わることはありうるのだろうか?

「民主党と連立を組む社民党と国民新党は現行法で十分だという立場のはずですから、法案を審議する過程で社民党案や国民新党案を盛り込み、さらに変わる可能性はあります。その一方で、民主党案に単純所持の規制などが盛り込まれる可能性もありえます。民主党には、これまでの議論に参加していない初当選の議員が数多くいますので、日本ユニセフ協会などが、特に女性議員に働きかけることは十分にありえます。そういう声が大きくなると、規制レベルを後退させることは難しくなるのではないでしょうか」

 民主党案にも瑕疵がある以上、児童ポルノの定義などについて、もう一度きっちりと議論をしつくしてもらう必要があるだろう。さらに民主党案自体が変化する見込みがあるのなら、それも注視していかなければならない。「民主党に任せておけば大丈夫!」というわけにはいかないのだ。当然、アダルトゲームの規制(これは女性の人権に関する問題であり、児童ポルノ法とは根本的に論点が違う)など、的外れな議論に惑わされてもいけないだろう。

「児童ポルノ法は子どもの人権を守るための立法であるということを、もう一度はっきりさせたほうがいいと僕は思っています。法律の枠組みそのものを、最初の目的である児童の人権を守るという観点から構築し直すべきです。性的な嗜好や欲望それ自体は、具体的な加害行為に表れない限りは裁かれるべきではないし、思想や表現の自由に対する制約は必要最小限度にとどめなくてはなりません」

 近い将来、改正にむけた法案審議が始まることは間違いない。そのとき、誰がどのような発言をするのか、冷静な目で注視していきたい。

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